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第2章

第6夜 未来天象儀(4)

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「みなさーん! スマホを出してください!」

 未来の声に、お客さんたちが戸惑いながらもスマホを取り出し始めた。

「これから、みんなで世界に一つだけの『暗闇のプラネタリウム』を作りましょう!」

 未来の言葉に、お客さんたちの間でざわざわと話し声が広がった。パニックが期待に変わりそうな雰囲気を感じた。
 その時、哲が俺に近づいてきた。

「蛍が作った音楽データ、今すぐ送って」
「え? ああ、わかった」

 俺はポケットからスマホを出して、クラウドのアドレスを哲に送った。哲はすぐに自分のノートパソコンで開いて確認した。
 どうやら電気は消えたけど、ネットは使えるみたい。哲の指がキーボードの上を素早く動いていた。

「何をしてるの?」

 俺が聞くと、哲は眼鏡を直しながら答えた。

「ペンライトアプリを改造してる。お客さんのスマホを一斉に動かして、色や明るさを変えられるようにする。蛍の音楽も入れて、完璧なショーにするんだ」
「マジか。そんなことできるの?」
「理論上はね。実際にやるのは初めてだけど」

 哲の声には、いつもと違う興奮が混ざっていた。
 一方、未来はお客さんたちをうまく引っ張っていた。

「みなさん、スマホを天井に向けてください。そうそう、その調子です!」
 未来の声に導かれて、お客さんたちはゆっくりとスマホを上に向け始めた。ドームの中に、たくさんの小さな光の点が浮かび上がった。

「よし、準備できた」

 哲がつぶやいた。

「今からこのドームにいる人だけにアプリを送るから、みんなにダウンロードしてもらって」

 哲の指示に従って俺と未来、ひかり先輩で手分けしてお客さんたちに説明した。驚いたことに、ほとんどのお客さんがすぐにアプリをダウンロードしてくれた。

「ダウンロードが終わった人から、アプリを開いてください!」

 未来が大きな声で言った。
 次の瞬間、ドームの中に美しい光の渦ができた。お客さんたちのスマホから出る光が、ドームの夜空にオーロラみたいに輝き始めたんだ。

「すごい……」

 思わずつぶやく俺の横で、哲がさらにキーボードを打った。すると、光の色が変わり始めた。暗い青から、少しずつ赤やオレンジに変わっていく。

「朝焼けだ」

 先輩が小さな声でつぶやいた。
 そして、俺と先輩で作った音楽が、お客さんたちのスマホから流れ始めた。優しい音が、光の変化とぴったり合っている。
 お客さんたちから歓声が上がった。

「これが、朝焼け!?」
「音楽が素敵……」
「こんなの初めて見た!」

 未来が俺たちに向かって笑顔でグッドサインを送った。

「さあ、みなさん。スマホをゆっくり動かしてみてください」

 未来がお客さんたちに呼びかけた。
 お客さんたちが言われた通りにすると、スマホの動きに合わせてドームの中の光が動き始めた。まるで朝焼けの空で、星たちが踊ってるみたいだった。

 俺の隣で、先輩が呆然と立っていた。その目に涙が光ってるのが見えた。
 突然、入口のカーテンの隙間からドームの中に光が入ってきた。どうやら電気が戻って、体育館に明かりがついたみたいだ。
 でも、ドームの中のお客さんたちは誰も動かなかった。むしろ、「消して! 電気消して!」って声が聞こえてきた。その様子をよく見ていた未来はすぐに叫んだ。

「そうですね! もうちょっと、私たちだけの空を楽しみましょう!」

 哲が操作して体育館の電気が消え、また暗闇に戻った。
 さっきまで怖かった暗闇が、今度は居心地よく感じられた。
 
 ショーは続いた。哲のプログラムで動くスマホの光が、いろんな色や形を作り出していく。
 朝焼けから昼の青空、夕方の空、そしてまた夜空へ。音楽がその全部を包んでいた。お客さんたちは息をのんで見つめていた。子供たちは目を輝かせ、大人たちも夢中で見入っていた。ショーが終わると、お客さんたちから大きな拍手が起こった。もう一度見たいという声まで上がった。

「みんな、ありがとう!」

 未来が大きな声で言った。俺たちも一緒に深くお辞儀をした。

 * * *

 朝焼けプラネタリウムが大成功してから数時間後、文化祭の展示時間が終わった。体育館から最後のお客さんが帰って、周りは静かになっていた。

「ふう、長い一日だったね」

 俺は大きく背伸びしながら言った。

「でも、最高の一日だった!」

 未来が目を輝かせて言った。
 哲は眼鏡を直しながら言った。

「思ってたのと違う展開だったけど、結果はまあまあ良かったかな」

 先輩はまだ興奮が冷めない様子で、「本当に素晴らしかった……」とつぶやいた。
 体育館の外では後夜祭の準備が始まっていて、にぎやかな声や音楽が聞こえてきた。

「後夜祭、行く?」

 未来の言葉に俺も哲も顔を見合わせた。疲れてるというより、今はこの満足感にもうちょっと浸っていたい気がした。

「実は……」

 俺が話し始めようとしたら、先輩が割り込んできた。

「ねぇ、私たちだけで小さな後夜祭をしない?」

 未来は少し驚いたみたいだったけど、すぐに笑顔になった。哲もすぐに賛成してくれて、俺たちは顔を見合わせて笑った。

「じゃあ、プラネタリウムの中で寝転がって、もう一回朝焼けプラネタリウムを見るってのはどう?」

 俺が提案すると、ひかり先輩と未来が一緒に頷いてくれた。

「いいねいいね~」

 そう言って未来が先に立ってドームの中に入っていって、すぐ後にひかり先輩が続いた。
 哲がノートパソコンを操作して、さっきのトラブルがなければ見られるはずだった映像と音楽が流れ始めた。
 
 4人で輪になって横になった。頭の上にはもう、朝焼けが広がっていた。

 「ねえ」

 ひかり先輩がそっと俺の肩をつついて、小さな声で言った。

「蛍くん……今日はありがとう」
「ハハハ。礼なら哲と未来に。俺は、ほとんど何も……」

 俺は笑いながら答えた。未来と哲も、お互いに笑顔で見つめ合っていた。
「みんなで見る朝焼けって、特別な感じがする」

 先輩の言葉に、俺は大きく頷いた。

「確かに、そうかもしれないすね」

 すぐに右隣で寝転んでる未来が言い加えた。

「ひかり先輩にも感謝です。この4人じゃなきゃ、いや、お客さんたちも含めて、みんながいないと見られない景色でした」
「ああ確かに。みんなの力が合わさって、化学反応みたいな感じだったね」

 哲が珍しく感情的な口調で言った。
 それから、静かな音楽が流れる中、俺たちは黙って映像を見上げた。朝焼けの光の中、まぶたが段々重くなっていく。今日の興奮と疲れが一気に押し寄せてきた。

「ねえ、みんな」

 未来があくびをこらえながら、小さな声で言った。

「わたし、今なら少し眠れそう」
「いいじゃん。眠くなったら寝ちゃえばいいよー」

 先輩が明るく言った。

「ひかり先輩。今度はね、」
「あーはいはい、わかったわかった」
「一緒にぃ……本物の朝焼け、見に行きま……う……ね。ぜったぃ」

 未来の言葉の続きは、ゆっくりと夢の中に溶けていった。
 俺は先輩と顔を見合わせ、グータッチしながら小さく笑った。

「風邪ひくなよ」

 俺は制服の上着を脱いで、未来にかけてあげた。
 自分たちが作った朝焼けに包まれながら、静かに眠り始めた未来の顔は、とても幸せそうに輝いて見えた。
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