月夜の理科部

嶌田あき

文字の大きさ
上 下
5 / 56
1.上弦

第3夜 秘密と秘密

しおりを挟む
 帰宅するとすぐ、私は自室のベッドに制服も着替えずに仰向けになり「さてどうしたものか」と得意の優柔不断をくすぶらせていた。
 誤って、水城くんのスマホを持ち帰ってきてしまった。自分のじゃなくて、学校支給のはみんな同じ機種なので、どうしたって間違える。慌てて理科室を飛び出したとき、机の上で取り違えたらしい。シミュレータでのこととはいえ、衝突事故をおこして気が動転していたっぽい。
 水城くんは特に気になる相手というわけでもなかったけど、スマホを開ければ彼の秘密を見てしまうようで、さすがにそれは気が引けた。

「てか画面ロックかけてないのがいけない……」

 言い訳っぽく呟きながら、結局、画面を開ける。予想どおりアイコンも背景も標準のままだ。

「つまんないの……」

 自分のスマホのつもりで、つい指が勝手にブラウザのアイコンをタップしてしまった。
 現れたのは〈科学みらい大学 量子情報学部 竹戸瀬研究室〉の紹介ページに〈月面基地完成 レーザー通信に成功!〉なんて5年も前のニュース記事があるだけ。

「なーんだ」

 難病を隠してるとか実は男女が入れ替わってるとか、そういうのをちょっと期待していた。

「あ~あ、どうせなら先輩のだったらよかったのに」

 スマホの裏で居心地悪そうにしてる〈2年G組・水城〉のシールにデコピンする。
 そうして私は「ちぇっ」とぼやいて、毛先をくるくると人差し指でもて遊んだ。思い通りにいかないとき、こうしているとなんか落ち着く。

「――あっ? 私がこれを持ってるってことは、私のを水城くんが持ってるってこと?」

 そりゃそうだった。口に出してみて初めてわかった。
 ――まずい。まずい。絶対まずい! 急がないと、秘密が危ない!

 高2男子の理性が豆腐より弱いことぐらい、さすがの私にだって分かっていた。水城くんの手に落ちたスマホの、メールのアイコンが今まさに押される絵が思い浮かぶ。そこには、憧れの先輩からもらった天文部の勧誘メールと、未送信のまま何度も推敲された返信メールがある。これだけは読まれるわけにはいかない。
 非常事態。相手は理系男子。先に気づいているに違いない。
 電話をかけようとするちょうどそのタイミングで〈2年G組・證大寺京華〉から着信が入った。我ながら仰々しい名前。笑いながら起き上がり、電話に出る。

『もしもし、證大寺さん? 俺、水城だけど、わかる?』

 背中がムズ痒い気がして壁に寄りかかった。

『夜にごめんね。スマホ、間違えて持って帰っちゃったよね?』

 水城くんはただのクラスメイト。でも、ふだん彼の耳が当たっているところに耳を押し当て、彼の唇が触れてるか
もしれないところに吐息のかかる距離で話しかけるのは、なんだか恥ずかしい。

『ごめん。俺のスマホの中、見ちゃった?』
『えっ? 何? なにも触ってないよ』

 相手も同じ状況だと思うと、余計にこそばゆい気持ちになる。

『でも、なんか電話でるの早くない?』

 鋭すぎる角度からの質問。意表を突かれた私は、バカ正直に答えてしまった。

『……あ、ちょっとは見た、かなぁ。ネットとか……ごめん』

 水城くんは『あー、そっか……』と言ったきり、声をつまらせてしまった。

『ていうか、私の――』

 言いかけた私は、余計にまずいことになったと直感した。
 ここで「私のメールは読んでないよね?」なんて言ったら、読んでくれと言ってるようなものだ。かと言って「アレは見ちゃだめ」と遠回ししても彼は「アレって何?」と聞くに決まっていた。「何も触らないでおいてね」で済むのかもしれなかったが、油断はできない。
 さて、何と言えば良いものか――。
 こういうときは「攻撃は最大の防御」ときまっている。今はとにかくメールの話から遠ざかろう。

『研究室のページと、科学ニュース? 水城くんああいうの好きなの?』
『え? ああ。ちょっと調べてることがあってね』
『月面基地?』
『そう。予定通り26年に完成。30年からは量子コンピューターも稼働中。行ってみたくない?』

 彼は急に饒舌に話し始めた。私はそれほど興味があるわけではなかったけれど、熱心な説明はとても楽しそうで、もっと聞いていたい気がした。

『でも人いないよね?』
『うん基本は。昼間見たじゃん。ローバーを遠隔操作するんだよ』
『水城くん、好きなんだね。すごく楽しそう。アハハ。あ、ウェブサイト、なんか、SF版竹取物語って感じだった』
『SF? フフ。まぁかぐや姫っぽいよね、あの人』

 人? あれ、なんか私たち違う話してる? 私は電話越しに首を傾げた。

『まぁ、この際だから言うけど――』

 水城くんは勝手に諦めた様子で口を開く。

『俺、竹戸瀬さんのこと調べてるんだ。気になってるっていうか――』
『えっ!?』

 名もない県立高校2年生の男子が憧れるのは勝手だったが、あまりにも不釣り合いに見えた。

『ふ~ん。年上が好きなんだ。ふーん』
『いや、そういうんじゃないって』

 彼はあわてて訂正しようとするが、私にこれ以上深堀りするつもりはない。次の話題があるわけでもなし、そろそろ引き際だ。会話が途切れた一瞬の真空に引き寄せられるようにして、彼がつぶやく。

『――そういえばさ、證大寺さんこそ、羽合先輩のこと気になってるでしょう?』
『な、な、な、な、なんで?』

 親友しか知らない私の秘密を、ほとんど話したこともない彼がどうして知ってるのか。

『え? まさか、メール見た?』
『メール? いや……クラスの男子の間ではけっこう有名だよ?』

 しくじった――。私は、彼の秘密を知ったことに油断し、自分の秘密を、むざむざと相手に明かしてしまったのだった。「年上が好きなんだ」というフリがよくなかったかも。

『あ、えっと……』
『いやごめん。メールは見るつもりないけどさ――なんていうか、俺、羽合先輩とは結構仲いいからさ、だから』

 そこで彼は一呼吸。なんだかとても言いづらそう。

『竹戸瀬さんを紹介してくれないか。代わりに、先輩とのことはなんでも協力するからさ』
『そ、そんなこと急に言われても、決められないよ……』
『そうだよね、ごめん。ほんとごめん。忘れて。あははは』

 私にとってはメリットしかない気もするけど、即答するのもなんだか気が引ける。

『まって考えさせて』なんて私が言ったのも聞かず、『じゃ、また明日』と電話を切られてしまった。優柔不断のせいで、私はのろまみたいで嫌になる。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

時のコカリナ

遊馬友仁
ライト文芸
高校二年生の坂井夏生は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった!木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。 「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海の素顔を見てやろう」 そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。

スカートなんて履きたくない

もちっぱち
青春
齋藤咲夜(さいとうさや)は、坂本翼(さかもとつばさ)と一緒に 高校の文化祭を楽しんでいた。 イケメン男子っぽい女子の同級生の悠(はるか)との関係が友達よりさらにどんどん近づくハラハラドキドキのストーリーになっています。 女友達との関係が主として描いてます。 百合小説です ガールズラブが苦手な方は ご遠慮ください 表紙イラスト:ノノメ様

君のために僕は歌う

なめめ
青春
六歳の頃から芸能界で生きてきた麻倉律仁。 子役のころは持てはやされていた彼も成長ともに仕事が激減する。アイドル育成に力を入れた事務所に言われるままにダンスや歌のレッスンをするものの将来に不安を抱いていた律仁は全てに反抗的だった。 そんな夏のある日、公園の路上でギターを手に歌ってる雪城鈴菜と出会う。律仁の二つ上でシンガーソングライター志望。大好きな歌で裕福ではない家族を支えるために上京してきたという。そんな彼女と過ごすうちに歌うことへの楽しさ、魅力を知ると同時に律仁は彼女に惹かれていった……… 恋愛、友情など芸能界にもまれながらも成長していく一人のアイドルの物語です。

GIVEN〜与えられた者〜

菅田刈乃
青春
囲碁棋士になった女の子が『どこでもドア』を作るまでの話。

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。 美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!! 【2022/6/11完結】  その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。  そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。 「制覇、今日は五時からだから。来てね」  隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。  担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。 ◇ こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく…… ――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

処理中です...