#星色卒業式 〜きみは明日、あの星に行く〜

嶌田あき

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第3章

第10夜 異星入植録(5)

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 冷たい夜風が頬をなでる中、俺たち3人は重い足取りで天文ドームへ向かっていた。未来と哲の白い息を見て、俺は身震いした。手に握りしめた先輩のノートが、鉛のように重い。

 ドームの扉を開けると、懐かしい埃っぽい匂いが鼻をくすぐった。壁の星座早見盤がかすかに揺れている。俺たちは無言でテーブルを囲んだ。

「蛍だけで読んで」

 未来が震える声で言った。哲は眼鏡を直しながら頷く。

「ああ、きっとひかり先輩、蛍に見てほしかったんだ」

 彼の声は冷静を装っているが、緊張が滲んでいた。
 俺は深呼吸をして、ゆっくりとノートを開いた。表紙をめくる音が、異様に大きく響く。最初のページには、先輩の整った字で「異星入植録」と書かれていた。その文字を見た瞬間、俺の背筋に冷たいものが走った。

「異星……?」

 俺が呟くと、未来が首を傾げた。

「どうしたの?」
「あ、いや……先輩のユーモアかな。部長としての活動メモかも」

 そう言ってみたものの、まったく確信はない。3人で顔を見合わせ、恐る恐る次のページをめくった。

 4月15日——今日、蛍、未来、哲が天文部に入部してくれた。彼らの目の輝きに言葉にならない喜びを感じた。この星での孤独が少し和らいだ気がする。蛍の真っすぐな瞳、未来の優しい笑顔、哲の知的な眼差し。みんなと過ごす時間が使命を忘れさせそうで、怖いくらいだ。

 俺は息を呑んだ。先輩の孤独感が胸に突き刺さる。横目で見ると、未来は目を潤ませ、哲は眉をひそめていた。

 5月3日——不眠症が続く私を、蛍が屋上に連れ出してくれた。星空の下で寝袋に横たわり、星座の話をする。彼の音楽を聴いて心が温かくなる。でも、彼の「どうせ」という言葉に隠された諦めに胸が締め付けられた。限られた時間。でも、この経験が特別な意味を持ち始めている。任務を考えると胸が痛むが、蛍の存在が私の心を溶かしていく。

「先輩、こんなに苦しんでたんだ……」

 俺は思わず呟いた。あの頃の記憶が蘇る。先輩の憔悴した表情、そして少しずつ元気になっていく姿。「任務」って何だろう。天文部の仕事のことかな。でも、どこか引っかかる。

 6月20日——蛍が寝台列車で朝焼けを見に連れて行ってくれた。海沿いの無人駅からの景色は息を呑むほど美しい。彼の目に映る私が気になった。もう打ち明けようかと思ったけど、彼は「今はこのままでいい」と言ってくれた。彼の手の温もりに、受け入れられていると感じる。決意が揺らぐ。あの星に行きたくないと言うと、彼の表情が変わった。彼の願いは私が眠れるようになることだという。その真剣な眼差しに、使命と想いが交錯する。この感情は何? 観察対象への興味を超えてる。別れが辛くなるから深入りしたくない。

 9月15日——文化祭で朝焼けプラネタリウムを作った。停電で混乱したけど、蛍たちの機転で最高の出来に。お客さんのスマホの光で作る世界は本物の朝焼けみたい。蛍の音楽、哲のプログラム、未来の司会。4人の力が生んだ奇跡。後で見直したとき、未来が眠りについた。予想外だった。彼女が移住適合になる光が見えて嬉しい。

 10月10日——合宿最終日、みんなが誕生日サプライズをしてくれた。天文ハウスの屋根が開き、満天の星空。言葉を失った。床暖房の部屋で流星群観察という贅沢。蛍たちの優しさに涙が止まらない。勘違いも解け、心がすっきりした。手作りケーキを食べながら昔話に花が咲く。最後は皆で眠りについた。この温かさと安らぎ。任務を忘れ、この瞬間を永遠に記憶に刻みたいと思った。

 俺は思わず、自分の胸に手を当てた。あの時の先輩の表情が、まぶたに焼き付いている。

 11月23日——海辺で蛍が「好き」と言ってくれた。嬉しかった。心が震えた。私も「好き」と答えたけど、この感情が人間の「好き」と同じか自信がない。でも、彼の温かさ、優しさ、守ろうとする強さに心が揺れている。任務を思うと胸が痛むけど、彼との時間は何より大切。列車で彼の肩で眠るのが最高の安らぎ。この気持ちを忘れたくない。でも、別れは避けられない。葛藤する心をどう整理すればいい?

 俺は顔が熱くなるのを感じた。あの日の記憶が、鮮明によみがえる。先輩の柔らかな唇の感触、潮の香り、そして胸の高鳴り。全てが昨日のことのように生々しい。
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