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第3章

第11夜 彼女保管庫(2)

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 信じられない光景に、声が震えた。体育館ほどの広大な無柱の空間に、青々とした木々が生い茂っている。まるで異星のジャングル。ツタやソテツに似ている気がするけど、見たこともない植物だらけ。コンクリートと金属の無機質な部屋を想像していたのに、ぜんぜん違う。頭が真っ白になった。

 じめじめした空気を吸って、ゴホッと咳き込んだ。甘くて腐ったみたいな匂いが鼻に突き刺さる。地球の森とは全然違う、変な香り。

 汗だくの額を拭う。眠れてないし疲れてるから、まわりがぼやけて見える。でも、先輩を見つけなきゃ。そう思って、前に進んだ。

 草をかき分けて中に入ると、低木にそら豆のオバケみたいな袋がたくさん下がっているのが目に入った。俺は息を呑んだ。

「これは……」

 ハッと気づいた。これこそがあの星に移住していった人の身体を保存しておく容器だ。確信はないけど、俺の直感がそう言っている。ドクドクと不気味に脈打つ表面は、ところどころ透けていて、中に人影が見えた。大きな葉にはQRコードのような斑が入っていて、スマホで読めそうだった。

「核電池で維持されると聞いていたのに……」

 銀色の冷蔵庫が並んでいるのを想像していたが、現実は全く違った。電源ケーブルさえ見当たらないけれど、どこかにあるのだろうか。

 心臓がバクバクする。変な場所に圧倒されそうになりながら、先輩を見つけなきゃと思い出した。

「先輩……絶対に見つけますから」

 額の汗を拭う。それだけで体がきつい。塩辛い汗が目に入って、一瞬視界がぼやける。でも、必死で先輩を探し続けた。
 床を這う太い根が俺の足に絡みつく。まるで生きているかのように、根が俺の動きを阻もうとしているようだった。何度も転びそうになり、その度に手をつく。鋭い葉が腕を切り、痛みと共に赤い筋が幾つも浮かび上がった。

「くっ……」

 俺は歯を食いしばった。俺の身体なんて、もう構うものか。何度も気を張ってみるものの、痛みと疲労で挫けそうになる。ここのところ悪化している不眠症のせいもあって、なんだか現実と幻覚の境界が曖昧になってくる。ひょっとすると、俺はいま夢を見ているのだろうか。夢なら早く覚めてほしい。

「先輩はここにいる……絶対に……」

 頭の中で先輩との思い出が次々とよみがえる。理科室で話したこと、屋上で星を見たこと、あの謎みたいなメッセージ。全部がこの変な場所につながってる気がして、それが俺を前に進ませた。

「先輩……絶対に見つけます」

 やっと、ボロボロになった俺の前に、探してたサヤが現れた。他のより大きくて、中の人がはっきり見える。心臓が飛び出しそうになった。

「あった!」

 俺は震える手でサヤに触れた。表面は生暖かく、触れると微かに震えた。中に人の身体があるのは間違いない。でも、それが本当に先輩なのか、まだ確信が持てなかった。

「先輩……本当にあなたなんですか?」

 声がかすれ、涙が出そうになる。やっとここまで来たのに。これで終わりなのか、それとも新たな何かが始まるのか。期待と不安で胸がいっぱいになった。

 深呼吸して、心を決める。どんな結果になっても、ここで諦めちゃダメだ。ゆっくりとサヤを開こうとした瞬間、周りの植物が一斉に動いた気がした。

 サヤに手をかける。震える手で、薄っすらと透けた膜に顔を押し当てた。生暖かくて、かすかな心臓の音が聞こえる。思わず息を飲んだ。

 中には、裸の女性が膝を抱えて、上下逆さまになって液体の中を浮いていた。まるでお腹の中の赤ん坊みたいな姿勢だ。長い黒髪が、液体の中でゆらゆらと揺れている。きれいな形の耳。丸みを帯びた顎のライン。首筋には小さなほくろ——間違いない。

 すやすや眠る、柔らかな顔の先輩が、そこにいた。

「先輩。寝てるんですか? 返事を……してください」

 声がかすれて、喉が詰まりそうになる。いろんな気持ちが混ざって、次の言葉が出てこなくなった。頭がガンガンして、視界もぼやける。落ち着け、俺。大きく深呼吸した。

 ここまで来るのがどれだけ大変だったか。この場所に入り込んで、ジャングルみたいな所をさまよって、やっと先輩を見つけたのに……現実は残酷だった。

「本当にもういないんだ……」

 絶望的な気持ちで呟いた。その言葉が、自分の心をズタズタにする。周りのジャングルみたいな雰囲気が、俺の孤独をさらに強くする。

 俺はその大きなサヤに寄りかかって、静かに泣き始めた。涙が頬を伝い、半透明の膜の表面に落ちる。一滴一滴が、俺の心の痛みを表してるみたい。血のような鉄っぽい涙の味が、唇に広がる。

「俺は……どうすればいいですか」

 先輩の身体を見つけたは良いものの、これからどうすればいいのか。先輩を目覚めさせることはできるのか。目覚めたとしても、先輩は無事なのか。俺はどうしていいか分からず、途方に暮れた。

「何をすればよかったんだろう?」

 俺は自分に何度も聞いた。先輩との思い出が次々と頭に浮かぶ。理科室で話したこと、屋上で星を見たこと、あの謎みたいなメッセージ。全部が今、意味がなくなったみたいに感じる。

「ごめんなさい、先輩……俺、何もできなかった」

 声が震えて、また涙があふれる。心が真っ暗な絶望に沈んでいく。まるで宇宙の底なし穴に落ちていくみたいな感じがした。

 ドサッと座り込んだ。湿っぽい土に覆われた床が膝から体温を奪っていく。薄暗い森の中、たくさんの保管容器が不気味な影を作っている。見れば見るほど奇妙だ。絶望に押しつぶされそうになる。ああ、もう先輩はいないんだ。それを理解するのにこんなに時間がかかるなんて、馬鹿だな、俺。そのとき、後ろから風鈴みたいなやさしい声が聞こえた。

「ここで何してるの?」
「うああああああっ——」

 俺は驚愕のあまり、反射的に体を捻じ曲げ、尻餅をつく。心臓がバクバクし、体中に電気が走ったみたいな感覚に襲われる。俺は、声のほうを見上げた。
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