月夜の理科部

嶌田あき

文字の大きさ
上 下
19 / 56
2.望

第12夜 好きと嫌い(下)

しおりを挟む
 夏休みに入っても「手伝ってほしい」「自分で考えて」の繰り返し。彼との仲はだんだん険悪になっていった。
 そんな中、理科部夜隊の夏合宿のため、長野県は八ヶ岳に向かっていた。得居先生の運転する8人乗りの真っ赤なSUV。北米仕様の逆輸入車らしい。3列シートの車内は広々としていた。サンルーフから入り込む夏の風がなんとも心地よかった。

 八ヶ岳少年少女自然の家。県の保養施設のため格安で泊まれる。望遠鏡のある「天文ハウス」が併設され、天文部御用達の合宿先であった。ここに来たのは、むろん先輩の希望だった。
 白樺の林を抜け、バーベキュー場を通り過ぎると、幾つも赤い屋根が並ぶ一角に出た。
 焦げ茶色の木張りの壁に大きな三角屋根が張り出し、アルプスの山小屋を思わせる質素で直線的な外観。〈本部棟〉と書かれたガラスドアの入り口をはいると、優しい緑色の外光が差し込む大きなエントランスホールが出迎えた。

「わあああっ、きっもちいい~」

 うーんと伸びをしながら、きょろきょろと施設を見て回った。中はしっかりとした鉄筋コンクリート造り。食堂や研修室もあった。
 本部棟に隣接した2階建ての宿泊棟のうち〈星棟〉に入った。廊下を突き当たって左手側の洋室が女子部屋、右に曲がってすぐの和室が男子部屋だ。2段ベッドが2台並んだコテージ風の洋室。決して広くはないが、充分に快適そうだ。
 夜に備えて仮眠をとることにした。窓を開けると風が気持ちいい。2段ベッドの上段でうとうとしていると、そのまま深い眠りについてしまった。
 しばらくして気がつくと、先輩とアヤの会話が耳に飛び込んできた。2人とも部屋に私がいると気づいていない様子だ。

「ねぇアーちゃん。あのさ、アレの返事なんだけど」
「えっ!? 今ここで? 誰かに聞かれたりしてたら困るな……」

 2段ベッドから様子を窺うと、アヤは2つ結びを振ってキョロキョロしていた。

「いろいろ考えたんだけどさ、やっぱり――」

 低い声で話し始める先輩。

「ちょ、チョット待って。まだ、私、心の準備、できてないよ」

 アヤが声を震わせる。マズい流れだ――私は直感した。

「付き合うよ」
「ホント!? よかった。嬉しい。嬉しいな!」

 飛び跳ねるアヤ。

(え、えっと……どういうこと? あっ)

 事態を理解した。アヤは告白していたのだ。そして、こともあろうに、先輩の返事はイエス。こんなに話が進んでいたとは……。

「それで、どうするの? キョウカには内緒に?」
「うん。今、キョウカちゃんに知られるのは、ちょっとね……」

 後ろめたいことがあるのかと、私は落ち込んだ。盗み聞きみたいなことになって申し訳ない気持ちも多少はあった。それでも無性に悔しい。

「夕食だよ~。食堂に集合おお。あ、先輩もここにいたんですね」

 カサネが2人を呼びに来た。

「今日は特製カツカレーだってよー」
「ちょっと重いなぁ」
「打ち上げ前日に験(げん)担ぎで食べる宇宙飛行士がいるんだよ」
「ホントですか? ハハハ」

 なんて3人で笑いながら部屋を出ていくのを、私は息を潜めて見届けた。はぁ。

(もう今日は顔合わせるのも嫌。夕飯なんか食べなくてもいいや)

 ふて寝を決め込もうとしたとき、部屋の戸がノックされた。
 コンコンコン――。

「――キョウカさん? いる? 夕飯たべなあい?」

 声の主はユキくんだった。彼は至って平常運行の、いつもの優しい声。

「食べない」
「ああ、いたんだ。良かった」

 彼は女子部屋のドアを開けようとはしなかった。紳士なのか、単に恥ずかしいだけなのか。
「カレーだよ?」
「いらない!」
「具合でも悪い?」
「ううん」
「大丈夫?」
「――大丈夫じゃない」
「えっ!? どういうこと?」

 ほら出た。得意のフレーズ。私は「分かってないなぁ」なんて思いながら2段ベッドからのろのろと降りた。

「――ねぇ、ユキくん。もう少しだけ、一緒にいてくれない?」

 ゆっくりとドアに背をつける。廊下の彼が動揺しているのが、ドア越しでもよく分かった。

「ちょっと、そこに居てくれるだけでいいから。お願い……」

 気がつくと涙がこぼれていた。手に落ちた涙の粒の暖かさが、座り込んだ床の冷たさを際立たせる。私は体育座りのまま背中をドアにぎゅっと押し付けた。3センチ向こう側が、無限の遠くに感じた。

「ど、どうしたの? キョウカさん? 泣いてるの?」

 そんなこと聞かないで。わかるよね――。声を振り絞る。

「……先輩、アヤちゃんとつき合うことにしたって。知ってた?」

 言葉にしたら、現実が確定してしまうみたいで苦しい。痛い。泣き顔を見られるのは恥ずかしい。

「よくわからないけど、聞き間違え、とかじゃない?」
「ばか!」

 よく知りもせず、確認もせず、そんなこと言わないでよ。なんて怒りを彼にぶつけられるわけもなく、私は静かに唇を噛んだ。
「よく、考えてみたら?」
「ねぇ、こんなときくらい、一緒にいて! お願い! そこで、いいから……」

 声だけは平静を保とうとしていたけれど、それももう限界だった。

「うっく、く、ぐぐぅ……」

 いよいよ大粒の涙が膝にポロポロこぼれ落ちた。ほんとは子供みたいに「わーん」て泣いてしまえばスッキリする。それは知っていた。彼はドアを開けないって分かってるから、静かに泣いた。この気持ちを解決する魔法も科学もない。

「2人は幼馴染。仲良しなのは、今に始まったことじゃない」
「……どうしてユキくんは、いつもそうなの?」
「やっぱ、落ち着いて考えてみたほうがいいよ」
「もう知らないっ!」

 自分のことがよくわからなかった。
 顔を上げ、涙を拭きながら向かいの窓の外を見た。夕焼け色に染まる雲を白樺のシルエットが黒く切り刻んでいた。夜の始まりを告げる、冷たい夜風。山の季節は早い。秋がもう、そこまで来ていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

Cutie Skip ★

月琴そう🌱*
青春
少年期の友情が破綻してしまった小学生も最後の年。瑞月と恵風はそれぞれに原因を察しながら、自分たちの元を離れた結日を呼び戻すことをしなかった。それまでの男、男、女の三人から男女一対一となり、思春期の繊細な障害を乗り越えて、ふたりは腹心の友という間柄になる。それは一方的に離れて行った結日を、再び振り向かせるほどだった。 自分が置き去りにした後悔を掘り起こし、結日は瑞月とよりを戻そうと企むが、想いが強いあまりそれは少し怪しげな方向へ。 高校生になり、瑞月は恵風に友情とは別の想いを打ち明けるが、それに対して慎重な恵風。学校生活での様々な出会いや出来事が、煮え切らない恵風の気付きとなり瑞月の想いが実る。 学校では瑞月と恵風の微笑ましい関係に嫉妬を膨らます、瑞月のクラスメイトの虹生と旺汰。虹生と旺汰は結日の想いを知り、”自分たちのやり方”で協力を図る。 どんな荒波が自分にぶち当たろうとも、瑞月はへこたれやしない。恵風のそばを離れない。離れてはいけないのだ。なぜなら恵風は人間以外をも恋に落とす強力なフェロモンの持ち主であると、自身が身を持って気付いてしまったからである。恵風の幸せ、そして自分のためにもその引力には誰も巻き込んではいけない。 一方、恵風の片割れである結日にも、得体の知れないものが備わっているようだ。瑞月との友情を二度と手放そうとしないその執念は、周りが翻弄するほどだ。一度は手放したがそれは幼い頃から育てもの。自分たちの友情を将来の義兄弟関係と位置付け遠慮を知らない。 こどもの頃の風景を練り込んだ、幼なじみの男女、同性の友情と恋愛の風景。 表紙:むにさん

ファンファーレ!

ほしのことば
青春
♡完結まで毎日投稿♡ 高校2年生の初夏、ユキは余命1年だと申告された。思えば、今まで「なんとなく」で生きてきた人生。延命治療も勧められたが、ユキは治療はせず、残りの人生を全力で生きることを決意した。 友情・恋愛・行事・学業…。 今まで適当にこなしてきただけの毎日を全力で過ごすことで、ユキの「生」に関する気持ちは段々と動いていく。 主人公のユキの心情を軸に、ユキが全力で生きることで起きる周りの心情の変化も描く。 誰もが感じたことのある青春時代の悩みや感動が、きっとあなたの心に寄り添う作品。

【完結】カワイイ子猫のつくり方

龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。 無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。

榛名の園

ひかり企画
青春
荒れた14歳から17歳位までの、女子少年院経験記など、あたしの自伝小説を書いて見ました。

野球小説「二人の高校球児の友情のスポーツ小説です」

浅野浩二
青春
二人の高校球児の友情のスポーツ小説です。

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。 美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!! 【2022/6/11完結】  その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。  そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。 「制覇、今日は五時からだから。来てね」  隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。  担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。 ◇ こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく…… ――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

ソーダ色の夏

N
青春
選らばれし4人の高校生達による大冒険。 太平洋の真ん中を目指し進み続け、困難に立ち向かう! 青春に満ちた夏休みが今、始まる!

イルカノスミカ

よん
青春
2014年、神奈川県立小田原東高二年の瀬戸入果は競泳バタフライの選手。 弱小水泳部ながらインターハイ出場を決めるも関東大会で傷めた水泳肩により現在はリハビリ中。 敬老の日の晩に、両親からダブル不倫の末に離婚という衝撃の宣告を受けた入果は行き場を失ってしまう。

処理中です...