月夜の理科部

嶌田あき

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2.望

第9夜 わらじとタイムマシン(上)

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 夜の理科部に出入りしていることは、両親には内緒にしていた。活動日はカサネと図書館行っていることにしていたのだ。そんなある夜の図書館での勉強のあと、ひさしぶりにカサネが私の家で夕飯を食べていくことになった。
 3歳上の兄と5歳下の弟。男子2人を擁する證大寺家の食卓に死角はなかった。名物と化したわらじ大のトンカツに大盛りの千切りキャベツ。野菜多めの具沢山みそ汁、ほうれんそうのおひたし、お刺身。ほかほかご飯は湯気まで美味しそう。
 6人がけの大きなダイニングテーブルの右の隅がカサネの定位置。隣に私が座り、お父さんと対面になる。

野今のいまさん。いつもきょうちゃんと仲良くしてくれて、ありがとうね」

 父はどんなことでも親身になって考えてくれる、私にとっては友達みたいな存在でもあった。しかし、1年の学年末テストの残念な結果を見せた頃から「教科書よんだ?」か「伸びしろ世界一!」しか言わなくなってしまった。
 メニューが2種類しかない定食屋みたい、なんて思っている。

「いえ。仲良くしてもらってるのは、私なんですよ。あははは」
「カサネちゃん、遠慮せず食べていってね。あ、言わなくても大丈夫か。アハハ」

 母はいつも優しくふわりとそばにいて、味方でいてくれる。でも、事あるごとに自身のインターハイ優勝の話を持ち出しては「何でも良いから突き抜けるのよ」などと、真綿で首を締めるような圧をかけてくる。こっちは、さしずめ〈注文の少ない料理店〉か。

「いただきまあす!」

 カサネの楽しそうな声。

「あぁ実家が2つあるみたいで、私ホント幸せなんです!」

 美味しそうに夕飯を頬張るカサネの姿に目を細め、父が私に話しかける。

「そういえば、京ちゃん。竹戸瀬くんから聞いたけど、研究、手伝ってるらしいね?」
「う、うん。SSHの一環とか。私と、あと同じクラスの水城くんが抜擢されて」

 レネさんは父の研究室出身である。2人は研究のことで頻繁にやり取りをしているらしかった。

「ほら、今日は月が出てるでしょ。月面基地へのアップリンクの日。京ちゃんのデータも、今日の便で月に送られるのかな?」

 まずい流れだ――。私は直感した。

「なかなか優秀なAIを訓練したみたいだね。竹戸瀬くん褒めてたよ?」
「そ、そう?」
「でも、シミュレータとはいえ、時間かかるでしょ? そんなのいつやってるの?」

 口元からカツがぽろりと落ちた。思わず父から目を逸らす。

「まさか、京ちゃん。図書館でやってるの? ってそんなわけないか。ははは」
「お、お父さん。そうなんです。図書館で、ちょっと息抜きに。ね、キョウカ?」

 緊急事態を察したカサネが、慌てて会話割り込んだ。父は瞬間的にカサネの嘘を感じとったはずだが、すぐには指摘しなかった。

「意外とこういうの得意みたいで、ちょっとの時間で、パパっとできちゃう子みたいで。そういう人って居るんですよね。ハハハ」

 カサネはタジタジになりながらも、必死で踏ん張った。その様子を見た父は「ふーん……」と休めていた箸を手に取り、刺身を口へ運んだ。しばらく泳がせて様子を見るタイプ?
 母は違った。彼女はバウンドしたボールを早い段階で打ち返すテニスの攻撃的プレイスタイルそのままに、私・カサネ組に考える時間を与えない。

「あれ? あなたたちが行ってるのって、駅ビルの市立図書館でしょ?」
「あそこはVRも古いし、無線LANも遅いでしょ?」
「それに、データはどうしてるのかしら?」

 厳しい質問が次々と繰り出される展開。私もカサネも息切れしてきた。

「アハハ。そう。そうなの。なかなかね。アハハ」

 粘り強くベースラインに張り付く父の後衛と、動くものはハエでも打つと言わんばかりの母の前衛。この2人との戦いは本当に嫌なパターンだった。

「んー何かひっかかるな。図書館はSINETサイネット7に繋がってないし、大変だと思うけど……」

 父はあごを触り、わざとらしく何かを考えるような仕草をした。彼は通信網を研究していることもあり、この手のことにとても詳しかった。よく知っているくせに、知らないふりして質問攻め。そして、私とカサネの返しが甘くなる1玉を虎視眈々と待っているのだ。

「あ、ネットはね、学校の――」と私。

 そして、強打に見せかけて、よくコントロールされた深いクロス。

「ほんとは、学校でやってるよね?」

 父にじぃっと見つめられ、返す言葉はない。「そうなの?」と念押しされたカサネもついに音を上げた。

「……はい。あ、でもキョウカは悪くないんです。私が、そそのかしただけで……」

 顔は青ざめていた。いつもの余裕シャクシャクの表情はない。

「ふーん。で、親に隠れて二足のわらじを履いてるつもりだった? その結果が、この前の中間テストなのかい?」

 父は少しだけ頬を緩め、私を見つめた。
 言い返す言葉のない私は茶碗を置き、静かに耳を傾けるのみ。食べかけのわらじカツが冷めていくのがわかる。兄も弟も席をたち、気がつくとテーブルには4人だけだ。

「京ちゃん。何のために勉強するか分かってる? テストのためじゃないよ。ましてや、いい大学に入るためでもない。サインとかコサインが今は何の役にたつのか分からないよね。いまは京ちゃんの無限の可能性を1つずつ試してる途中なの。そのための学校の勉強」

 父は、図書館という嘘や中間テストの成績に怒っているのではない様子だった。

「月面は甘くないよ。もし、AIが誤作動して大事なローバーが破損したら、どうする?」
「えっ……」
「ゲームの世界じゃない。生身の世界。リセットも、セーブも、できないんだよ?」

 父に言われるまで、一度もそんなことを考えてこなかった。
 月に人は居ない。たとえローバーが破損しても修理はできない。故障したローバーで、予定通りの探査や実験を行うことは難しい。そうなれば、世界中の研究者の夢と希望が詰め込まれた実験は台無しだ。もちろん、そうならないよう、プログラムは専門家によって安全性が厳しくテストされる。私たちのプログラムは、まだ1次審査さえ通過していなかった。

「よく、考えよう? 月面基地にどれだけの人の夢がつめこまれてるのか、さ。それをリスクに曝してまで、京ちゃんがやりたいと思っているものは何?」
「……もういい。もういいよ! お父さんは、全然私のことなんて、分かってない!!」

 運命の、7月7日が迫っていた。

「あ、ちょっ、キョウカ。どこいくの?」

 制止する母を振り払い、私はスニーカーのかかとを踏んだまま家を飛び出した。
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