#星色卒業式 〜きみは明日、あの星に行く〜

嶌田あき

文字の大きさ
上 下
38 / 50
第3章

第12夜 初恋銀河網(2)

しおりを挟む
「あ、あなたたちは誰なんですか? どうして俺たちの名前を……」

 声が震えるのを必死に抑えながら、俺は問いかけた。冷や汗が背中を伝う。

「内閣情報調査室の黒石です」

 黒スーツの男性が淡々と答えた。その冷静さが、逆に俺たちの緊張を高める。俺は思わず先輩の方を見た。

「天野さん、もういい加減諦めたらどうでしょう? 我々は全て把握しています」

 黒石の丁寧な口調が逆に怖い。俺の胸に冷たいものが広がった。

「何を把握しているというの?」

 先輩が一歩前に出た。その声には、微かな震えと共に、強い意志が感じられた。先輩の背中が、いつもより頼もしく見えた。
 黒石は薄く笑った。その笑みには、勝利を確信する者の余裕が滲んでいた。俺は思わず拳を握りしめた。

「君が異星人——つまり、この星の住民だということ。地球との間の通信路の確立を試みていることもね」

 黒石の言葉に、俺は息を呑んだ。先輩の秘密が、こんな形で明かされるなんて。

「そ、それは……」

 俺は言葉を絞り出した。頭の中が真っ白になる。

「それだけじゃない。彼女の役割——データを運ぶ『キャリア』としての存在意義もね」
「えっ? キャリア?」

 俺は困惑して先輩を見た。先輩の表情が曇るのが見えた。

「その様子じゃ、星野くんは知らなかったようだね」

 黒石は続けた。その声には、どこか残酷な響きがあった。俺は言葉を失い、ただ立ち尽くすしかなかった。

「我々は長い間、天野さんを観察してきた。彼女の能力は素晴らしい。だからこそ、我々の下で働いてほしい。特に、彼女の通信能力は国家の安全保障に直結する。地球の危機的状況は子供でもわかるだろう? もう選り好みしている場合じゃない。国連の移住計画で我が国が貢献できなければ、日本の未来はない。生き残るには、他国を圧倒する科学技術が必要なんだ。たとえ異星のものでも」

 俺は息を呑んだ。黒石の言葉の重みが、どっしりと胸に沈み込む。

「悪い話じゃないはずだ、天野さん。これまで君の身の安全を誰よりも考え、守ってきたのは誰だ?」
「……」

 先輩は唇を噛みしめ、俯いた。その姿に胸が痛んだ。

「——我々だ。君たちの銀河ネット接続を手伝う代わりに、その進んだ技術を我々に回してくれればいい。それの何が不満なんだ?」

 黒石の言葉に、俺は複雑な感情を覚えた。本当に先輩を守ろうとしているのか、ただの利用なのか。感謝すべきか、怒るべきか。頭の中が混乱する。
 先輩が固く握りしめた拳を見て、俺は彼女の怒りを感じ取った。その怒りは、まるで熱波のように部屋中に広がっていく。俺は思わず身震いした。

「私は誰かの道具になるために居るんじゃない!」

 先輩の声に怒りが滲んでいた。その声は、これまで俺が聞いたことのない激しさを帯びていた。先輩の瞳が、怒りで燃えるように輝いている。

「そうか」

 黒石はため息をついた。その表情には、一瞬だけ疲れが浮かんだ。俺は思わず黒石の本心を探ろうとした。

「申し訳ないが、君にも——いや、私にも選択肢はない。24時間以内に協力の確証がなければ、我々は君を排除せざるを得ない」
「排除……?」

 その言葉の意味を理解した瞬間、背筋に冷たいものが走った。

「それが上からの命令だ。星野くん、もう高校生だろう? 意味はわかるな?」

 黒石の冷たい目が、俺を射抜く。
 俺は絶句した。予想以上に事態は深刻だ。24時間。その数字が、頭の中でうねるように響く。先輩の命と世界の未来。その両方が、たった24時間にかかっている。冗談じゃない。
 先輩が俺の手を取った。その手のひらは冷たく、少し震えていた。でも、その握る力は強かった。

「蛍くん……」

 その時、黒石が手を上げた。俺たちの意図を察したかのように。

「捕まえろ!」

 その一言で、部屋の空気が凍りついた。黒石の側に控えていたスーツ姿の男たちが、まるで機械のように一斉に動き出す。俺は咄嗟に周りを見回した。逃げ道は? このままじゃ捕まる。でも、捕まったら先輩は……。心臓が爆発しそうなほど激しく鼓動する。
 その瞬間、俺の目に天井の換気口が飛び込んできた。小さな希望の光。時間はない。

「先輩、こっち!」

 俺は咄嗟にツタのような植物をよじ登り、先輩の手を引いた。振り返る暇もなく、太い枝を伝って換気口へ。アドレナリンが全身を駆け巡り、自分の大胆さに驚く。

「蛍くん、これは……」

 先輩の声に驚きと不安が混じる。でも、信頼も感じた。

「信じて」

 俺は息を切らしながら言った。急いで換気口のカバーを外す。暗い空間が待っている。

「先輩、中へ。後ろから支えます」

 先輩は一瞬躊躇したが、すぐに状況を理解したようだ。俺の手を借りて換気口に這入る。その姿に胸が締め付けられた。先輩をこんな目に遭わせてしまった。でも、まだ希望はある。俺たちは逃げ出せる。

「やめろ!」

 黒石の大声に振り返ると、彼の周りのスーツの男達は構えていた拳銃を一斉に下ろした。俺は焦ったが、冷静さを失わないよう必死に努めた。深呼吸をして、心を落ち着かせる。

「先輩、急いで!」

 叫びながら、俺も換気口に飛び込む。狭い空間。先輩の温もり。その感触が勇気をくれる。

「逃げた! 追え!」
「落ち着け。行き先はわかってる」

 怒号が遠ざかっていく。
 背後の怒号を無視し、必死に這う。暗く息苦しい換気ダクト。でも、先輩の存在が勇気をくれる。冷たい金属と温かな息遣い。不思議な感覚。

「蛍くん、大丈夫?」

 先輩の声。心配と力強さが混ざっている。

「はい、なんとか……」

 俺は息を切らしながら答えた。狭い空間での移動は予想以上に体力を消耗する。
 這いながら、頭の中では様々な思いが渦巻いていた。政府の諜報機関は先輩のことを知っていた。俺たちの行動も把握し、そして何よりも、俺の知らない『キャリア』という役割のことも。この状況の重大さが、今更ながら俺の心に重くのしかかる。

 このまま逃げ切れるのか。たとえ逃げ切れたとして、その先にどんな未来が待っているのか。不安と希望が入り混じる中、俺たちは前に進み続けた。暗闇の中で、先輩の存在だけが俺の道標だった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

鷹鷲高校執事科

三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。 東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。 物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。 各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。 表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

【完結】ぽっちゃり好きの望まない青春

mazecco
青春
◆◆◆第6回ライト文芸大賞 奨励賞受賞作◆◆◆ 人ってさ、テンプレから外れた人を仕分けるのが好きだよね。 イケメンとか、金持ちとか、デブとか、なんとかかんとか。 そんなものに俺はもう振り回されたくないから、友だちなんかいらないって思ってる。 俺じゃなくて俺の顔と財布ばっかり見て喋るヤツらと話してると虚しくなってくるんだもん。 誰もほんとの俺のことなんか見てないんだから。 どうせみんな、俺がぽっちゃり好きの陰キャだって知ったら離れていくに決まってる。 そう思ってたのに…… どうしてみんな俺を放っておいてくれないんだよ! ※ラブコメ風ですがこの小説は友情物語です※

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

処理中です...