月夜の理科部

嶌田あき

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2.望

第12夜 好きと嫌い(上)

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 1学期が終わる7月の金曜日。夜隊の活動日。
 先輩は天文ドームに入り浸り、なかなか理科室に顔を出さなかった。相変わらず天体観測ばかり。アヤは隣の化学実験室にこもり、陶芸に余念がない。私は、電気代と材料費で理科部の活動費を圧迫し、また望遠鏡を売り払う話が浮上しないかと警戒した。
 こうして最近は、私、カサネ、ユキくんの3人で夜の理科室を過ごすことが多くなった。実験テーブルを囲い、それぞれに作業をすすめるのだが、なかなかうまく行かない。

「正解もないし意味分かんないよ! 私、やっぱ才能ないのかな」。

 私は「落ち込む……」なんて大げさにお団子頭を両手で抱えてみせた。ユキくんはモニターから目を離さず「フフ」と笑った。

「どうしたぁ? 落ち込んだ時はさぁ、静かにそばにいてくれるもんだよ。カレシとかがさぁ」

 そう言ってカサネが、私の肩にもたれかかる。

「ただ、静かに。そっと寄り添ってくれてるだけなんだけどね。それだけで、宇宙全体が味方してくれてるような気分になる」
「そうなの?」
「この前もね、私がさ――」

 私はユキくんに想いを伝えたものの、それ以上は先に進めずにいた。それは仕方のないことだった。それぞれの想い人の秘密を交換してしまった2人にとって、友達以上恋人未満の領域に踏み込まないのに、そんなに沢山の理由は要らなかった。
 課題4〈蓬莱ほうらいたま〉はこれまでと打って変わって知能問題だ。簡単なクロスワードパズルなのだが、AIに「答え」を教えても意味がない。覚えてもらう必要があるのは解き方なのである。

「ほんと、落ち込む。やっぱり私、教える才能ないんじゃないかって……」

 自分が問題を解くことと、解き方を教えることのギャップに苦しんでいた。

「この問題、どうやって解くの?」

 そうやってユキくんに尋ねると、大抵質問が返ってきた。質問に質問で返さないでほしい。私は画面を指差しながら説明した。

「これとか、問題は難しくないよね?」

 人間が解くのは難しくない。答えは全て英単語なので、語彙力は多少必要だが、高校入試レベル。ローバーなら辞書の検索くらい一瞬でできる。
 例えば、アルファベット5文字で「タテのカギ:幸せ」の問題。AIに〈幸せ〉を辞書で検索させる。そして結果の中から、5文字の単語を選べばいい。答えは「HAPPY」。
 ユキくんは私の画面を覗き込むようにして問題を指差した。

「じゃあ、この問題はどうする? 『ヨコのカギ:今週は長かった! ◯◯◯◯』」

 これは辞書をひく方法では解けない。このテの問題は、4文字でも難しい。

「えっとね。まず辞書から適当に4文字の単語を1つ取り出すの。それで、文章にフィットするかどうか、1つずつ検査する……とか?」
「なるほど。いいよ。総当りね。それで、検査するって、どうやって?」

 私はギクリとして背筋を張り、目をぱちくりさせながら後ろ頭をかいた。今日はアップにしてきていたので、いつもの毛先くるくるができないことに気づいてさらに焦る。

「え!? えっと、なんとなく変な文章になってないか、とか。雰囲気だよ雰囲気。アハハハ」

 そもそも4文字の英単語は多い。だから、闇雲に辞書から抜いてきた単語が、問題文にフィットする確率はほぼゼロ。それに、検査するといっても、色々とチェックしているうちに、どれが最も良いかなんて、すぐにわからなくなってしまう。

「この問題の答えは『TGIF』だよね?」

 ユキくんが優しく呟く。「神様サンキュー、今日は金曜日」というスラングである。それは分かる。

「こういう時、カギの文にある単語は答えじゃない。よく一緒に使われる言葉を探すんだよ」
「うーん。よくわかんない。で、ユキくん、どうやってるの? ほらここのヨコの問題もそう。『◯◯◯◯! いくつになった?』だって? 答えもわからないし……」

 レネさんは5つ全ての課題について「2人別々の方法で解くように」と指示してきていた。最終的には2人のAIを競わせ、性能の良い方をつかう算段らしい。もちろん、協力はOK。いずれにせよ解き方を教えるには、まず人間が解いてみないといけないのだ。

「あ、これかぁ。うーん、どうしようかな……」

 ユキくんは何かに気がついて、少しだけ顔をしかめた。

「先頭は、さっきの『H』だよね。じゃあキョウカさんの――」
「あーっ! 何々!? 2人とも、名前!」

 黙って2人の会話を聞いていたカサネがついに割り込んできた。

「ついに? ついに、なの? わぁー、よかったよかった!」
「ちょ、ちょ、ちょっとー。カサネ! まだそういうんじゃないってば!」
「まだなの? ふーん。ハッハッハ」
「違うってば! もう!」

 こういうふうにからかわれると、どうなるか。私は最近、少しずつ彼の反応が予測できるようになってきた。彼はきっと――

「まぁ、自分で考えてみなよ」

 ちょっとぐらい優しく、手伝ってくれてもいいのにな。私はじっと彼を見つめた。答えを教えて欲しいんじゃないってことが、彼には分からないらしい。私は、ただ一緒に迷って、一緒に考えて欲しいだけだったのに。それでも「それならそうと言ってくれ」なんて言われそうで、言い出せないのだった。
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