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第3章

第9夜 光跳星約束(1)

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 昼休みの屋上を月明かりが優しく照らしていた。手すりの露が宝石みたいにキラキラ光り、遠くの街が幻のように浮かび上がっている。12月初めの冷たい風に、俺は思わず体を縮めた。その景色を背に、先輩が震える手で書類を握りしめていた。俺と未来、哲の3人で先輩を囲むように立ち、空気は期待と緊張でいっぱいだった。

 先輩の顔には、うれしさと不安が混ざっていた。何度も唇を震わせて、言いたいことを探している様子。やっと、小さな声で言葉を絞り出した。

「私——模試でA判定だった」

 その瞬間、時間が止まったみたいに静かになった。俺は自分の顔が固まったのがわかった。びっくりして動揺して、大切なものを失いそうな子供みたいな気持ちになった。胸がギュッと締め付けられる。

「ひゃあっ! おめでとうございます、ひかり先輩! ついに行けるんですね!」

 未来が真っ先に反応した。彼女は大声で喜んで、すぐに先輩に抱きついた。その明るい声が、重い空気を切り裂くみたいだった。

「おめでとうございます。不眠症を克服して、ここまで来られたんですね」

 哲は眼鏡をグッと上げて、落ち着いた声で言った。でも、その言葉の奥には、仲間を失う寂しさが見え隠れしていた。
 俺は何か言おうとしたけど、言葉が出てこなかった。心の中で、うれしさと悲しさがぶつかり合って、嵐みたいに揺れていた。先輩が眠れるように、いろいろなことを試した日々を思い出すと、胸が締め付けられる。

「蛍の頑張りが実を結んだね」

 哲が俺の肩をポンと叩いた。その言葉に隠された皮肉な真実が、俺の心をさらに痛めた。俺の頑張りが、結局先輩を遠ざけることになるなんて。

 先輩は俺の様子を見て、ゆっくりと話し始めた。

「蛍くん、これで私……」

 でも、その言葉は途中で止まった。その時、空の雲が晴れて、月の光がサッと降り注いだ。まるで運命みたいに、優しい月明かりが俺たちの顔を白く照らした。その光は希望のしるしでもあり、別れの予感でもあった。

 俺はその光でまぶしくて目を細めた。月の光はきれいだったけど、同時に残酷にも感じた。それは俺たちの関係が大きく変わることを表しているみたいだった。
 未来が興奮した様子で言う。

「ひかり先輩、すごい! これであの星に行けるんですね! 私たち、先輩のこと絶対応援しますからね!」
「本番の試験ってどんなものなんでしょう? 模試とは違うところもあるんですか?」

 哲は腕を組んで、冷静に考えているみたいだった。俺は進路指導の先生に聞いた宇宙移住の手順をふと思い出した。

 ——移眠準備は高3の1月から本格化する。年明けすぐに行われる遺伝子データ採取が共通一次試験、続く脳情報の計測が二次試験だ。卒業式の次の日には全部のデータがあの星に送信され、その日のうちに身体は冷凍保存される。不眠症を抱えた俺は、たぶん二次試験に落ちて地球に残る惑星移住浪人になるんだろう。

 先輩は哲の質問に答えようとしたけど、俺が黙っているのが気になって集中できないみたいだった。先輩は俺の方
をちらっと見た。その目には、重い決断と、残していく人への思いやりが見えた。

「蛍くん……」

 先輩が優しく呼びかけた。その声には、俺の気持ちを分かってくれる思いやりがあるような気がした。俺はまだ何も言えない。うれしさ、悲しさ、不安、そして何より大切なものを失う感じ。いろんな気持ちがぐるぐる回っている。少しでも話したら、先輩が遠い星に行ってしまうという現実にぺしゃんこにされそうだ。

「何か……言ってくれないの?」

 その言葉で、俺はやっと我に返った。大きく息を吸って、無理やり笑顔を作ろうとした。

「お……おめでとうございます、先輩」

 俺の声は少し震えていた。

「先輩が眠れるようになって…ほんとによかったです」

 でも、そう言ったのに胸が痛くなるのが分かった。笑顔を作ろうとしても、顔がひきつっているのが自分でも分かる。先輩はそれを見逃さなかった。

「――ありがとう、蛍くん」

 先輩は優しく微笑んでくれた。でも、その笑顔の奥に複雑な気持ちが隠れているのが分かった。先輩も俺と同じ気持ちなのかな。別れる寂しさと、新しい世界への期待が入り混じっているみたい。顔では笑って、心の中では泣いている。

「でも、私まだ決めてない。本試験を受けるかどうか……」

 その言葉で、みんなの目が先輩に集まった。急に空気が冷たくなったみたいだった。

「えっ? どういうことです?」

 未来が首をかしげた。

「今A判定なら、このままいけば二次試験も通る可能性が高いはずです。せっかくのチャンスなのに、なんで?」

 哲が眉をひそめた。
 先輩は大きく息を吐いて、みんなの顔を見た。その目には、決心と迷いが混ざっていた。

「私ね……みんなと過ごした時間が、すごく大切だった……」

 先輩は俺の方をちらっと見た。その一瞬の目が合った時、言葉じゃ言い表せないものがあった。

「だから、簡単には決められなくて」

 月明かりがさらに強くなり、屋上全体を幻想的に照らし始めた。その光の中で、先輩の瞳が不思議な輝きを放っていた。

「でも、先輩」

 俺は言葉を絞り出した。その声には、押し殺した感情が滲んでしまっていた。

「……俺たち、先輩のためにここまで頑張ってきたのに」

 先輩は首を横に振った。その仕草には、何かを悟ったような静けさがあった。

「それはね、本当に感謝してるの。言葉じゃ足りないくらい。でもね、」

 先輩は俺をまっすぐ見つめて、ゆっくりと口を開いた。その言葉に、俺の心臓が大きく鼓動した。希望と不安が入り混じる複雑な感情が俺を包み込む。それは、嵐の中に咲く一輪の花みたいだった。

「私、分かったの。本当に大切なものって——」

 その時、午後の授業が始まるチャイムが鳴った。その音で、現実の世界に引き戻されたみたいだった。

「あ、もう時間だ」

 未来が慌てて言った。

「教室に戻らなきゃ」

 哲もうなずいた。
 先輩は言いかけた言葉を飲み込んで、ちょっと困ったように笑った。その顔には、言葉にできない気持ちが隠れていた。俺も何か言おうとしたけど、結局黙ったままうなずいた。でも、このまま終わらせるわけにはいかなかった。階段に向かって急ぐ未来と哲。その後ろを歩く先輩の背中を見て、ぎりぎりのところで呼びかけた。

「あの、先輩」

 情けないことに、俺の声はガタガタ震えていた。

「クリスマス、一緒に過ごしませんか?」

 先輩の目が大きく見開いた。

「蛍くん……」

 俺は勇気を振り絞って続けた。

「デートしてください。先輩があの星に行っちゃう前に、一緒に過ごす時間が欲しいんです」

 先輩の顔がやわらかくなって、小さくうなずいた。俺は小さくガッツポーズ。

「わかった。約束だよ」

 先輩は頬をピンク色に染めてはにかんだ。その言葉で、俺の胸にポカポカした温かさが広がった。12月の冷たい夜空に、きらきら光る希望の星が見えたような気がした。
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