月夜の理科部

嶌田あき

文字の大きさ
上 下
10 / 56
2.望

第8夜 ライブハウスとレストラン(上)

しおりを挟む
 私の優柔不断が役に立つと水城くんが気づいたのは、親に内緒で夜の理科部に出入りを始めてから10夜も過ぎた頃だった。
 日中は夏を先取りしたような汗ばむ陽気。それに比べて冷え込む夜の理科室。我先にと夏服に衣替えしてしまった私は、二の腕の寒さにちょっぴり後悔し始めていた。
 親に内緒で理科部に出入りしている後ろめたさも、鳥肌に一役買っていた。身バレに怯えながらもメジャーデビューを目指す、パンクバンドのボーカルみたいな気分。そう思うと、いつもの理科室も、客入りを待つスモーク烟るライブハウスに見えた。

「うわっ、なにこの煙?」

 煙は、隣の化学実験室から流れ込んできていた。おそらく、アヤが電気炉で何かを焼き始めたのだろう。鼻をつく酢のような匂い。

「きゃー、ドラフトの扉、閉め忘れてたぁ」

 というカサネの叫び声も運ばれてきた。
 先輩は基本、天文ドームに直行直帰で理科室にはほとんど顔を出さなかった。せっかく入部したというのに先輩に会えず、私はモヤモヤとした夜を過ごしていた。かと言って屋上の天文ドーム〈瑛璃庵えいりあん〉をひとり訪ねる勇気もない。カサネも最近はアヤの手伝いに忙しく、物理実験室に居ないことのほうが多かった。そんなわけで、今夜も私と水城くんで2人きりだ。

「證大寺さん、ちょっとコレ見てくれる? ほら〈つばめ子安貝こやすがい〉と〈たつくびたま〉の課題。どっちも、證大寺さんのほうが、成績いい」

 水城くんがラップトップの画面を指差した。

「え、ホント? あんまり自信なかったんだけどなぁ……」

 私はえへんと鼻をすすった。これらの変テコな名前は、レネさんがつけた課題の愛称だ。
 どちらも、竹取物語に出てくる宝物の名前らしい。

「すごいね。かなり非自明。これ、どうやったの?」
「えっとね、燕のほうはね――」

 課題1〈燕の子安貝〉は、不安定な足場の上で、月面ローバーのロボットアームを動かして細かな作業をするという課題だった。凹凸のある床の上でローバーを操り、高所にあるプラグを引き抜かせる。そして、それを別のソケットに差し込む。たぶん私が手でやれば一瞬でできる。ローバーにやらせると難儀だ。
 プラグの高さが絶妙に意地悪く設計されていた。アームを限界まで伸ばす必要があり、ぐらつく足元と相まって、6輪のローバーと言えどもバランスをくずしやすい。

「私のローバーはね、ぐらつく勢いを使ってプラグを引き抜くの」
「わ、大胆!」

 私の優柔不断は、水城くんの予想を大きく超えた力を発揮した。

「姿勢が安定するまで待たないの?」
「待てないの」

 水城くんに尋ねられると私は立ち上がり、両手を広げた。

「最初はね、水城くんの言う通り安定させてから作業に入るように訓練してたんだ」
 私は平均台の上でも歩くようにして、実験テーブルの間をうろうろした。

「でも、いつが良いタイミングなのか迷っちゃってさ……」
「なるほどね。優柔不断の證大寺さんらしいね。ハハハハ」

 水城くんにそう言われ、まんざらでもない。いつも足を引っ張ってばかりの優柔不断が、月面では役に立つ――。なんとも痛快だ。ここがライブハウスだったら、私はパンキッシュにシャウトしていたところだ。

 You 銃 Foo Dang!

 スモーク烟る理科室に立ち、マイクを握る姿を夢想しニヤニヤした。親に内緒でパンクバンドの練習をするには、月面基地はうってつけかもね、なんて思いながら。

「やっぱり、證大寺さんはおもしろい」

 水城くんはそう呟いて、興味深そうに頷いた。

たつのほうは、何もしてなかったんだけどな?」

 私は自分のAIがなぜうまくいったのか、あまり。いや、まったく理解していなかった。
 課題2〈龍の頸の珠〉は、いかにも持ちにくそうな球状の金属部品を引き抜くという、これまたイヤミな課題だった。しかも、毎回必ず予期せぬことが発生するよう、シミュレーターには念入りにイジワルがプログラムされていた。舞い上げた砂によるセンサーの異常反応。暴走したローバーは8の字ヘドバン。強く掴みすぎた金属部品は歪んで修復不能――。
 私たちのローバーは、これでもかというくらい、様々な不運に見舞われた。

「全部のことを想定して、対応策を考えておくなんて、できないよね?」
「ああ。だから、起こる確率が高そうなのから優先的にAIを訓練したんだけど……」

 彼の作戦は理にかなっていた。起こりうる全てのことに対応できるようAIを訓練するのは不可能。なので、発生確率の高い順につぶしていく。かしこいやり方だ。

「私は、逆に、起こりそうにないことが、どれくらい起こりそうにないのか、試してみたの」
「え!? どういうこと?」
「変な位置にローバーを停めてみたり、急発進させたり。アームもぐるぐる動かした。指定位置以外のとこを持ってみたりもしたよ」
「ハハハハ――いや、まてよ。もしかしたら、その遊びで、證大寺さんのAIは何が起こってもいいかを学習したってことなんじゃない?」

 きょとんとする私を横目に、彼は得意げな顔で説明を続けた。

「子供が公園で遊ぶとき、最初のうちはいろんな危ないことするよね? 何をやったら怪我するか分からずにさ。やめときゃいいのに、高い所登ったりとか」
「ああ、確かに。弟もすり傷とかたんこぶ、よく作ってたなぁ」
「そうそう。ヒヤリとする経験を沢山積むことで、何をしたら怪我するか学ぶでしょ?」

 彼の話に、やんちゃ盛りの5歳の弟に手を焼く自分の姿を思い出した。理屈はよくわからないけど。なんだか納得できる。

「優柔不断、月面では役に立つんだね。アハハ」

 私が明るく笑うと彼も白い歯を見せた。

「これは、なかなか非自明だね。ハハハハ」

 タトゥーみたいにまとわりつき、どうしても隠せない優柔不断。もう私のトレードマークになっていた。それが月面で活きてくるなんて、思いもよらなかった。でも嬉しさと恥ずかしさが半々。
 一刻も早く課題をすべて解き、観測時間マシンタイムをゲット。そして、羽合先輩に振り向いてもらうんだ! もう、なりふり構っていられない。そんな感情が私を突き動かし始めていた。
 観客で満員の地球を月面ステージから見下ろし、心の中のガイコツマイクにもう一度叫んだ。

 Say!! You 銃 Foo Dang!!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

雨上がりに僕らは駆けていく Part2

平木明日香
青春
学校の帰り道に突如現れた謎の女 彼女は、遠い未来から来たと言った。 「甲子園に行くで」 そんなこと言っても、俺たち、初対面だよな? グラウンドに誘われ、彼女はマウンドに立つ。 ひらりとスカートが舞い、パンツが見えた。 しかしそれとは裏腹に、とんでもないボールを投げてきたんだ。

真夏の温泉物語

矢木羽研
青春
山奥の温泉にのんびり浸かっていた俺の前に現れた謎の少女は何者……?ちょっとエッチ(R15)で切ない、真夏の白昼夢。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

秘密基地には妖精がいる。

塵芥ゴミ
青春
これは僕が体験したとある夏休みの話。

リストカット伝染圧

クナリ
青春
高校一年生の真名月リツは、二学期から東京の高校に転校してきた。 そこで出会ったのは、「その生徒に触れた人は、必ず手首を切ってしまう」と噂される同級生、鈍村鉄子だった。 鉄子は左手首に何本もの傷を持つ自殺念慮の持ち主で、彼女に触れると、その衝動が伝染してリストカットをさせてしまうという。 リツの両親は春に離婚しており、妹は不登校となって、なにかと不安定な状態だったが、不愛想な鉄子と少しずつ打ち解けあい、鉄子に触れないように気をつけながらも関係を深めていく。 表面上は鉄面皮であっても、内面はリツ以上に不安定で苦しみ続けている鉄子のために、内向的過ぎる状態からだんだんと変わっていくリツだったが、ある日とうとう鉄子と接触してしまう。

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

処理中です...