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第1章

第4夜 涙流四光年

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 俺は大反対したのに、先輩は「蛍くんはぜったい私に手出さないから。コスパ重視」と笑いながら、予約してあったシングルツインの客室に、何の躊躇もなく入っていった。
 何かを信頼されたようで光栄だけど、正直複雑な気分だった。

 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、先輩は「どうせ寝ないし」と下段ベッドを畳んでソファーにし、窓の外を流れる夜景をぼんやり眺めて過ごしていた。
 俺は上段ベッドにあがって横になると、心臓の鼓動を落ち着かせようとしながら、ベッドの下の音に耳を澄ませた。

 先輩は「あー、きれい」とか「わー、すごい」とかいちいち景色に反応し、楽しそうだった。ときどき小さく鼻歌を歌う声も聞こえてきて、俺は少し安心した。
 あくびも聞こえた。そうして2人とも黙ったまま、部屋にはカタタンカタタンとレールの音だけが響き、その音に俺は少し居心地の悪さを感じていた。
 しばらくして、先輩の様子が気になって覗き込もうとしたちょうどその時、下から声がした。

「――もう、寝た?」

 先輩の声には、少し不安そうな響きがあった。

「ううん。まだっす」

 俺の声に安心したのか、先輩は少し明るい声で静かに話し始めた。

「そういえばさ、蛍くん」

 先輩が急に真面目な声で言った。

「移住する星の名前、知ってる?」

 俺は急な話題転換に少し戸惑い、「……えーと?」と曖昧に返した。

「〈永遠の眠り〉。地球から4光年の彼方にある系外惑星」

 先輩が答えると、俺は心の中でその変な名前に首をかしげた。なんだか不吉な響きがする。

赤色せきしょく矮星わいせいの周りをまわってるの」

 先輩は声を弾ませながら説明を続けた。俺は先輩が星にかなり詳しいということを今更ながら思い出し、その知識の豊富さに少し感心した。ときどき「太陽は明るすぎ」なんて意味不明なことを口走ったりもするのだけれど、大抵は正確な知識を持っている。
 惑星〈永遠の眠り〉はその恒星系で内側から3番めの惑星とのこと。

「恒星に近いから、潮汐ロックしてるんだって」

 先輩が付け加えた。

「なのに、移住するんですか?」
「そう。ウケるでしょ」

 先輩は少し皮肉っぽく笑った。俺はその言葉に込められた複雑な感情を感じ取った。
 今の地球の状況に思いを巡らせると、胸が締め付けられる感覚を覚える。地球が潮汐ロックしてしまった原因は不明で、様々な憶測が飛び交っていたものの、誰も本当のところを知らなかった。大人たちはみな考えている暇もなく、とにかく対応に追われていた。地球環境も社会も混乱を極め、俺たち若者の未来はどんどん不透明になっていく。

「卒業したら、先輩も行くんですか?」

 そういう決まりだった。
 俺が尋ねると、先輩は「そうね……」と答えたあと、静かになってしまった。その沈黙に、俺は何か重要なものが隠されているような気がした。

 俺はベッドに耳を押し付けて先輩の様子を伺っていたが、一向に返事がない。不安が徐々に大きくなっていく。俺は心配になり、おもわず身を乗り出してそっと下段を覗き込んだ。心臓がドキドキと高鳴る。
 先輩は、ゆったりとソファーに腰掛け窓の外を眺めていた。故郷を懐かしむように窓に額を当て、見えるはずのない星を見上げている。窓の方を向いているせいで、俺からはその表情を見ることができない。もどかしさと不安が入り混じる。

 どうしたんだろう。ここぞとばかりに、俺は先輩の背中を細かく観察した。
 長い黒髪。きれいな形の耳。丸みを帯びた顎のライン。首筋に小さなほくろ。どこかで見たことがあるような――とか眺めていたら、視線に気づいたのか先輩が突然振り返った。

「こっ、コラ! 見んな!」

 そう言って先輩は目元を拭ったと思ったら、またぷいっと窓のほうを向いてしまった。その仕草に、見てはいけないものを見てしまったような気がして、胸が痛んだ。

「いいじゃないすか、減るもんじゃないでしょう」
「私の尊厳が減る!」

 すかさず返した先輩の頬に一筋の涙を見た気がして、俺は彼女から目を逸らすことができなくなってしまった。
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