上 下
22 / 50
第2章

第8夜 海蛍恋模様(4)

しおりを挟む
 帰りの列車で、先輩がついに眠りについた。
 肩に寄せられた頭の温かな重みを感じながら、思わず笑みがこぼれる。

「一緒に寝るんじゃなかったんですか……?」

 4人部屋の下段ベッドをソファー代わりにして、背もたれに寄りかかって窓の外を眺めた。
 先輩の寝息が少しずつ規則正しくなり、すうすうと鳴る可愛らしい音に耳を傾けていた。ふと周りを見渡すと、哲が俺たちの方を見てにっこり微笑んでいた。眼鏡の奥の目が優しく輝いている。

「よかったな、蛍」と、哲が小さな声でつぶやいた。

 その隣では、未来が少し切なそうな表情を浮かべていた。でも、俺と目が合うと、親指を立てて「いいね」のサインをしてくれた。その仕草に、俺は胸が締め付けられるような感覚を覚えつつ、見守ってくれているその思いに感謝で温かい気持ちが胸に広がる。

 明日、目覚めたとき、先輩はどんな表情をするだろう。どんな言葉を交わすだろう。そんなことを想像しながら、俺もゆっくりと目を閉じた。
 でも、なかなか眠れない。肩にもたれかかる先輩を受け止めているこの状況が、まるで夢のようで。このまま明日になんてならなければいいのに、と思ってしまう。

 不思議と体の疲れは感じなかった。むしろ、幸せな気分に包まれていた。5センチも離れていない距離から見る先輩の寝顔は、なんていうか、尊い。その感覚が、俺の心を優しく満たしていった。

 列車は静かに夜の闇を走り抜け、俺たちを新しい朝へと運んでいく。この旅が、俺と先輩の関係に大きな変化をもたらしたことを、心の奥底で感じていた。

 それから俺たちは同じ列車に乗って、何度も朝焼けを見に行った。太陽はいつも水平線の下にあって、昇ってくることはなかった。でも、それは全然気にならなかった。先輩と一緒に過ごす時間そのものが、かけがえのない宝物だったから。

 目を閉じると、あの日の砂浜の光景が鮮明に浮かぶ。先輩が両手いっぱいに海ほたるを掬ってみせた時の、子供みたいな笑顔。その瞳に映る淡い光を見つめながら、そっとキスをした。夢のような世界だと思った。俺はよく眠れなかったけど、この夢がいつまでも続けばいいと心から思った。

 帰りの列車で、先輩は必ず眠るようになった。今もまた、こうしてソファーに並び肩を貸すと、先輩は安心したように目を閉じる。長いまつげが頬に影を落とし、シャンプーの甘い香りが漂う。耳元で聞こえる寝息は、ちょっとくすぐったくて、心地いい。

 俺が眠れるようになる日はどんどん遠のいた。でも、それは全然構わない。むしろ、先輩の寝顔を見守れる時間が増えたことを、密かに嬉しく思っている。先輩の卒業式が刻一刻と迫っていた。その現実から逃げるように、何度も先輩を誘って列車に乗った。先輩の安らかな寝顔は、俺の不安を和らげる麻酔みたいなもので、それが効かなくなった途端また胸が痛みだすだ。どうせ居なくなってしまうのに、どうせ心を痛めるのは俺なのに、求めてしまう。好きだ。絶対に失いたくない。改めて、俺の中で強い決意となって燃え上がる。先輩を守りたい。

 4光年先はどうでもいい。半径3メートルの世界平和を願った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

文バレ!②

宇野片み緒
青春
文芸に関するワードを叫びながらバレーをする、 謎の新球技「文芸バレーボール」── 2113年3月、その全国大会が始まった! 全64校が出場する、2日間開催のトーナメント戦。 唄唄い高校は何者なのか? 万葉高校は? 聖コトバ学院や歌仙高校は全国でどう戦うのか? 大会1日目を丁寧に収録した豪華な中巻。 皆の意外な一面が見られるお泊り回も必見! 小題「★」は幕間のまんがコーナーです。 文/絵/デザイン他:宇野片み緒 ※2018年に出した紙本(絶版)の電子版です。

俺がカノジョに寝取られた理由

下城米雪
ライト文芸
その夜、知らない男の上に半裸で跨る幼馴染の姿を見た俺は…… ※完結。予約投稿済。最終話は6月27日公開

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

女子高生が、納屋から発掘したR32に乗る話

エクシモ爺
青春
高校3年生になった舞華は、念願の免許を取って車通学の許可も取得するが、母から一言「車は、お兄ちゃんが置いていったやつ使いなさい」と言われて愕然とする。 納屋の奥で埃を被っていた、レッドパールのR32型スカイラインGTS-tタイプMと、クルマ知識まったくゼロの舞華が織りなすハートフル(?)なカーライフストーリー。 ・エアフロってどんなお風呂?  ・本に書いてある方法じゃ、プラグ交換できないんですけどー。 ・このHICASってランプなに~? マジクソハンドル重いんですけどー。 など、R32あるあるによって、ずぶの素人が、悪い道へと染められるのであった。

可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~

蒼田
青春
 人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。  目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。  しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。  事故から助けることで始まる活発少女との関係。  愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。  愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。  故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。 *本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

スイミングスクールは学校じゃないので勃起してもセーフ

九拾七
青春
今から20年前、性に目覚めた少年の体験記。 行為はありません。

処理中です...