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第1章
第2夜 潮汐固定感(1)
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静寂を破る足音とともに、同級生の冴木哲が屋上に姿を現した。
長身で痩せ型の彼は、黒縁の眼鏡の奥に鋭い眼差しを宿し、知的な雰囲気を漂わせている。整った顔立ちと知的な雰囲気が印象的だ。
「あー、二人ともここにいた」
哲は慎重に歩を進め、俺と先輩の近くに腰をおろした。
真っ直ぐな姿勢で星空を見上げる様子には、科学者のような冷静さが感じられた。風に揺れる黒髪が星明かりに青みがかって見える。哲は小さなノートを手に持ち、時折メモを取っていた。きちんと整えられた制服の襟元には、星型のバッジが光っている。
「星がこんなにきれいなのに、どうして僕らは眠れないんだろうね」
「確かに」
俺は言葉少なに答える。共感と諦め、その両方を込めた。
哲もまた、不眠症と向き合い続けている。それはきっと哲の日常の一部となっていて、同時に彼を苦しめ続けてもいるはずだ。その苦しみを、俺たちは共有している。その事実が、俺たちの絆をより深めているようだった。
「そりゃあ僕だって、移住はしたいよ」
哲は少し苦笑いを浮かべながら続けた。
「4光年も遠くにある星に行けるんだ。楽しみに決まってる。けど、上手に眠れなければ行けない」
哲は星空から視線を移し、俺と先輩に向き直った。
その表情には、いつもの冷静さと共に、何かを訴えかけるような熱が宿っていた。それは、俺たちの未来への不安と希望が入り混じったものだった。哲は静かに、しかし力強く語り始めた。
「僕は異星人の侵略のせい、って話を結構まじめに考えてるんだ」
哲は眼鏡を軽く上げながら言った。
「潮汐ロックの原因が、か?」
「ああ」
哲は短く答え、その声には確信めいたものが感じられた。
潮汐ロック——地球の自転と公転の周期が同期してしまったことで、昼と夜が固定されてしまった。俺たちの世界を一変させた、あの現象だ。
片側は灼熱の昼半球、俺らの住んでる夜半球はずっと凍てつく夜。人がまともに住めるのは、その境界線付近だけに限られる。俺たちは、その狭い領域で生きることを強いられているのだ。
そもそも、地球が潮汐ロックしてしまった原因は不明だった。ダークマターのせいとも、異星人の仕業とも言われていたが、誰も本当のことは知らない。様々な憶測が飛び交うばかり。詳しいことを知っている大人は皆、もうとっくに地球を出ていってしまっている。俺たちには、真実を知る手段すら残されていない。
「先週、駅前で異星人の技術かもしれないものが見つかったってニュース、あったろ?」
哲は身を乗り出すようにして言った。俺が首を傾げると、はぁ、と小さなため息をついて哲は説明を続けた。
「蛍、ニュースくらい見たほうが良いよ」
彼の言葉には、科学者のような冷静さと、この状況を受け入れられない若者の戸惑いが混ざっていた。
「哲がそう言うからには、何か確証あるんだよね?」
そう静かに伝えると、哲は一瞬ためらいの表情を見せ、伏し目がちに笑って呟いた。
「いや、それは、なんとも……」
哲は言葉を選ぶように一瞬口ごもり、続けた。
「ただ、それくらいのことがなければ、潮汐ロックぐらいのことで、そう簡単に地球を捨てて移住なんてしないはず」
「まあ、それはそうかも」
「——と思う」
哲の声は小さく、自信なさげだった。
こんなふうに哲が自信ない様子を見せるのは、こうして屋上にきて俺らと話すときだけだ。その姿に、俺は親近感と同時に不安を覚えた。
長身で痩せ型の彼は、黒縁の眼鏡の奥に鋭い眼差しを宿し、知的な雰囲気を漂わせている。整った顔立ちと知的な雰囲気が印象的だ。
「あー、二人ともここにいた」
哲は慎重に歩を進め、俺と先輩の近くに腰をおろした。
真っ直ぐな姿勢で星空を見上げる様子には、科学者のような冷静さが感じられた。風に揺れる黒髪が星明かりに青みがかって見える。哲は小さなノートを手に持ち、時折メモを取っていた。きちんと整えられた制服の襟元には、星型のバッジが光っている。
「星がこんなにきれいなのに、どうして僕らは眠れないんだろうね」
「確かに」
俺は言葉少なに答える。共感と諦め、その両方を込めた。
哲もまた、不眠症と向き合い続けている。それはきっと哲の日常の一部となっていて、同時に彼を苦しめ続けてもいるはずだ。その苦しみを、俺たちは共有している。その事実が、俺たちの絆をより深めているようだった。
「そりゃあ僕だって、移住はしたいよ」
哲は少し苦笑いを浮かべながら続けた。
「4光年も遠くにある星に行けるんだ。楽しみに決まってる。けど、上手に眠れなければ行けない」
哲は星空から視線を移し、俺と先輩に向き直った。
その表情には、いつもの冷静さと共に、何かを訴えかけるような熱が宿っていた。それは、俺たちの未来への不安と希望が入り混じったものだった。哲は静かに、しかし力強く語り始めた。
「僕は異星人の侵略のせい、って話を結構まじめに考えてるんだ」
哲は眼鏡を軽く上げながら言った。
「潮汐ロックの原因が、か?」
「ああ」
哲は短く答え、その声には確信めいたものが感じられた。
潮汐ロック——地球の自転と公転の周期が同期してしまったことで、昼と夜が固定されてしまった。俺たちの世界を一変させた、あの現象だ。
片側は灼熱の昼半球、俺らの住んでる夜半球はずっと凍てつく夜。人がまともに住めるのは、その境界線付近だけに限られる。俺たちは、その狭い領域で生きることを強いられているのだ。
そもそも、地球が潮汐ロックしてしまった原因は不明だった。ダークマターのせいとも、異星人の仕業とも言われていたが、誰も本当のことは知らない。様々な憶測が飛び交うばかり。詳しいことを知っている大人は皆、もうとっくに地球を出ていってしまっている。俺たちには、真実を知る手段すら残されていない。
「先週、駅前で異星人の技術かもしれないものが見つかったってニュース、あったろ?」
哲は身を乗り出すようにして言った。俺が首を傾げると、はぁ、と小さなため息をついて哲は説明を続けた。
「蛍、ニュースくらい見たほうが良いよ」
彼の言葉には、科学者のような冷静さと、この状況を受け入れられない若者の戸惑いが混ざっていた。
「哲がそう言うからには、何か確証あるんだよね?」
そう静かに伝えると、哲は一瞬ためらいの表情を見せ、伏し目がちに笑って呟いた。
「いや、それは、なんとも……」
哲は言葉を選ぶように一瞬口ごもり、続けた。
「ただ、それくらいのことがなければ、潮汐ロックぐらいのことで、そう簡単に地球を捨てて移住なんてしないはず」
「まあ、それはそうかも」
「——と思う」
哲の声は小さく、自信なさげだった。
こんなふうに哲が自信ない様子を見せるのは、こうして屋上にきて俺らと話すときだけだ。その姿に、俺は親近感と同時に不安を覚えた。
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