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記念日。

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(――何故だか分からないけど、私、変な気持ちになってしまったみたい……)

 あぐりの胸に頭を預け、考えるが答えは出ない。

「 まあ~旦那にあげるチョコなんて義理だけどさ!差し上げるこちら側も義理。受け取る側も義理、みたいな!嫌になっちゃうわよねえっ!
 でもさ、記念日てやっぱり特別だし……ん?また今年もチョコを作ったの!?部屋の中、甘い匂いがするわあ」

 あぐりは、ほなみの頭を撫でながら鼻をひくひくさせた。
 ほなみは可笑しくなって吹き出す。

「……あはは。わかる?会社に差し入れで持っていくのと、近所を散歩した時に会う
"浜田さん"にあげる分と……」



 ほなみは、あぐりの腕の中から出て、リビングのテーブルの上のラッピングされたチョコレートを紙袋に入れ始めた。

「浜田さんて誰よ」
「うん。なんか、このマンションの筋向かいのライブハウスの従業員さんみたいだよ……
あとこれは予備」
「えっ?それって今日行くライブハウスだよね?」
「……えっ」

 ふたりは顔を見合わせた。
 あぐりはバッグからチケットを出してみせる。
 そこに書かれている文字を読み、ほなみは声を上げそうになった。


『ライブハウス callingーキミと恋撒くツアー20○○ー"クレッシェンド"』

 チケットには、そう書かれていた。

「そういえばあんた、callingでのライヴには行った事がなかったわよね。マンションから近いのに」

 あぐりは手鏡を出しマスカラを器用に整え始める。
 ライヴで汗をかいたらキレイにお化粧しても全部取れてしまうのにと、あぐりを見ながら思っていたが、そんなほなみの上から下まで、あぐりはいじくり倒した。

「せっかくの記念日ですもの。うんとステキにするわよ?!」

 あぐりが選んだ服を着せられ髪をいじられ顔はしっかりお化粧させられる。


 あぐりは2年前に結婚した。
 旦那様がかなり年上で、あぐりに甘いらしい。
 あぐりはそれを良いことに、自由気ままな生活をしている。
  彼女は10代の頃からお化粧とライヴが大好きだった。
 家庭を持ち、28歳になった今でもそれは変わらない。
 ほなみは、そんな彼女にいつも付き合わされている。
 小さな頃から音楽は好きだったから、ライヴに出掛けるのは楽しかった。
 あぐりは、ライヴの度に気合いを入れておしゃれをする。
 ふたりが出かけるのは大体がロックバンドのライヴなので、演奏の間ずっと立ちっぱなしだし、音やリズム、その場のノリに合わせて踊ったりもするから、ゴテゴテした動きにくいドレスは着ない。
 あぐりは、自分の服はもちろん、ほなみのコーディネートまで全部完璧に仕上げる。





  ほなみは、毎度、まな板の上の鯉のように、あぐりのなすがままだ。
 服を見立てたり上手にお化粧したりなど、ほなみにはできない芸当なので、正直助かっている。
 あぐりはあぐりで、連れのほなみを着飾ってやらないと気がすまない。

「わーお!ステキ!見てごらん!」

 あぐりが満足そうに腕を組み、うなずきながらほなみを眺めている。
 ほなみは、姿見に映る自分に少し戸惑った。
 ゆったりとした首周りと腕の一部が大きく穴が空いているデザインで、落ち着かない気分になる。

「……この服、寒い」
「何言ってんの!適度な肌見せは女らしさを強調できるのよっ!その位なによ。減るもんじゃなし。
 せっかくのお出かけだし周りの男どもに"おっ!いい女だぜ!ヒュー!"て言わせる位の本気を出しなさいよ!」

  あぐりは、自分の髪を整えながら言い放った。


 あぐりにそう言われたものの、ほなみはどうしても気になって、いろいろな角度から自分を鏡に映してみせた。

「ねえ、今日の会場って小さめなのかな?」
「うん?そうね。キャパ500位じゃない?ステージも高いから、よーく見えるわよ。」

 頭の中に再びピアノを弾いていた男の子の笑顔と、鋭さがかい間見える瞳がよみがえり、なぜか胸が苦しくなる。

 彼を、近くで――?

「どうしよう……」

 ほなみは無意識につぶやいていた。




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