月夜の理科部

嶌田あき

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第1夜 理科部と天文部(下)

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「ああ、ちょうどよかったぁ。カサネちゃんからも説明してあげてくれない? 天文部は今年から理科部になるって」

 声の主は、同じクラスの霜連しもつれあやだった。

「え!? ――部長って、アヤちゃんだったんだ……」

 アヤはクラスで目立つ存在というわけでもなく、理科部に入ってたのは知ってたけど、部長なんてガラじゃないと思ってた。ほんとびっくりした。

「部長。例の新入部員、連れてきましたよ」

 カサネは妙な丁寧語で言ってから、私の顔をニヒヒと見た。

「あ、あの、こんにちは、あ、いや――こんばんは、か。アハハハ。きっ今日は入部っていうか、なんていうか……」

 ペコリお辞儀をしてから部屋に入る。

「来てくれてありがとう」

 アヤは2つ結びの髪をゆらし、メガネの奥でわざとらしく照れ笑いした。

「今夜は天文部の観測日だったんだけど、今年から理科部に吸収することになったから、そのキックオフなの」

 仕草が可愛いくてズルいな。制服に両面仕立ての春色カーディガンも可愛い。見た目は昼と同じなんだけど、夜は仕草がまるで違う。中身もリバーシブルで今は裏側が見えているに違いない――。

「あ、天文部の廃部ってうわさ、本当だったんだ……」

 恥ずかしくて先輩の顔も見られず、ひたすらアヤとの会話を転がすしかない。だいたい入部って話は聞いてないぞ。カサネを睨むとアゴで「先輩、先輩」と合図していた。

「いや、天文部はまだあるって――」

 と羽合先輩が苦笑いした。

「じゃあ、簡単に自己紹介ね」

 アヤがテキパキと進行する。

「じゃあスバルくん――あ、羽合先輩おねがいします」
「3年の羽合です。天文部の部長やってます。ヨロシク」と先輩。
「は、はじめまして。2年の證大寺しょうだいじ京華きょうかです」

 なんとなく、フルネームで名乗ってみた。證大寺は父を指す言葉で自分の名前ではない気がしているというのもある。
 羽合先輩は頭脳明晰、スポーツ万能。顔良し、性格良し、家柄良しの三方良し。「星しか愛せない」という噂以外、非の打ち所がない。女子の間では〈星の王子さま〉なんて呼ばれていて、いかにも私には不釣り合い。ちぇっ。
 年下のアヤに「スバルくん」などと呼ばれ、口論の様子からもだいぶ子供じみた王子さまだってことも分かった。廃部を認めたがらないところもなんだか和む。

「ほんとに夜に活動する理科部なんだね。アハハ。てか部員、4人?」

 くるりと理科室を見渡す。先輩とアヤのほかには同じクラスの水城《みずき》くんがいた。よ、と彼が恥ずかしそうに手を上げたので、私も軽く合図を返した。セルぶちメガネに清潔感のある見た目は悪くないけれど、話が続かないので女子ウケはいまいちだった。男子からは割と信頼されているみたいだけど。

「違うの。ここにいるのは夜隊で、昼隊も合わせると全部で15人」

 とアヤ。南極越冬隊を思わせる響きに、私は少し肩をふるわせた。

「ヨルタイ?」
「そう。夜しかできないことがあってね。でも、ほら。理科棟の夜間利用は、部員5名以上が条件だから――ゴメンね、勝手に」

 アヤは少し頭を下げ、申し訳なさそうに上目づかいした。

「昼隊は1年生中心だし、あっちはあっちで忙しいから、お願いできなくて……」
「そうなんだ。カサネも早く言ってくれればよかったのにー」

 私がにらむと、彼女は「てへ」と舌を出した。

 カサネは昼は軽音部、夜は理科部に顔を出し、いつも忙しそうにしていた。優柔不断の私が「どっちかにすれば?」と言っちゃうほどなんだけど、彼女はいつも「どちらも本気であり、浮気ではない」の一点張りだ。

「それに、天文部が4月から1人になって、夜間観測できなくて困るの分かってたから」

 私が疑問に思っていたことは、アヤの話で収まるべきところにピタリと全て収まった気がした。彼女には、色も形も不揃いに割れたガラスタイルを組み合わせ、モザイクアートを作るような、そんな芸術的なセンスと行動力がある感じ。ほんと、昼間のアヤからは想像つかないや。

「でも、部の活動費が足りなくて……それで、仕方ないけど、望遠鏡を手放そうかなと」

 アヤは天井を見上げ、ちょうど屋上の天文ドームがある位置に手をかざした。

「目で見るのは時代遅れって感じだし。もう部長権限でエイヤっと」
「アーちゃん。まってくれよ。望遠鏡は天文部のものだぞ!」

 先輩が口をはさむが、アヤは動じない。

「4月から望遠鏡は我が理科部の物品ですけど……」
「まあまあ、2人とも落ち着いて」

 私はあわてて間に入った。
 小学生のケンカみたい。いや、正直、系外惑星のロマンとやらは、よく分からない。けど、望遠鏡を売り払うのはさすがに可哀想だ。

「キョウカちゃんどう思う?」
「えっ、わっ……私?」
「そうそう。だって理科部にも天文部にも、しがらみがないから適役でしょ」

 人の気も知らずアヤは私にウインクした。やっぱ昼とはキャラが違う。

「うーん」

 思わず口に手を当てて考える。
 ――何かうまい答えを探さなきゃ。
 先輩かアヤ、どっちの味方かなんて、選べない。ここはストレートに羽合先輩にいい顔したいとこだけど、アヤを立てて夜隊に参加させてもらったほうが先輩と一緒に過ごせる時間が長くなるような気もする。望遠鏡は残してあげたいけど、そしたら先輩は星ばっかりで、私のことなんか気にもとめてくれないんじゃないか。
 だめだ。決められない。

「キョウカ……?」

 まるで心を読んだかのように、カサネの呆れた視線が私に向けられていた。痛い。
 優柔不断と長年付き合ってきた私は、この手の問題には慣れているつもりだった。
 落ち着いて考えよう。
 部員1人の天文部では夜の理科棟に入れず、屋上の天文ドームで天体観測できない。かといって、先輩が理科部に入部すると、天文部は消滅。理科部のものとなった望遠鏡はアヤに売られちゃう。望遠鏡は昼間なら使えるけど、今度は星が見えない――か。

「ううー」

 返事するまでの時間が長くなれば長くなるほど、みんなの視線が集まってるの感じた。
 半開きの窓から冷たい夜風が入り、みんな一斉に窓の外を見る。理科棟から漏れる明かりに照らされた夜の校庭が白く輝いていた。

「ご、ごめん……ちょっといまは決められないや」

 私の答えにアヤが残念そうにため息を漏らすと、先輩が笑って宥めた。なんだ、ほんとは2人、仲いいんじゃん。私一人で優柔不断燻ぶらせて、ばかみたいだ。

「やっぱり、部のことは部で決めたほうがいいよ。そのための部長じゃん」

 実験テーブルの上の手提げをつかみ、そそくさと理科室から退散した。感じ悪かったかもしれないけど、どうしようもない。先輩とお近づきになるチャンスだったのにな――。自己嫌悪よりも、この場を用意してくれたカサネへの申し訳なさのほうが大きかった
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