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女帝との対面

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「一緒にーー暮らそう」



 予想もしていなかったその言葉が、頭の中に入って来るのに数秒かかった。大きな目を更に大きく開き、口を半開きで彼を唖然と見詰める。



「な……んで?」

「なんでってーー」




 さあ、何でなんだろうね?

 と、堺はつい口に出しそうになるが呑み込む。

 しのを好きだという言葉に嘘はない。理屈抜きで強烈に彼女に吸い寄せられ抱いてしまい、心も身体も夢中になってしまった。

 小百合に命じられたから、一緒に暮らそうと告げたのではないーー勿論、契約の事も頭の隅にはあるが、ただ、しのを独りにしておけない、出来る限り守りたいーーと思ったのも本当だった。 





「そ、その……なんだ……つまり……」



 女性を口説いた経験は一応あるが、相手が一回り年下でしかも自分よりもしっかりしていて、とびきりの美少女であることに加え、この異常な状況が、堺をより挙動不審にさせていた。

 堺は髪を抜いてしまいそうな程にかきむしり、目を血走らせ、例によって例の如く信号機の様に顔色をコロコロ変えてブツブツ呟いている。

 しのは真っ直ぐに堺を見て、戸惑いながらも胸を高鳴らせていた。

 一緒に暮らそうなんて、ドラマや小説の中の台詞みたいーーまさか私がそんな事を言われるなんて……と。

 しかも運命的に(と、しのは思っている)出会い、結ばれた人がこう言っている。

 夢ではないという事を、時折熱くチクリと痛む秘所の奥が教えている。






 昨日までは考えもしなかった。自分が人を好きになるなんて。自分以外の誰かの言葉に心が浮き立ったり沈んだりするようになるなんて、思いもしなかった。恋なんてーー恋人なんて、お話や映画の中だけの絵空事で、他人事なんだと思っていたのに。

 今、私は恋してる。恋なんて、ただの錯覚、恋してる自分はなんて可愛くて素敵なんだろうって、勘違いしてるだけじゃないのかしらーーそういう風に、恋愛にうつつを抜かしている周囲の人間を半ばバカにしていたのに。  
 
 止めようとしても次から次へと生まれる涙、痛むのにドキドキと弾む胸、熱くなる体温ーーこれが錯覚のせいだっていうの?

 たとえそうだとしても、構わない。私を求めてくれるなら、私は……



「つつつつつまり僕は……ききき君を独り占めしたい……って違う!いや違わないけども!ぼぼぼ僕は決して束縛するようなタイプじゃないって事を最初に……ってなんの最初なんだよっ……て……とにかく!ーーむっむむむ」


 しどろもどろの必死の求愛の最中、しのは彼に飛び付いてキスした。






 しのがゆっくりと唇を離すと、堺はマンボウの如く真紅に染まった頬を膨らませ、ピクピク震えている。ムードの欠片もない、としのが少し落胆した時、堺の表情が劇的に変化した。息を深く長く吐き出し、唇を結び真顔になっただけなのだが、先程までしていた顔との落差だろうか、とてつもなく凛々しく見え、しのの胸は再び高鳴る。



「しのちゃんっ……そ、それはイエスていう意思表示と取ってもいいの……かな?」



 しのが溢れるような笑顔で何度も頷くと、堺は破顔し、力一杯彼女を抱き締めた。



「堺さ……い……いたい」

「ご、ごめんっ!」



 少し力を和らげると、腕の中でしのが堺を輝く瞳で見上げている。

 多分、今、込み上げてくるいとおしさで頬がだらしなく緩んでいるに違いないーーこんな自分をあの人が見たら怒るだろうか。悲しんで涙を流すだろうか?と堺の頭の中にそんな思いが過ったが、しのが小さな欠伸を噛み殺し胸にもたれ掛かってきた瞬間、眠りの世界へと誘われ、彼女を抱いたままベッドへと沈んだ。
  
 栗色の巻き毛がベッドサイドのアラームの明かりで煌めき、堺は夢現のなか、綺麗だ、と思った。


(ほんの少しの間だけだから……だから、この子を守らせてくれ……一年、そう、一年だけーーその後で、君に沢山怒られるからーーだからーー)


「だから……な……るみ」

「ーーえ?」



 小さな彼のうわ言に、眠りかけていたしのは瞼を開くが、既に彼は深い眠りに沈んでいた。










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