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第1章

第5夜 朝焼告白駅(2)

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 かつての賑わいが嘘のように静まり返った駅前商店街を歩いた。
 俺たち二人の足音だけが、シャッター通りに響いていた。その音が街全体の寂しさを際立たせ、俺は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
 俺は星空を見上げながら、胸の中にある複雑な感情を言葉にしようと、ふと口を開いた。

「もうこの街の人たちは、〈永遠の眠り〉についてるんですかね?」

 先輩は立ち止まり、閉ざされたパン屋のショーウィンドウに映る自分たちの姿を見つめた。

「そうね。たぶん」

 先輩の声には、どこか寂しさが滲んでいた。
 移住計画は、人類の壮大な夢と引き換えに、故郷との別れを強いるものだった。それが自治体単位で淡々と行われていく様子を見て、俺は複雑な思いを抱いていた。

 移住が終わり無人になった街の建物はすべて、白いポリエチレンの膜で覆われる。そうして樹脂が染み込んだコンクリートは数万年は保ち、やがて人類の生きた証として地層に残るのだと、地学の授業で教わった。そんなものを残してどうなる。俺にはそれがあまりにも虚しく響き、心の中で反発を感じた。

「何百万年後かに、誰かが掘り出すんですかね?」
「そうね。何億年後かも。地球にふたたび現れた知的生命体が地層を発見して、人類が居た時代『人新世』と名付けようではないか、って学会発表するとか」

 先輩の声には、どこか皮肉めいたものが混じっていた。

「ハハハ。めっちゃ想像力豊かすね」

 正直、遠い未来すぎてどうでもよかった。それよりも、今この瞬間の方が大切に思えた。
 こんもりと白いふくらみに包まれた街は、布団をかぶって寝ているみたいだった。その光景に俺が思わずあくびをすると、それに釣られるように、先輩もあくびをした。

 ふぁあ。

 先輩が小さな口に手を当て、はにかみながらあくびをかむ姿。なんて可愛いんだろう。その瞬間、俺の心臓が大きく跳ねた。この光景こそがどう考えても何億年も保存されるべきもの。国宝で重要文化財で世界遺産——。俺はひとりでそう思ってニヤニヤした。

「先輩、永遠の眠りに行くのイヤなんですか?」
「地球も好きよ」

 俺は首を傾げた。も? その一言に、どれほどの意味が込められているのか。
 先輩の言葉は、いつも謎めいていた。その謎めいた言葉に、俺はますます惹かれていくのを感じた。

「ほんとに? それだけですか?」

 俺は、自分でも気づかぬうちに、一歩先輩に近づいていた。
 先輩は、困ったような、でも何かを決意したような表情を浮かべ、「……それ聞く?」と返してきた。その表情に、俺は言いようのない緊張感を覚えた。

「聞いちゃいます」

 旅の疲れと眠けのせいで、俺は妙なテンションになってきていた。もう何も怖くない。

「……好きな人、いるとか?」

 先輩の困った顔。これまた、たまらなくキュート。

「えーっと、その」

 その瞬間、時が止まったかのようだった。
 図星か。俺は自分の鼓動が耳に響くのを感じた。その音が、周りの静寂をさらに際立たせる。
 先輩の困惑した表情、耳まで赤くなった顔、それでも必死に否定しようと手をブンブンと振る姿。すべてが、俺の心に刻まれていった。

「——恋心は送れないって話、本当だったんですね」

 俺の言葉に、先輩は髪を揺らしてこくこく頷いた。

 人間を4光年の彼方に移動させる手段はなかった。だから移民はデータで運ばれた。
 これなら光速で送れる。行った先で「印刷」すればいいというのが科学者たちの至った結論だった。

 地球でスキャンした脳と身体のデータだけをあの星に送り、身体は地球で保管される。いわゆるコールドスリープらしい。だから移民は〈移眠〉とも呼ばれた。大人たちがあの星に移住することを「眠りにつく」と言っている理由は、たぶんこれだ。

 〈プリンター〉という植物がこの計画の鍵を握っているということだった。この特殊な植物はその名の通り、地球から送られてきたデータに従って、あらゆるものを印刷した。最初はウイルスや単細胞性の細菌をプリントアウトし、やがて成長すると大型の哺乳類まで出力できるようになる。巨大なそら豆のサヤのような構造体の中に植物性の胎盤が形成され、そこで脊椎動物が印刷されるという。いつだったか、俺は社会科見学で見たことがある。その記憶が蘇り、背筋が少し寒くなった。

「ま、分かりますよ。俺だって嫌だし」

 〈プリンター〉では恋愛感情が印刷されないという不具合があり、それが指摘されたままになっていた。だからこそ、移住は若者に不人気だった。〈プリンター〉を作った種苗会社はリコールを拒否し、星間通信の不具合のせいにしていた。ネットで散々叩かれて、でもみんなすぐに忘れて、それで結局そのまま何も解決されてない。いつものことだ。もう無力感さえ感じない。

 世界の運命とか文明の終焉とかよりも、もっと大事なものだってあるのに——。大人たちは、そんな簡単なことも分かってないらしい。

「今はまだ、心の準備が……」

 先輩が口を尖らせる。

「まーたそんなこと言って」

 俺は軽い調子で言ったが、内心では先輩の気持ちを理解しようと必死だった。
 誰が誰を好きだったとか、誰と誰が付き合っていたかとか。そういうのはあの星に持っていけない。でも、むこうでまたゼロから関係を構築するのも面倒すぎる。

 俺は先輩の横顔を見つめ、この気持ちをどう伝えればいいのか考えた。言葉にできない思いが、胸の中で渦巻いていた。
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