#星色卒業式 〜きみは明日、あの星に行く〜

嶌田あき

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第1章

第3夜 朝行寝台車(1)

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 土曜の昼下がり。午前中の授業が終わると、俺は弁当を手に理科室にやってきた。
 そこにはすでに先輩がいて、窓越しに見える星空を眺めていた。その横顔が綺麗で、俺は思わず見とれてしまった。

「ねぇ、蛍くん」

 先輩が突然振り向いた。

「朝に行ってみない?」

 その目は期待に輝いていた。
 朝。その言葉に俺は少し戸惑った。大人たちの言葉で東のことだ。朝晩は方角、東西は時刻。この逆転した世界で育った俺たちには、少し理解しづらい概念だった。

 俺たちの街は「夜」。朝日は永遠に昇らない。温かな午後の日差しを感じながらお昼寝、なんてことはこの街では夢のまた夢だ。太陽が見える場所まで行くしかない。だから「朝」も「夜」も俺たちにとっては場所なのだ。この現実に、時々虚しさを感じる。

 時間と空間が逆さまになった若者言葉を使うと、祖母によく叱られたものだ。今ではその声が懐かしい。そんな祖母も、もうとっくにあの星に移住してしまっていた。
 でも、すべては潮汐ロックのせい。誰のせいでもないこの状況が、余計に俺を苛立たせる。

「言葉の違いは、いつの時代もそうよ」

 先輩はそう言って笑う。その笑顔に、俺はいつも救われる気がする。先輩の「意味不明はお互いさま」なんて態度に、俺はますます惹かれていく。たしかに俺たちも、大人たちが異星移住を「眠りにつく」と表現する理由が分からない。その謎が、時々俺たちを不安にさせる。

「俺らだけで勝手に朝になんて行ったら、さすがに先生に怒られますよ」
「大丈夫よ」

 先輩は自信に満ちた笑顔を見せた。

「……まぁとにかく、お願い。部長命令だから」

 お願いなのか、命令なのか――。俺が眉をひそめると、先輩はいよいよニマニマ笑って人差し指をピンと立てた。その仕草に、俺の心臓が高鳴る。

「朝焼け、見たことある?」

 先輩の目が輝いていた。

「ああ、小さい頃に……。昔住んでた田舎で」

 俺は言葉を選びながら答えた。
 都会に引っ越してくる前、小学生の俺は朝焼けの見える田舎町で暮らしていた。だけど、あの頃の記憶はもやがかかったように曖昧だ。目にした朝焼けの色も、大切だった人の顔も、ぼんやりとしか思い出せない。意識的に思い出すのを避けているのかもしれない。そんな自分に気づくと、胸の奥がぽっかりと空いたような寂しさがこみ上げてきた。

「ねえ、蛍くん。もう一度朝焼けを見てみたいと思わない?」

 先輩の声に、どこか魔法のような響きがあった。

「はぁ……」

 俺は戸惑いながらも、心の中で期待が膨らむのを感じた。

「見たら眠れるようになるかも」

 先輩の目に、希望の光が宿っているように見えた。

「でも、学校はどうするんで、」
「列車が出てる」

 食い気味に話す先輩の輝く目を見て、俺はうかつにも「楽しそう」と思ってしまった。
 それが運の尽き。俺は戸惑いながらも、胸が高鳴るのを感じた。
 列車の揺れで先輩が上手く眠れるようになるんじゃないかという淡い期待もあった。

「それで、いつ行きます?」

 先輩は窓の外を見やり、夜空に浮かぶ星々を見つめた。

「今日。11時過ぎの列車があるの」

 先輩は決意に満ちた声で言った。

「またまた急ですね。準備とか……親になんて言えば……」

 俺は戸惑いながらも、心の中では既に覚悟を決めていた。

「大丈夫」

 先輩は俺の肩に手を置いた。その温もりに、俺はドキリとした。

「できない理由を10個並べるより、可能にする方法を1個考えるほうが楽しいでしょ?」

 先輩の目が楽しそうに輝いていた。
 そうかもしれないな。俺は黙って頷いた。先輩の決意に満ちた表情を見て、彼女のためなら何でもすると心に誓った。

「じゃ、駅で待ち合わせね」

 先輩は扉に向かいながら言った。俺は彼女の後ろ姿を見送りながら、胸の高鳴りを抑えきれなかった。

「先輩、どうしても不眠症を解消したいんだ……」

 理科室に一人残された俺は、窓際に立ち、夜空を見上げた。星々が、これから始まる冒険を見守っているかのようだった。期待と不安、そして言い表せない高揚感。いくつもの感情が俺の胸の中で渦を巻き、これから始まる未知の冒険への覚悟を固めていった。
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