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第2章

第7夜 永夜夢花火(4)

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 合宿最終日の夜。俺の心臓は、朝から激しく鼓動を打っていた。この日のために、どれだけ準備してきたことか。夕飯の後、未来が先輩に話しかけるのが聞こえた。

「ひかり先輩! 今夜は天文ハウスで観測しませんか?」

 先輩は少し驚いた顔をしたけど、すぐに優しい笑顔になった。

「いいね」

 俺と哲は顔を見合わせて頷いた。計画は順調に進んでる。
 天文ハウスに向かう途中、先輩の顔が少し暗くなるのが見えた。何も持ってない俺たちを怪しく思ってるのかもしれない。

「ねえ、みんな」

 先輩が不思議そうな顔で言った。

「望遠鏡は? それに、寒さ対策の道具は?」
「あ、それは……」

 俺は何て言っていいかわからなくなったけど、哲が助けてくれた。

「新しい観測方法を試すんです。詳しくは着いてからのお楽しみ」

 天文ハウスに着くと哲が玄関のところで先輩に待ったをかけた。
 ますます怪しがる先輩を横目に、俺は靴を脱いで細い階段を5段くらい上がった。すぐ後ろから未来もついてきて、これで準備オッケー。合図した哲に言われて先輩が光を遮るカーテンをくぐった瞬間……

 パン! パパン! パーン!

 クラッカーの音が観測ホール内に盛大に鳴り響いた。

「ハッピーバースデー! ひかり先輩!」

 俺と未来で声を合わせて大きな声で言った。

「おめでとうございます」

 哲も静かに言い添えた。

「えっ……?」

 先輩の目が大きく見開かれた。

「あ、そうか……私、完全に忘れてた……」

 先輩の声が震えてる。驚いてるけど嬉しそうな顔をしてる。俺は先輩の手を取って、部屋の真ん中へ連れていった。

「ほら、今日の主役はこっちへどうぞ」

 先輩が足元のタイルカーペットの温かさに気づいた瞬間、「あ……」と小さな声を漏らした。

「先輩、天文部員のくせに、寒がりなんで……」
「あはは」

 先輩が優しく笑った。その声に、ちょっと涙が混ざってるみたいだった。

「はい、これどうぞ」

 未来が座布団とブランケットを手渡すと、予想通り先輩は首を傾げた。

「寝転んで見るんですよ」
「えっ、どういうこと? ここで?」

 先輩が天井を指差した。「ああ」と哲が言うと先輩が眉を寄せた。

「さあ、先輩。ぼーっと立ってないで。早く寝転びましょう」

 俺たちは、ホールの中央に寝転がった。もちろん、木張りの天井が見える。先輩が不思議そうな顔でキョロキョロと周りを見てるのがわかる。

「先輩、落ち着いてくださいよ」

 長い髪はゆるくお団子にまとめていて、半分に折った座布団枕が不思議と似合ってる。

「さあ、本当のサプライズの時間ですよ」

 俺が言うのと同時に、哲がパネルを操作した。そのうちギシギシと建物から音がして、丸い屋根がゆっくり動き始めた。

「えっ!?」

 先輩が驚いた声を上げた。

「これ、どういう……」

 言葉が途切れた。
 2つに割れた天井の隙間から、満天の星空が流れ込んでくる。澄みわたる高原の空。天の川がくっきりとその姿を現す。星がじりじりとまたたいている。

「わぁ……すごい……」

 先輩の目に星空が映って輝いてる。

「こんな……こんなの見たことない……」
「この夜空がプレゼントなんです。外で見るのもいいけど、こうやって四角く切り取られたのもいいでしょう?」

 俺は緊張しながら言った。

「それに、床暖房で寒くないし、最高じゃないですか?」

 未来が付け加えた。

「今夜は流星雨。ずっと出てるから、いつ寝ても大丈夫ですよ」

 哲も得意そうな顔をしてる。

「内緒にしててごめんなさい。気に入ってくれたら嬉しいです」

 俺がそっと声を掛けると、先輩の目から涙があふれ出した。

「ありがとう。みんな、本当にありがとう!」

 屋根が全部開いた部屋に寝転ぶと、まるで夜空に落ちていくみたいな感じになる。先輩は急に怖くなったのか、俺の手を掴んだ。「あっ」と俺が声を出すと、先輩も驚いた顔をして、恥ずかしそうに手を離した。
 なんだかもったいないことしたかな、ってちょっと後悔した。でも、その手の温もりに、俺は勇気をもらった。

 ——解決しないといけないことがある。

「先輩」

 俺は静かに切り出した。

「実は……みんな、勘違いしてたみたいなんです」
「勘違い?」

 先輩が不思議そうに俺を見た。

「はい」

 俺は深呼吸をして続けた。

「先輩は、僕と未来が付き合ってると思ってたんですよね」

 先輩の顔が赤くなる。

「え? あ、うん……そう思ってた。違うの?」
「はい、違います」

 今度は未来が答えた。

「ただの幼なじみです。このサプライズの準備で二人きりになることが多かっただけなんです」
「そうだったの……」

 先輩の表情が安堵に満ちる。

「それに」

 哲が落ち着いた声で付け加えた。

「蛍は、先輩が僕のこと好きだって勘違いしてたんですよ」
「えっ?」

 今度は俺が驚いた。

「先輩、そうだったんですか?」

 先輩はコクンと頷いた。

「あははは。それは蛍くんの勘違いだよ」

 その言葉で、俺の心臓がドキンと大きく跳ねた。

「先輩」
「まあ、確かに。哲くんは頼りになるし、尊敬してる。大切な後輩だよ」

 俺は星空を見上げながら言った。

「もう……お互い勘違いだらけだったんですね」

 その夜、俺たち4人は夜更けまで天文ハウスで過ごした。流星雨が最も活発になる時間帯、みんなで寝転がって星空を眺めた。流れ星を見つけるたびに歓声が上がり、未来が願い事をすると、哲が「非科学的だ」と窘めて、みんなで笑った。

 手作りの誕生日ケーキも出した。先輩が目を輝かせてろうそくを吹き消して、未来が入れたいい匂いの紅茶と一緒にケーキを食べた。暖かい飲み物が体を温め、心地よい雰囲気が広がる。ケーキを食べながら、みんなで昔の思い出を楽しく話した。先輩が入学したばかりの頃の話や、俺たちが天文部に入った理由なんかを話して、ずっと笑ってた。時々、星空を見上げて新しい流れ星を探した。

 地球が自転していればもう夜明けという時間になって、不眠症の俺たちはようやく眠くなってきた。哲と未来が眠そうに目をこすり始めて、先輩は大きなあくびをした。

 毛布にくるまったまま、星空の下で一人また一人と眠りに落ちていく。俺はうとうとしながら、隣りに感じる先輩の温もりに、まだ眠りたくない、この瞬間が永遠に続けばいいのにと思ってしまった。
 またひとつ、流れ星が空を横切った。俺はこっそり願い事をする。

「先輩が、ぐっすり眠れますように」

 目を閉じる先輩の穏やかな顔を見つめながら、俺もゆっくり目を閉じた。
 床暖房の温かさと、近くにいる先輩の温かさ。そして、心の中にじわりと広がる安らぎ。全部が一つになって溶けて、この特別な夜を包んでいた。
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