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第1章

第2夜 潮汐固定感(2)

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「哲くんさ、学園祭の展示にするって言って、移住計画について調べてたよね?」

 先輩が身を乗り出すようにして、興味津々な様子で尋ねた。

「はい」

 哲は眼鏡を軽く上げながら答えた。

「ひかり先輩もご存知と思いますが、国連主導の移住計画です。地球から4光年の距離にある系外惑星へ」

 哲は小さな咳払いをひとつしてから、移住計画について事の起こりから熱っぽく語り始めた。
 これは長くなるぞ、と俺は内心で身構えた。しかし同時に、哲の話に引き込まれていく自分がいた。

 ——潮汐ロックで生まれた昼夜の境界領域〈トワイライトゾーン〉を巡ってたくさんの国境変更とそれに由来する紛争も起きた。そのせいで、潮汐ロックによる気候変動の直接の影響ではない理由で、多くの人が犠牲になってしまった。
 境界線は日本列島を跨いでいるけれど、日本という国自体は幸いにも分断を免れた。「朝晩折々の変化に富んだ自然」という観光政策の成果だと日本史の授業で習ったのを思い出す。

「僕が疑問に思うのはここなんだ」

 哲は眉間にしわを寄せ、真剣な表情で続けた。

「いくら大人たちが日々のくらしに精一杯で、世界がコントロールを失いつつあったからといって、全人類の系外惑星への移住なんて……中二病すぎるよね」
「アハハ、確かにー」

 先輩が明るく笑った。その笑顔に、俺たちの緊張が少し和らいだ。

「紛争の火種になっているとはいえ、トワイライトゾーンの周辺はそれなりに住めます。だから、地球を捨てる必要はないような気がするんですよね」

 確かに、言われてみると惑星移住はおおごとだ。そんな計画を国連がやすやすと承認してしまったと俺は授業で習ってはいたものの、何の疑問も持たずに今まで生きてきたのだった。その事実に気づいて、少し自分が恥ずかしくなった。

「移住って、何なんだろうね——」

 俺がつぶやくと、哲が静かに頷いた。

「潮汐ロックのせいできまった移住。なのに、潮汐ロックのせいで不眠症になった僕らは移住不適合」

 哲は苦笑いを浮かべながら言った。

「なんかおかしいよな」

 彼の声には苦々しさが滲んでいた。
 大人たちは大事なことを見落としてる。潮汐ロックのせいでおかしくなったのは地球だけじゃない。俺たちの睡眠リズムへの影響も考えてほしい。

「なあ哲。夜ばかりの世界に俺らは順応した。いっそ、もう移住しなくてもいいんじゃね?」
「わはっ。確かに。僕たちは地球適合者ってわけか。朝が来ない街で、寝ない僕らは最強」

 笑い合う俺と哲の様子に、先輩が目を細めた。

 それから三人でしばらく黙って星空を見上げた。その沈黙は、言葉以上に多くのことを語っている気がした。静かな夜風が頬をなで、心に少しの安らぎをもたらす。星々の瞬きが、不安な心を優しく包み込む。その光は、未来への希望を灯すかのように、静かに輝き続けていた。
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