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雷鳴と

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 ほなみは、その目を見返すのが怖くて
「もう大丈夫だね」と言うと彼から離れ、コンロの火を止めた。

 西本は部屋の中を珍しげに見回していたが、「おおっ」と声を上げる。

「スゲーな!ピアノがある!」
「……うん。電子ピアノだけどね」

 西本はピアノの前に座ると、優しい調べを奏で始めた。
 ほなみは引き寄せられるように側まで行き、繊細な指から生み出されるメロディーに浸り目を閉じた。

「ほなみも弾いてよ」

 彼は弾くのを止めて、上目遣いで彼女を見た。

「……プロの前で弾くなんて緊張しちゃうよ……」
「ふたりっきりなんだから平気だって」

 彼は立ち上がり、ほなみを座らせる。
 椅子の背を持ったまま後ろに立ち、「……何か弾いてみて」と囁き、ほなみは緊張して指が強張る。




  彼は、クスクス笑い隣に来て、クレッシェンドのバラードを弾き始めた。

『君の瞳』

 ほなみの好きなバラードだ。

「……一緒に弾いてみる?」

 促され、ほなみは、おずおずと、西本のリードで伴奏部分を弾く。
 弾いているうちに緊張も薄れ、メロディーの世界に没頭していった。

『君のふたつの瞳の中に入り込み そこに死ぬまで留まってもいい』

 不意に彼が歌い始め、ドキリとしたが何とか弾き続けていた。

『君の心に 一番強く 爪痕を残す物それが 今日の僕との思い出であって欲しい』

 耳元で囁くように歌われ、平静ではいられない。指が乱れると、彼の指がほなみの指をそっと絡め取った。

「……どうしたの?」

 西本は、心持ちほなみの方へ身を屈め優しく訊ねた。

(――このまま彼の瞳を見ていたら、何もかも忘れて胸に飛び込んでしまいたくなる)

 危険を感じ、ほなみは椅子から立ち上がりキッチンへ走った。

「スープがあるの。あったまるから飲んでみて?」

 スープボウルをガチャガチャ音を立てて用意していると、後ろからぎゅっと抱き締められる。胸がときめいて息が止まりそうになった。

「……後で、いいから」

 彼の熱い息が耳を掠め、身体じゅうの力が抜けそうになる。
 
 ーーこのままだと、どうなってしまうのか分からない……

 ほなみは、必死にもがき腕から抜け出し、とっさに包丁を握り彼に向けた。





  西本の瞳が陽炎のようにゆらめいて、口元が少し緩みフッと笑いを零したように見えた。
 ゆっくりと近付いて来る彼に包丁を向けたまま、ほなみは後ずさる。

「そ……それ以上近寄らないで!」
「……嫌だって言ったら?」

 彼は一歩、二歩と足を進め、ほなみとの距離を縮める。
 ほなみは、わなないて膝に力が入らず、リビングに置いてある鉢植えにつまずきへたり込んでしまった。

「私に何かしたら……さ、刺すから!」
「俺を刺す?……そんな事できないのはわかってるよ」
「そ、そんな事ないもんっ」
「俺が風邪を引かないか心配してくれるくらい優しいほなみが、そんな事するはずがない」
「ーー本気なのよ!お願い……来ないで!」

 泣きそうになりながら叫んだ時、辺りが閃光で包まれた。轟くような雷の音がズドンと部屋を揺らした。

「……きゃあっ!」

 思わず包丁を手から離して耳を塞いだ時、素早く西本はほなみを抱き締めた。
 耳を掌で覆い小さく震えるほなみの背中を、西本はそっと撫でた。
 寄り添いあうふたりを、時折稲光が照らし出す。振動が身体に伝わる度にほなみは彼の胸にしがみ付いた。






 けたたましい轟音と、目を閉じても入り込む鋭い稲光に、ほなみは遠いあの日の記憶を呼び起こされていた――





 
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