上 下
7 / 75
あなたに、とらわれて

しおりを挟む
 ライヴはあっという間に終わってしまった。
 二時間ほどの時間が一瞬のように思える。
 ザワザワと周りの客達が出口へと流れて行く中、ほなみは呆けたようにその場から動けずにいた。
 バーを握りしめたまま、スタッフが忙しく楽器を片付けているステージを見つめていると、あぐりに肩を軽く揺さぶられる。

「大丈夫?……どこか具合が悪くなったんじゃないよね?」
「ああ……うん。大丈夫」



「なかなか良かったんじゃない?
 西君の声、良く出てたね」
「うん……」
「グッズ、一応見てみようか」

 あぐりに腕を引っ張られ、引きずられるように外に出た。
 ライヴハウスの熱気の中、少々汗ばむ位だったが、外の冷気が今は心地好い。
 グッズ売り場では、シャツやパーカ、缶バッジやトートバッグ、CDなどが売られていた。

「クレッシェのグッズって可愛いよね。パーカどうしようかなあ」

 あぐりがパーカを手に取り、スタッフにサイズのSがあるか聞いている。
 ほなみはCDを全種類手に取った。

「全部下さい!」
「ありがとうございます!
 実は今日、3枚以上お買い上げのお客様にはメンバーからサインをしてもらえるんですよ」

 女性スタッフが、ほなみにそっと耳打ちする。

「えっ!?」
「何々っ?どうしたの?……うわ!買うの?言ってくれれば貸すのに~」

 買ったパーカを早速羽織った姿のあぐりは、ほなみが沢山のCDを抱えているのを見て目を丸くした。

「欲しいの」

 きっぱり言うほなみを、あぐりはまじまじと見つめ、そして嬉しそうに言った。

「珍しくお気に入りになったらしいね。
 良かったよ~誘って」

 ほなみも笑ってうなずいた。
 すると先程の女性のスタッフに呼ばれた。

「お客様、こちらへ」

 ほなみは、先導されて"STAFF ONLY"と書かれたドアを開けた。

「サインお願いしまーす」という女性スタッフの声に
「――はい」
 と聞き覚えのある、よく通る男性の声が返ってくる。

「すみません、今メンバーが来ますのでサインしてもらって下さい!私、片付けがあるので失礼します!」

 スタッフは早口で言うと、あたふたと行ってしまった。
 ほなみは心細くなってしまい、所在なげにキョロキョロした。




  控室の壁には、ミュージシャンのサインが無数に書かれていた。
 今やドームツアーをするほどのビッグなバンドの名前もあり、思わず感嘆する。

「すご……」

 小さくつぶやいた時、真後ろで
「うん。すごいよね」と声がした。

「ーー!」
 
 ほなみは飛びのき、持っていたCDを落としてしまった。

「――大変っ」

 慌てて拾おうとして屈むと、一緒に屈んでCDを拾い上げる人物を見て息をのんだ。

 ――西君だ。

 ステージではスーツ姿だったが、ゆったりとしたシンプルなTシャツとGパンに着替えいた。先程よりも男性ぽさが感じられる。
 身体の線は細いけれど、手は思いのほか骨張り大きくて、ほなみの手はすっぽりと包まれてしまうだろう。

「驚かしてゴメンね」

 真っすぐに見つめられ、ほなみは余裕が全く無くなってしまった。
 長いまつ毛におおわれた彼の瞳は、おどおどと戸惑うほなみを見て、わずかに揺れた。

「たくさん買ってくれたんだね、ありがとう……どれにサインする?全部にして欲しければ、全部に書くよ?」

 緊張のあまり、カクカクと奇妙な動きでうなずくしかできなかった。
 何が可笑しいのか、彼はクスリと笑みを零し、CDのケースを優雅な手つきで開くと盤面にサラサラとペンを走らせた。


「お名前は?」
「は……はいっ?」
「……あなたの、名前」

 西本祐樹は優しい笑みをたたえた瞳で、ほなみの目を見つめ、ゆっくりと訪ねた。
 ほなみは、胸苦しさで喉がつまるような感覚を覚えながら、やっとの思いで答えた。

「ほ……ほなみ、と言います」

 彼はCDに"ほなみへ"と書き加える。

「他のメンバーにも書いてもらってくるから、ちょっと待っててね?」

 滑らかな口調でそう言うと、部屋から出て行こうとした。

「待って!」

 ほなみの口から、自分でもびっくりするような大きな声が出た。
 彼が目を丸くして振り返る。
 ほなみは、バッグからラッピングしたトリュフのチョコレートを差し出した。



 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最近様子のおかしい夫と女の密会現場をおさえてやった

家紋武範
恋愛
 最近夫の行動が怪しく見える。ひょっとしたら浮気ではないかと、出掛ける後をつけてみると、そこには女がいた──。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

【R18】僕の筆おろし日記(高校生の僕は親友の家で彼の母親と倫ならぬ禁断の行為を…初体験の相手は美しい人妻だった)

幻田恋人
恋愛
 夏休みも終盤に入って、僕は親友の家で一緒に宿題をする事になった。  でも、その家には僕が以前から大人の女性として憧れていた親友の母親で、とても魅力的な人妻の小百合がいた。  親友のいない家の中で僕と小百合の二人だけの時間が始まる。  童貞の僕は小百合の美しさに圧倒され、次第に彼女との濃厚な大人の関係に陥っていく。  許されるはずのない、男子高校生の僕と親友の母親との倫を外れた禁断の愛欲の行為が親友の家で展開されていく…  僕はもう我慢の限界を超えてしまった… 早く小百合さんの中に…

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

【R18】どうか、私を愛してください。

かのん
恋愛
「もうやめて。許してッ…」「俺に言うんじゃなくて兄さんに言ったら?もう弟とヤリたくないって…」 ずっと好きだった人と結婚した。 結婚して5年幸せな毎日だったのに―― 子供だけができなかった。 「今日から弟とこの部屋で寝てくれ。」 大好きな人に言われて 子供のため、跡取りのため、そう思って抱かれていたはずなのに―― 心は主人が好き、でもカラダは誰を求めてしまっているの…?

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

処理中です...