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混・乱・事変

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「――っ!」


 額に冷たく濡れた感覚――というよりも痛い。かなり暴力的な刺激で堺は夢から目覚めた。

 身体を起こすとジャラ、という音と共に氷の入ったポリ袋が膝の上に落ちた。



「あら、お目覚め?」



 ペコが体温計を手に簡易ベッドの傍らに立っていて、堺は思わず「きゃ――」と叫び毛布を頭まで被った。



「失礼しちゃうわねええ!暑さで倒れた部下を見舞ってる心優しいペコ様をまるでお化けを見たみたいに――っ」

「ひいっ!あ、ありがとうございます――っすいません――っ」



 毛布をひっぺがそうとするペコに、堺は情けない声で言った。







「はいはいはい、なんか真っ赤な顔をして唸ってたから熱があるのかしらって心配したけど、それだけ喚く元気があるなら大丈夫ねっ」

「びえええ」



 ペコは思いきり堺の背中を叩き、堺は悲鳴をあげる。

 堺が使っているベッドの隣にもうひとつ簡易ベッドがあり、回りは白い壁。壁と言うか、ここはテントらしい。

 ペコと堺の他にも三人ほどのスタッフらしき男性がいて、小さなテレビモニターの画面を見ながら人気バンド『black』の曲を口ずさんでいた。

 堺は、先程まで見ていた生々しい夢の光景が過り、ペコに言われた言葉に今更恥ずかしくなってくる。



――赤い顔をして唸っていただって?つまり、夢の中であの子と、美佳原しのと、セッ……セ……セセセ……

まずい……まずいような気がする……いや、本当にまずいぞ。仕事中に初対面のあの子で妄想をして、夢の中とはいえあんな……っ――




 しのの甘い声と白い裸体を思い出して、堺は頬と身体が火照る。







 ハッとして、堺は毛布で隠しながらズボンの中を捲って中の状態を確認して、安心したようにため息を吐いて脱力する。



(よ……よかった……出しちゃってはなかった……あの子の夢を勝手に見て勝手にエッチなことをした上に……実際にむ……むむ夢精なんてした日にはもう……犯罪者じゃないか……っ……
あっ!で、でででも、キキキキキキ……)



 唇と唇が触れあったのを思い出し、堺は指で思わずそこに触れて真っ赤になった。




「ききききききききっ」




 ベッドの上でモゾモゾしていたかと思うと髪をかきむしり意味不明な奇声を発する堺をペコは不審な目で見ていたが、咳払いをひとつすると、籠盛りの果物と紙袋を持ってきてベッドの脇へ置き、命令口調で言った。



「今からJWEの社長のお宅までこれ持ってきて行ってきてちょうだい」







 堺は目を点にして、間抜けな声で訊ねた。



「じぇーだぶりゅー……いー?」

「ピンと来ないのも無理はないかもねえ。JWE……ジャパニーズワンダフルエンターテイメント社。今人気急上昇の女性アイドルユニットオリオン21の他にも沢山のアイドルグループを束ねる業界の三本の指に入るプロダクションよ……」



 ペコはテントの中のテレビをチラチラ見ながら堺にメモ紙を渡した。

 堺は受け取るが、まだいまいち飲み込めなくてペコに訊ねる。




「あ……あの……その凄い会社と僕が一体何の関係が?」

「今日のお詫びをしにご挨拶に行くのよ。もうアポイントメントは取ってあるわ。そこへ行ったら堺ちゃんは直帰でいいから」

「えっ?」

「まあ、忙しい人だから、話は一分で終わるでしょ……だから、気を楽にしていいからね?」

「はあっ?あの……」

「堺ちゃんの癒し系イケメンスマイルで乗り気って頂戴」

「あ……あの……よく意味がわからないんですが」






「車を手配したから、運転手にその住所まで行って貰って頂戴ね。そのお菓子、あの方の好物らしいからご機嫌は取れるはずよ……」


 ペコは視線をテレビと堺といったり来たりで落ち着かない。

 堺は籠盛りの果物と紙袋の印刷を見て「……ああ……成る程……人気の高屋のカステラ饅頭ですね」と呟くが、まだ彼の頭は回転していなかった。

 今からJWEの社長宅へいってこいと言われたのは理解したが、何が「お詫び」なのかさっぱりわからない。

 ペコは、そんな堺の表情を読み取ったように頷いて言った。




「そうよね、本当は堺ちゃんが詫びる事なんて無いのよ……寧ろお礼を言って貰ってしかるべきよ!……堺ちゃんが助けなかったら、今や会社の看板アイドルグループのリーダーで、しかも愛娘のみかしのちゃんは大怪我をしてたかも知れないんですからね!」

「……へ……まなむすめ……へ―……ええええええっ?」



 愛娘、という言葉の意味が十秒程してやっと頭の中へ入ってきた堺は驚愕した。


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