月夜の理科部

嶌田あき

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3.下弦

第18夜 出会いと別れ(上)

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 情報通信研究所の本館は、県の公共施設にもなっていた。最上階の展望台と1階のエントランスホールは、研究所が休みの土曜日でも一般開放されている。レネさんの部屋を去り、ガラス扉のエレベーターを降りたところで私は知る顔に出くわした。

「あっ」
「よ!」
「あれ? ユキくんもレネさんに呼ばれて?」
「え!? 竹戸瀬さん、こっち来てるの?」
「あ、いや……。うん。だけど……今、忙しそうだったから。また今度にすれば?」
「ああ、大丈夫。今日は違う用で」

 先日泣きべそかいてバイバイした手前、いまさら2人きりで彼の顔を見るのは気まずかった。彼はいつもどおり落ち着いた声。相変わらず飄々としている。

「ちょっと證大寺先生に聞きたいことがあって。メールしたら、研究所に来るようにって」
「え!? お父さん、今日は家だよ? ……ん? あれっ? どういうこと?」
「えっ?」
「――まさか……」

 親の心、子知らず。父なりの計らいなのだろうか。出かけていった娘が涙を浮かべて帰宅したら、さすがに何事かと思ったようだ。こういうとき、父親というのは周りをよく見ずに、とりあえず何か行動しなくてはと思うものなのだろうか。科学者であっても。

 5つの課題を全て解き終わった今となっては、私とユキくんには共通の目標も、相談したいこともあいにく持ち合わせていなかった。互いの秘密の交換にはじまり、互いの想い人を紹介しあう。そして、その想い人のために打算で協力してきた日々。そろそろ終止符を打つ時なのかな――。私は彼を1階ロビー奥のカフェに誘った。
 手のこんだ創作スイーツと、自家焙煎のサインフォンコーヒー。知る人ぞ知る穴場。研究所が休みの土曜日のほうが、むしろ空いている。父を待つ間の暇つぶしに使ったり、誰にも会いたくない時に来てみたりと、このカフェとは中学の頃からの付き合いである。

「あ、キョウカちゃん。いらっしゃい」

 いつものマスター。久しぶりの来店にも関わらず、彼は「珍しいね」なんて無粋なことは尋ねない。ユキくんにウインクしながら、彼は私たちを特等席に案内してくれた。
 大きな窓から差し込む夕陽。たっぷりの秋。こげ茶で艶のあるアンティークのイスと丸テーブル。月の絵柄のレトロなシュガーポットが、すまし顔で載っている。

「アフタヌーンセット、お願いします」

 向かい合って座るとすぐ、私は慣れた様子で注文した。ユキくんはキョトンとした表情で私を見て、マスター、メニュー、そして私と、3周ほどくるくると眺めた。

「裏メニューなの」
「なるほど。ハハハ」
「なんでも表と裏があるんだよォ」

 私は彼の口真似をしてみた。
 契約茶園のダージリンと特製ショートブレッドのセット。イギリス帰りの研究所長と私だけが知る、秘密のメニュー。コーヒー専門店を装っているのは、所員の多くがコーヒー派だかららしい。なんか、スパイみたい。

「――俺はさ、振られたよ」
「えっ?」
「あらかじめ、プログラムされてたみたいに。ハハ」

 乾いた笑いが、彼の落ち込みの深さを象徴していた。私はとても驚いた。彼が振られたことにではなくて、彼がレネさんにきちんと想いを伝えたということに。

「そっかぁ……残念だったね……」

 ティーカップが、かちゃりと小さな音を立てる。

「キョウカさんは、上手くいった?」
「え? ……うん。まぁ、ね……」

 私は少しうつむいた。

「アレ? あんま嬉しそうじゃないね?」

 ユキくんに覗き込まれ、私は右の頬をなでながら是正する。

「そ、そんなことないよ。あー。うん。ホッとしてるだけ」
「そう? それならいいけどさ」

 彼は少しだけ寂しそうな目をした。うつろう表情を眺めながら、私はバターの香るショートブレッドをほおばった。サクサクとした食感を堪能し、ざらつく前に紅茶をひとくち。
 ユキくんは夕陽で金色になった私の長い髪を眺め、頬杖をついた。
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