#星色卒業式 〜きみは明日、あの星に行く〜

嶌田あき

文字の大きさ
上 下
7 / 50
第1章

第4夜 涙流四光年

しおりを挟む
 俺は大反対したのに、先輩は「蛍くんはぜったい私に手出さないから。コスパ重視」と笑いながら、予約してあったシングルツインの客室に、何の躊躇もなく入っていった。
 何かを信頼されたようで光栄だけど、正直複雑な気分だった。

 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、先輩は「どうせ寝ないし」と下段ベッドを畳んでソファーにし、窓の外を流れる夜景をぼんやり眺めて過ごしていた。
 俺は上段ベッドにあがって横になると、心臓の鼓動を落ち着かせようとしながら、ベッドの下の音に耳を澄ませた。

 先輩は「あー、きれい」とか「わー、すごい」とかいちいち景色に反応し、楽しそうだった。ときどき小さく鼻歌を歌う声も聞こえてきて、俺は少し安心した。
 あくびも聞こえた。そうして2人とも黙ったまま、部屋にはカタタンカタタンとレールの音だけが響き、その音に俺は少し居心地の悪さを感じていた。
 しばらくして、先輩の様子が気になって覗き込もうとしたちょうどその時、下から声がした。

「――もう、寝た?」

 先輩の声には、少し不安そうな響きがあった。

「ううん。まだっす」

 俺の声に安心したのか、先輩は少し明るい声で静かに話し始めた。

「そういえばさ、蛍くん」

 先輩が急に真面目な声で言った。

「移住する星の名前、知ってる?」

 俺は急な話題転換に少し戸惑い、「……えーと?」と曖昧に返した。

「〈永遠の眠り〉。地球から4光年の彼方にある系外惑星」

 先輩が答えると、俺は心の中でその変な名前に首をかしげた。なんだか不吉な響きがする。

赤色せきしょく矮星わいせいの周りをまわってるの」

 先輩は声を弾ませながら説明を続けた。俺は先輩が星にかなり詳しいということを今更ながら思い出し、その知識の豊富さに少し感心した。ときどき「太陽は明るすぎ」なんて意味不明なことを口走ったりもするのだけれど、大抵は正確な知識を持っている。
 惑星〈永遠の眠り〉はその恒星系で内側から3番めの惑星とのこと。

「恒星に近いから、潮汐ロックしてるんだって」

 先輩が付け加えた。

「なのに、移住するんですか?」
「そう。ウケるでしょ」

 先輩は少し皮肉っぽく笑った。俺はその言葉に込められた複雑な感情を感じ取った。
 今の地球の状況に思いを巡らせると、胸が締め付けられる感覚を覚える。地球が潮汐ロックしてしまった原因は不明で、様々な憶測が飛び交っていたものの、誰も本当のところを知らなかった。大人たちはみな考えている暇もなく、とにかく対応に追われていた。地球環境も社会も混乱を極め、俺たち若者の未来はどんどん不透明になっていく。

「卒業したら、先輩も行くんですか?」

 そういう決まりだった。
 俺が尋ねると、先輩は「そうね……」と答えたあと、静かになってしまった。その沈黙に、俺は何か重要なものが隠されているような気がした。

 俺はベッドに耳を押し付けて先輩の様子を伺っていたが、一向に返事がない。不安が徐々に大きくなっていく。俺は心配になり、おもわず身を乗り出してそっと下段を覗き込んだ。心臓がドキドキと高鳴る。
 先輩は、ゆったりとソファーに腰掛け窓の外を眺めていた。故郷を懐かしむように窓に額を当て、見えるはずのない星を見上げている。窓の方を向いているせいで、俺からはその表情を見ることができない。もどかしさと不安が入り混じる。

 どうしたんだろう。ここぞとばかりに、俺は先輩の背中を細かく観察した。
 長い黒髪。きれいな形の耳。丸みを帯びた顎のライン。首筋に小さなほくろ。どこかで見たことがあるような――とか眺めていたら、視線に気づいたのか先輩が突然振り返った。

「こっ、コラ! 見んな!」

 そう言って先輩は目元を拭ったと思ったら、またぷいっと窓のほうを向いてしまった。その仕草に、見てはいけないものを見てしまったような気がして、胸が痛んだ。

「いいじゃないすか、減るもんじゃないでしょう」
「私の尊厳が減る!」

 すかさず返した先輩の頬に一筋の涙を見た気がして、俺は彼女から目を逸らすことができなくなってしまった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。

無敵のイエスマン

春海
青春
主人公の赤崎智也は、イエスマンを貫いて人間関係を完璧に築き上げ、他生徒の誰からも敵視されることなく高校生活を送っていた。敵がいない、敵無し、つまり無敵のイエスマンだ。赤崎は小学生の頃に、いじめられていた初恋の女の子をかばったことで、代わりに自分がいじめられ、二度とあんな目に遭いたくないと思い、無敵のイエスマンという人格を作り上げた。しかし、赤崎は自分がかばった女の子と再会し、彼女は赤崎の人格を変えようとする。そして、赤崎と彼女の勝負が始まる。赤崎が無敵のイエスマンを続けられるか、彼女が無敵のイエスマンである赤崎を変えられるか。これは、無敵のイエスマンの悲哀と恋と救いの物語。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

やくびょう神とおせっかい天使

倉希あさし
青春
一希児雄(はじめきじお)名義で執筆。疫病神と呼ばれた少女・神崎りこは、誰も不幸に見舞われないよう独り寂しく過ごしていた。ある日、同じクラスの少女・明星アイリがりこに話しかけてきた。アイリに不幸が訪れないよう避け続けるりこだったが…。

隣の優等生は、デブ活に命を捧げたいっ

椎名 富比路
青春
女子高生の尾村いすゞは、実家が大衆食堂をやっている。 クラスの隣の席の優等生細江《ほそえ》 桃亜《ももあ》が、「デブ活がしたい」と言ってきた。 桃亜は学生の身でありながら、アプリ制作会社で就職前提のバイトをしている。 だが、連日の学業と激務によって、常に腹を減らしていた。 料理の腕を磨くため、いすゞは桃亜に協力をする。

青春の初期衝動

微熱の初期衝動
青春
青い春の初期症状について、書き起こしていきます。 少しでも貴方の心を動かせることを祈って。

隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)

チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。 主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。 ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。 しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。 その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。 「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」 これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。

青天のヘキレキ

ましら佳
青春
⌘ 青天のヘキレキ 高校の保健養護教諭である金沢環《かなざわたまき》。 上司にも同僚にも生徒からも精神的にどつき回される生活。 思わぬ事故に巻き込まれ、修学旅行の引率先の沼に落ちて神将・毘沙門天の手違いで、問題児である生徒と入れ替わってしまう。 可愛い女子とイケメン男子ではなく、オバちゃんと問題児の中身の取り違えで、ギャップの大きい生活に戸惑い、落としどころを探って行く。 お互いの抱えている問題に、否応なく向き合って行くが・・・・。 出会いは化学変化。 いわゆる“入れ替わり”系のお話を一度書いてみたくて考えたものです。 お楽しみいただけますように。 他コンテンツにも掲載中です。

処理中です...