上 下
13 / 75
禁断の萌芽

しおりを挟む
「音符に乗って~君のすべてを~さらいにっ行くよ~っお~うお~」

 若者たちばかりが集まったcallingのフロアに、高校生のアマチュアバンドのボーカルの男の子の声が響きわたる。
 バンドは"星の王子"。可愛いバンド名なのだが、ルックスはヤンキーにしか見えない。
 オリジナルの曲がまだ少ないらしく"クレッシェンド"や有名大物バンドの"BEATS"のカバーを演奏している。
 ボーカル、ギター、ベース、ドラム、紅一点のケバい化粧の女の子がキーボード。
 浜田が言うにはこの界隈では人気の高校生バンドらしい。
 ほなみは、声、バンドの演奏、どれも正直まだまだ……と感じた。
 クレッシェンドの曲だと、どうしても、演奏技術や、西本の声と較べてしまう。
 彼らはまだ高校生だし、これから成長するのかも知れないが。
  一日遅れのバレンタインチョコを浜田に渡し、昨日のお詫びに来ただけだったのに、ほなみは何故かまだ居残っていた。
  浜田や西本、クレッシェンドのメンバーに散々いじり倒され困惑していた所に、星の王子のメンバーがぞろぞろと到着してリハーサルの準備を始めた。

(帰る良いタイミングだ!)

「では私はこれで」

 その場を去ろうとしたのに、星の王子メンバーにスタッフに間違われ、ついいろいろと手伝ってしまった。

「すいません、私はスタッフじゃないのでもう帰ります」

 今度こそ逃げようとしたら浜田に
「ほなみちゃーん。ピアノの調律できる?あと、フライヤーを配る準備手伝ってよ!バイト代出すからさーっ!ねっ?ねっ?」

 目をウルウルされて頼み込まれ、ひと通り仕事を終えて帰ろうとすると
「ねえ、ほなみ。お腹すいた。なんか作って?」と西本に腕をつかまれた。
「何故私がっ?」
「料理するの得意だろ?そんな感じするよ」

 西本は輝くような笑顔をほなみに向けた。


 「……買ってくれば良いじゃないですか」

 髪を弄ぶ彼の手を払いのける事が出来ず、頬を熱くしながら言い返すと、三広までが
「ほなみちゃんの手料理が食べたい――!」と騒ぎ出し「僕も!」と亮介が手を挙げた。
 ずっと眠そうにしていた野村も突然覚醒し盛大にお腹を鳴らしながら、ほなみをじいっ……と見つめる。
 皆の「お腹すいた」コールに負けたほなみは、ライブハウスの2階にあるカフェのキッチンで、大量のハヤシライスを作る羽目になった。
 リハーサルや準備を手伝うのは、学園祭みたいで楽しかった。
 高校生の時演劇部にいたほなみは、舞台装置や照明、効果音などの担当で、ピアノやシンセサイザーで劇中で流す音楽を舞台裏で演奏したりしていた。
 まるで当時に戻ったようだった。
 いつもは、ひとりマンションで過ごす時間が多いほなみだが、大勢の人で賑やかな中で充実していた。
(それに、思いがけず西君とずっと一緒に居られた――)
 普通はありえないだろうに、色々な偶然が重なって、こんな事もあるんだ、と思っていた。
 あれよあれよと言う間にライブがスタートし、クレッシェンドのメンバーと共にステージを後ろから、今こっそりと見ている。
 この後、彼らが演奏する予定だが、その事は星の王子メンバーとクレッシェンドのメンバー、浜田、ほなみしか知らない。
 観客の若者たちは拳を振り上げ熱狂している。
 立て続けにアップテンポのナンバーを演奏していた星の王子だったが、青く幻想的な照明に切り替わると、しっとりしたメロディーをキーボードが奏で始め、ドラム、ベース、ギターも加わり、ボーカルが歌い始めた。




 
しおりを挟む

処理中です...