20 / 56
2.望
第13夜 魔法とほうき(上)
しおりを挟む
6文字の魔法「花火やろうよ!」で復活した。カサネはこうして私のご機嫌をとるのが上手かった。さすが、中学の頃から挫折も失恋も、一緒に弔ってきただけのことはある。なんでもお見通しだ。
ふて寝から覚めたら、意外なほどスッキリしていた。
メインイベントである天体観測までは、まだ少し時間があった。施設の望遠鏡を使うので大掛かりな準備は必要ない。先輩は「目を暗闇に慣らしといたほうがいいんだけどなァ」なんて言いながら、まんざらでもない。さすが子供王子。私は「くくく」とほくそ笑んだ。
宿泊棟を出ると、夜の闇だけがそこにあった。
ユキくんが来ていないのは私には好都合だった。顔も見たくなかった。先輩と得居先生の持つ懐中電灯を頼りにキャンプサイトに向かう。
「うう、なんか、怖いね……」
お墓とか井戸とか、そういう肝試し要素は一切ない。でも怖い。本能的に怖い。2つの懐中電灯の光の外側は、街明かりも人の手も届かない、ほんとうの闇。自然の真っ暗闇というのが一番怖いものなのだ。途中で私は忘れ物に気付いた。
「あれ? ライターって誰か持ってきた?」
「ああ、いいこと言うね」
先輩がポケットをガサゴソやる。
「困りましたね」
得意先生も肩をすくめた。
「私、取ってきます。先行っててください」
そういって私は来た道を引き返した。暗闇に目が慣れたのか、宿泊棟から伸びる淡い光の筋を頼りに難なく戻れた。
(こういうときに限って、バッタリ出くわすんだよねぇ)
心配していると、案の定、出会ってしまった――ユキくんに。
彼は謝ることなんてないのに「ごめんごめん」と申し訳無さそうにしていた。私はフロントでライターを借り、ユキくんの立つロビーにスキップで戻った。
「みんな花火、やるって。ユキくんは行かないの?」
「んー。ちょっと準備しなきゃいけないことがあってね」
つれない返事。
「アヤちゃんが先輩に告白してたこと、知ってたの?」
「え!? 依頼でしょ?」
「なにそれ? わけ解んないよ」
話が全く見えない。
「どうして教えてくれなかったの?」
「どうして、って……?」
ユキくんは混乱した様子。ずり落ちたセルぶちメガネを右手でグイと戻し、辺りを見渡す。ロビーは通る人もなく、夜の更けていく音がした。私が閉めそこなったドアから、すきま風が入った。2人の間を通り抜ける冷たい空気。
「まぁ、そのうち分かるからさ」
彼は私の顔をまじまじと見つめた。
「ねぇ、これじゃあ私ひとり、バカみたいじゃない!」
本気で嫌いになる一歩手前で踏みとどまっていた。ギリギリのところ。充分な量の火薬と、燃えやすい導火線がすでにある。ほんの僅かな火種から、あっという間に燃え広がってしまいそうな、ほんとうの瀬戸際。でも、爆発させるわけにはいかない。
目の前にいるのは、とても大事な人だから。
「もう、いい」
私は火の消えた花火のようにしゅんとなった。ユキくんの「待ってよ。あのさ……」なんて言葉にも耳を貸さず、とぼとぼと宿泊棟から出ていった。
◯
すすき、スパークラー、サーチライト、トーチ、ナイアガラ。
みんな思い思いの花火を楽しんだ。派手に飛び散る火の粉。バチバチ、シューシュー、という爽快な音。あたりに立ち込める煙と火薬の匂い。
「子供の頃は魔法使いになりたかったの。ラララー」
カサネが花火を両手に持って振り回す。
「野今さん。数学です。数学をやりましょう!」
缶ビールで上機嫌な得居先生。
「誰でも、大昔の数学者と勝負できますよ。オイラーにリーマン。ガウスにラマヌジャン……」
吹き出し花火に火をつけ「いくぞー」と準備する先輩の後ろに、「わぁ、スバルくん。まってまって」と隠れるアヤ。
幼馴染の2人にとって、今日は何度目の夏の、何個目の花火なんだろう――。私にはどの花火もモノクロに映った。カラフルに輝いていた夜空の星も、今はただの白い点。
誰かの花火が輝く間、地上が夜空で、空は闇。
最後の線香花火が消えると、天の川が空に戻った。
ふて寝から覚めたら、意外なほどスッキリしていた。
メインイベントである天体観測までは、まだ少し時間があった。施設の望遠鏡を使うので大掛かりな準備は必要ない。先輩は「目を暗闇に慣らしといたほうがいいんだけどなァ」なんて言いながら、まんざらでもない。さすが子供王子。私は「くくく」とほくそ笑んだ。
宿泊棟を出ると、夜の闇だけがそこにあった。
ユキくんが来ていないのは私には好都合だった。顔も見たくなかった。先輩と得居先生の持つ懐中電灯を頼りにキャンプサイトに向かう。
「うう、なんか、怖いね……」
お墓とか井戸とか、そういう肝試し要素は一切ない。でも怖い。本能的に怖い。2つの懐中電灯の光の外側は、街明かりも人の手も届かない、ほんとうの闇。自然の真っ暗闇というのが一番怖いものなのだ。途中で私は忘れ物に気付いた。
「あれ? ライターって誰か持ってきた?」
「ああ、いいこと言うね」
先輩がポケットをガサゴソやる。
「困りましたね」
得意先生も肩をすくめた。
「私、取ってきます。先行っててください」
そういって私は来た道を引き返した。暗闇に目が慣れたのか、宿泊棟から伸びる淡い光の筋を頼りに難なく戻れた。
(こういうときに限って、バッタリ出くわすんだよねぇ)
心配していると、案の定、出会ってしまった――ユキくんに。
彼は謝ることなんてないのに「ごめんごめん」と申し訳無さそうにしていた。私はフロントでライターを借り、ユキくんの立つロビーにスキップで戻った。
「みんな花火、やるって。ユキくんは行かないの?」
「んー。ちょっと準備しなきゃいけないことがあってね」
つれない返事。
「アヤちゃんが先輩に告白してたこと、知ってたの?」
「え!? 依頼でしょ?」
「なにそれ? わけ解んないよ」
話が全く見えない。
「どうして教えてくれなかったの?」
「どうして、って……?」
ユキくんは混乱した様子。ずり落ちたセルぶちメガネを右手でグイと戻し、辺りを見渡す。ロビーは通る人もなく、夜の更けていく音がした。私が閉めそこなったドアから、すきま風が入った。2人の間を通り抜ける冷たい空気。
「まぁ、そのうち分かるからさ」
彼は私の顔をまじまじと見つめた。
「ねぇ、これじゃあ私ひとり、バカみたいじゃない!」
本気で嫌いになる一歩手前で踏みとどまっていた。ギリギリのところ。充分な量の火薬と、燃えやすい導火線がすでにある。ほんの僅かな火種から、あっという間に燃え広がってしまいそうな、ほんとうの瀬戸際。でも、爆発させるわけにはいかない。
目の前にいるのは、とても大事な人だから。
「もう、いい」
私は火の消えた花火のようにしゅんとなった。ユキくんの「待ってよ。あのさ……」なんて言葉にも耳を貸さず、とぼとぼと宿泊棟から出ていった。
◯
すすき、スパークラー、サーチライト、トーチ、ナイアガラ。
みんな思い思いの花火を楽しんだ。派手に飛び散る火の粉。バチバチ、シューシュー、という爽快な音。あたりに立ち込める煙と火薬の匂い。
「子供の頃は魔法使いになりたかったの。ラララー」
カサネが花火を両手に持って振り回す。
「野今さん。数学です。数学をやりましょう!」
缶ビールで上機嫌な得居先生。
「誰でも、大昔の数学者と勝負できますよ。オイラーにリーマン。ガウスにラマヌジャン……」
吹き出し花火に火をつけ「いくぞー」と準備する先輩の後ろに、「わぁ、スバルくん。まってまって」と隠れるアヤ。
幼馴染の2人にとって、今日は何度目の夏の、何個目の花火なんだろう――。私にはどの花火もモノクロに映った。カラフルに輝いていた夜空の星も、今はただの白い点。
誰かの花火が輝く間、地上が夜空で、空は闇。
最後の線香花火が消えると、天の川が空に戻った。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
雨上がりに僕らは駆けていく Part2
平木明日香
青春
学校の帰り道に突如現れた謎の女
彼女は、遠い未来から来たと言った。
「甲子園に行くで」
そんなこと言っても、俺たち、初対面だよな?
グラウンドに誘われ、彼女はマウンドに立つ。
ひらりとスカートが舞い、パンツが見えた。
しかしそれとは裏腹に、とんでもないボールを投げてきたんだ。
真夏の温泉物語
矢木羽研
青春
山奥の温泉にのんびり浸かっていた俺の前に現れた謎の少女は何者……?ちょっとエッチ(R15)で切ない、真夏の白昼夢。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
リストカット伝染圧
クナリ
青春
高校一年生の真名月リツは、二学期から東京の高校に転校してきた。
そこで出会ったのは、「その生徒に触れた人は、必ず手首を切ってしまう」と噂される同級生、鈍村鉄子だった。
鉄子は左手首に何本もの傷を持つ自殺念慮の持ち主で、彼女に触れると、その衝動が伝染してリストカットをさせてしまうという。
リツの両親は春に離婚しており、妹は不登校となって、なにかと不安定な状態だったが、不愛想な鉄子と少しずつ打ち解けあい、鉄子に触れないように気をつけながらも関係を深めていく。
表面上は鉄面皮であっても、内面はリツ以上に不安定で苦しみ続けている鉄子のために、内向的過ぎる状態からだんだんと変わっていくリツだったが、ある日とうとう鉄子と接触してしまう。
分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活
SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。
クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。
これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる