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第3章

第9夜 光跳星約束(2)

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 待ち合わせは駅近くの市民広場。白い石でできた、ヨーロッパみたいな広場だ。まだ昼があった頃は、夏の噴水が子供たちで賑わっていたらしい。広場に入ると、きらきら光るイルミネーションと大きなクリスマスツリーが目に飛び込んできた。

 昨日の雪で、街はすっかり雪化粧。ホワイトクリスマス。先輩はどんな服で来るかな、何を話そうかな。そんなことを考えながら、俺はそわそわと彼女を待っていた。

 貯金をはたいてプレゼントも買った。俺は小さな紙袋の中の青い箱を見つめた。中身は、先輩が新しい星で使える特別な腕時計。地球の時間と向こうの時間を両方見られるんだ。

「これを渡したら、先輩がもっと遠くに行っちゃうのかな」

 そんな複雑な気持ちが胸をチクリと刺した。でも、先輩の新しい生活を少しでも楽にしたい。その思いの方が強かった。喜んでくれたらいいな。

「や」

 恥ずかしそうな顔で先輩が現れた。白いダッフルコートに少し長めのスカート。首にはチェック柄のマフラー。

「どうかな?」

 先輩の声は少し震えていた。緊張してるんだな。

「う、うん。すごく似合ってます」

 俺は心臓がバクバクしながら答えた。

「もう、そんなに見ないで。恥ずかしいじゃん……」

 白い息を「はぁはぁ」って手にふきかける先輩が、なんとも可愛い。

「あ、手袋、します?」

 俺は慌てて差し出した。

「片方だけでいいよ」
「んっ?」

 俺は不思議に思いながら、言われたとおり右手の手袋だけを渡した。青と白のボーダー柄の手袋だ。先輩はニコッと笑って右手にはめた。そして、

「こっちの手は——こうするんだよ」

 照れくさそうに笑いながら、左手で俺の手をそっと握った。
 あっ、そういうことか。胸がドキッとして、急に熱くなった。

「こういうの、一度してみたかったの」

 先輩の冷たい手が俺の手の中でちょこちょこ動いた。素手で触れ合いたかったんだ。ふふ、気づかなくてごめん。
 自然と俺たちの指が絡み合った。先輩の指が俺の指の間にスッと入ってきて、お互いの指がピッタリ重なった。すごく落ち着く感じがした。

「これ、恋人繋ぎっていうんだよね」

 先輩が上目遣いで俺を見上げた。その目に映る自分が、なんだか頼もしく見えた。俺も知ってたけど、言葉にするのは恥ずかしくて。

「初めて、ですか?」
「それ聞く?」

 先輩の笑顔を見て、俺の緊張がスーッと消えていくのを感じた。

「聞いちゃいます」

 先輩はこくりと小さく頷いて、それから不思議そうに俺の顔を覗き込んだ。

「どうして気になるの? ふふふっ」
「え、あの、ただ確認したくて…」

 俺は慌てて言い訳した。

「ぜんぶ、初めてだよ。手をつなぐのも、こうして大切な人とクリスマスを過ごすのも。一緒に来る人なんて、いないもん」
「そ、そっか……変なこと聞いちゃって、すみません」

 おしゃれな店で見て回ったり、景色のいいレストランで食事したりはできないけど、それでいい。2人で一緒にいるだけで幸せ。そう思えた瞬間だった。俺は先輩の手を握ってクリスマスツリーの方へ歩き出した。

 広場を優しく照らす、桜の花の形のライトアップ。地元の小学生が作ったんだって。それぞれに工夫があって、すごくかわいい。先輩に教えてもらったんだけど、桜はこの街のシンボルなんだ。

「春になったら、一緒に桜見に行こうね」

 先輩がそう言った瞬間、俺の胸がキュッと締め付けられた。

「いいですね。公園にシートを持っていって、夜桜を眺めながらお弁当を食べましょう」

 俺は無理に明るく答えた。でも心の中では、本当にそんな未来があるのかな、って不安が大きくなっていく。まるで別の世界の話みたいで、現実感がなかった。

「こういうの得意なんだ」って先輩が言うから、クイズラリーに挑戦することにした。イルミネーションの影や木の中に隠れてるサンタクロースのオブジェを探すのだという。赤、青、緑の帽子をかぶったサンタクロースが、広場のどこかに3人いるらしい。

 俺たちは手をつないだまま、キャーキャー言って広場を駆け回った。先輩の楽しそうな顔を見ていると、この時間がずっと続けばいいのにと思った。
 先輩はたしかに大得意で「簡単すぎでしょ」とか不満をもらしながらも、あっという間にサンタのオブジェ2つを見つけ出した。青い帽子のサンタは青色LEDで彩られた街路樹の影に、緑の帽子のは光の絨毯に佇むトナカイの後にいた。

「楽勝」

 先輩は得意げに笑ってたけど、正直俺には全然見つけられなくて難しかった。
 サンタの背中にはQRコードが貼ってあり、3つ集めると抽選に応募できる。1等の景品は桜の苗木らしい。

「わぁ、自分の桜の木で夜桜が見られるなんてステキ!」

 先輩の目がキラキラ輝いた。
 俺は複雑な気持ちを抑えながら、苗木の説明を読んだ。

「品種改良で、日光がほとんどなくても鮮やかに咲くんだそうです。どんな場所でも育つみたいですよ」

 その言葉を言いながら、胸がギュッと痛くなった。どんな場所でも育つ桜。まるで、どこに行っても故郷を忘れないでって言ってるみたいだ。

「へぇ、すごいね」

 先輩の声に、なんだか寂しそうな感じがあった気がした。

「花が咲くまで、どのくらい時間かかるんでしょうね?」

 俺は咳払いをして、無理に明るく聞いてみた。

「そうだね。でもさ、蛍くん。まだ当たってないんだよ。赤い帽子のサンタ、早く見つけないとね」

 そう言って先輩は明るく笑った。

「じゃあ、もう一回り、探しましょう!」

 俺たちはまた手をつないで、赤いサンタを探し始めた。先輩の手のぬくもりを感じながら、考えてた。この桜みたいに、俺たちの思い出も、どんなに離れても心の中で咲き続けるのかな。

 そんなことを考えながら、俺たちは雪の積もった広場をゆっくり歩いた。
 赤い帽子のサンタは、なかなか見つからなかった。

「まいったなァ」

 キラキラ光るツリーの前に戻ってきて、俺はため息をついた。

「ふふふ。蛍くん、もう諦める?」

 先輩の声には、ちょっと挑発するような調子が混ざっていた。

「まさかっ」

 俺は負けじと答えた。
 俺たちの白い息が、空中で混ざり合った。
 あたりを見渡すと、けっこう沢山の人が赤サンタを探しあぐねているみたいだった。
 このまま見つからなくてもいいかも。ずっと先輩と手をつないでいられるのも悪くない——。俺はそんなことを考え始めていた。
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