#星色卒業式 〜きみは明日、あの星に行く〜

嶌田あき

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第3章

第12夜 初恋銀河網(2)

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「あ、あなたたちは誰なんですか? どうして俺たちの名前を……」

 声が震えるのを必死に抑えながら、俺は問いかけた。冷や汗が背中を伝う。

「内閣情報調査室の黒石です」

 黒スーツの男性が淡々と答えた。その冷静さが、逆に俺たちの緊張を高める。俺は思わず先輩の方を見た。

「天野さん、もういい加減諦めたらどうでしょう? 我々は全て把握しています」

 黒石の丁寧な口調が逆に怖い。俺の胸に冷たいものが広がった。

「何を把握しているというの?」

 先輩が一歩前に出た。その声には、微かな震えと共に、強い意志が感じられた。先輩の背中が、いつもより頼もしく見えた。
 黒石は薄く笑った。その笑みには、勝利を確信する者の余裕が滲んでいた。俺は思わず拳を握りしめた。

「君が異星人——つまり、この星の住民だということ。地球との間の通信路の確立を試みていることもね」

 黒石の言葉に、俺は息を呑んだ。先輩の秘密が、こんな形で明かされるなんて。

「そ、それは……」

 俺は言葉を絞り出した。頭の中が真っ白になる。

「それだけじゃない。彼女の役割——データを運ぶ『キャリア』としての存在意義もね」
「えっ? キャリア?」

 俺は困惑して先輩を見た。先輩の表情が曇るのが見えた。

「その様子じゃ、星野くんは知らなかったようだね」

 黒石は続けた。その声には、どこか残酷な響きがあった。俺は言葉を失い、ただ立ち尽くすしかなかった。

「我々は長い間、天野さんを観察してきた。彼女の能力は素晴らしい。だからこそ、我々の下で働いてほしい。特に、彼女の通信能力は国家の安全保障に直結する。地球の危機的状況は子供でもわかるだろう? もう選り好みしている場合じゃない。国連の移住計画で我が国が貢献できなければ、日本の未来はない。生き残るには、他国を圧倒する科学技術が必要なんだ。たとえ異星のものでも」

 俺は息を呑んだ。黒石の言葉の重みが、どっしりと胸に沈み込む。

「悪い話じゃないはずだ、天野さん。これまで君の身の安全を誰よりも考え、守ってきたのは誰だ?」
「……」

 先輩は唇を噛みしめ、俯いた。その姿に胸が痛んだ。

「——我々だ。君たちの銀河ネット接続を手伝う代わりに、その進んだ技術を我々に回してくれればいい。それの何が不満なんだ?」

 黒石の言葉に、俺は複雑な感情を覚えた。本当に先輩を守ろうとしているのか、ただの利用なのか。感謝すべきか、怒るべきか。頭の中が混乱する。
 先輩が固く握りしめた拳を見て、俺は彼女の怒りを感じ取った。その怒りは、まるで熱波のように部屋中に広がっていく。俺は思わず身震いした。

「私は誰かの道具になるために居るんじゃない!」

 先輩の声に怒りが滲んでいた。その声は、これまで俺が聞いたことのない激しさを帯びていた。先輩の瞳が、怒りで燃えるように輝いている。

「そうか」

 黒石はため息をついた。その表情には、一瞬だけ疲れが浮かんだ。俺は思わず黒石の本心を探ろうとした。

「申し訳ないが、君にも——いや、私にも選択肢はない。24時間以内に協力の確証がなければ、我々は君を排除せざるを得ない」
「排除……?」

 その言葉の意味を理解した瞬間、背筋に冷たいものが走った。

「それが上からの命令だ。星野くん、もう高校生だろう? 意味はわかるな?」

 黒石の冷たい目が、俺を射抜く。
 俺は絶句した。予想以上に事態は深刻だ。24時間。その数字が、頭の中でうねるように響く。先輩の命と世界の未来。その両方が、たった24時間にかかっている。冗談じゃない。
 先輩が俺の手を取った。その手のひらは冷たく、少し震えていた。でも、その握る力は強かった。

「蛍くん……」

 その時、黒石が手を上げた。俺たちの意図を察したかのように。

「捕まえろ!」

 その一言で、部屋の空気が凍りついた。黒石の側に控えていたスーツ姿の男たちが、まるで機械のように一斉に動き出す。俺は咄嗟に周りを見回した。逃げ道は? このままじゃ捕まる。でも、捕まったら先輩は……。心臓が爆発しそうなほど激しく鼓動する。
 その瞬間、俺の目に天井の換気口が飛び込んできた。小さな希望の光。時間はない。

「先輩、こっち!」

 俺は咄嗟にツタのような植物をよじ登り、先輩の手を引いた。振り返る暇もなく、太い枝を伝って換気口へ。アドレナリンが全身を駆け巡り、自分の大胆さに驚く。

「蛍くん、これは……」

 先輩の声に驚きと不安が混じる。でも、信頼も感じた。

「信じて」

 俺は息を切らしながら言った。急いで換気口のカバーを外す。暗い空間が待っている。

「先輩、中へ。後ろから支えます」

 先輩は一瞬躊躇したが、すぐに状況を理解したようだ。俺の手を借りて換気口に這入る。その姿に胸が締め付けられた。先輩をこんな目に遭わせてしまった。でも、まだ希望はある。俺たちは逃げ出せる。

「やめろ!」

 黒石の大声に振り返ると、彼の周りのスーツの男達は構えていた拳銃を一斉に下ろした。俺は焦ったが、冷静さを失わないよう必死に努めた。深呼吸をして、心を落ち着かせる。

「先輩、急いで!」

 叫びながら、俺も換気口に飛び込む。狭い空間。先輩の温もり。その感触が勇気をくれる。

「逃げた! 追え!」
「落ち着け。行き先はわかってる」

 怒号が遠ざかっていく。
 背後の怒号を無視し、必死に這う。暗く息苦しい換気ダクト。でも、先輩の存在が勇気をくれる。冷たい金属と温かな息遣い。不思議な感覚。

「蛍くん、大丈夫?」

 先輩の声。心配と力強さが混ざっている。

「はい、なんとか……」

 俺は息を切らしながら答えた。狭い空間での移動は予想以上に体力を消耗する。
 這いながら、頭の中では様々な思いが渦巻いていた。政府の諜報機関は先輩のことを知っていた。俺たちの行動も把握し、そして何よりも、俺の知らない『キャリア』という役割のことも。この状況の重大さが、今更ながら俺の心に重くのしかかる。

 このまま逃げ切れるのか。たとえ逃げ切れたとして、その先にどんな未来が待っているのか。不安と希望が入り混じる中、俺たちは前に進み続けた。暗闇の中で、先輩の存在だけが俺の道標だった。
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