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第2章「秋」
6.はね雲ファースト・フライト(4)
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午後はずっと陽菜が手伝ってくれていた。
作業が一段落つくと、彼女は空高く上がった風船を眩しそうに見上げ、屋上の風に吹かれた。流れるような長い髪がきれいだ。
「陽菜、ほんとにありがとう。助かったよ」
「あはは、何言ってるの。――ところで澪、どうやって気球を下ろすつもり?」
そう言いながら風船を指差す陽菜。やっぱり鋭いなぁ……。写真がどう撮れたかは、カメラを回収するまでのお楽しみだもんね。
「えーと、それが……実は何も考えてなかったりして。引っ張れば降りてくるでしょ、きっと」
「ガハハ。お前、相変わらずだなァ。50メートルも引くのは大変だろ」
騒ぎを聞きつけて、大地も屋上にやってきた。彼は坊主頭をぽりぽりかきながら、しゃあない手伝ってやるよと腕まくりした。
「じゃあ、わたし引っ張るから、大地、巻き取ってくれる?」
「どれを?」
大地が不思議そうな顔で私の手元を見る。彼が見つめる私の手の、風船に続いているはずの糸が、スルスルとほどけて床に落ちていた。
「ええええーっ!?」
「お前なぁ……」
「ちょ、ちょっと、澪!?」
呆れたような声を上げる2人。やっちゃったよ、完全に。多分、風に揺さぶられるうちに結び目がほどけちゃったんだ。
でも、まだ望みはある。もう一方の糸、天文ドームの土台に結んだ方はちゃんとピンと張ったままだから!
「き、切れたらこわいけど……これを引っ張るしかない、よね」
ゴクリと生唾を飲み込む。釣り糸の耐久力は3キロくらいはあるはず。だけど、勢いよく引っ張って瞬間的にそれ以上の力がかかったら、最悪の場合、プツンと切れちゃうかも。だから、ゆっくりと、できるだけ一定の力を保ちながら、50メートル分の糸を引かなきゃいけない。
「マジかよ……リールは持ってないのか?」
「ない。釣り用のリールって結構高いから、予算オーバー」
大地は「どうすりゃいいんだよ」と呟きながら、腕を組んで難しい顔。万が一糸が切れたら、風船は宙高く舞い上がって、割れるまで二度と戻ってこない。GPSを積んでないカプセルを見つけ出すのは、ほぼ不可能に近い。
おまけに、気球を飛ばす許可も取ってないから、これが原因で法律違反になるかもしれない。まさかお姉ちゃんのノートに書いてあった最悪の事態が、現実になるなんて……。とにかく、なんとしても気を付けて、そおっと糸を引き上げるしかないよね。
「リールの代わりになるようなもの……何かないかな」
陽菜は耳にかかる髪をかき上げ、下の野球場をキョロキョロと見渡した。さっきペットボトルロケットを飛ばすのに使ってた道具の中に、役立ちそうなものがあるんじゃないかって。大地の出した「ペットボトルロケットで風船を撃墜する」って案は、即却下したけどさ。代案も正直浮かばないし……。
みんなでため息混じりに考え込む。周りの人たちも、何か変だと気付いて、ざわざわし始めた。そんな中、羽合先生だけは涼しい顔でだんまりを決め込んでる。さすがにこの状況を打開するのに、結ちゃんの力を借りられるようにも思えない……。
「困ったなぁ……どうしよう」
重苦しい沈黙が続く中、突如閃いたのは陽菜だった。
「ねえ風間くん、ホースを巻き取るリールがあるでしょ? あれを使えばいいんじゃない?」
「そうか、なるほど!」
大地もすぐに理解した様子。
「雨宮、ナイスアイデア!」
大地はそう言うなり、陽菜の頭をぽんぽんと撫でて、一目散に駆けていった。取り残された陽菜は、少し赤面しながらもぼんやりと微笑んでいた。
数分後、大地が手に持って戻ってきたホース巻き取り用のリール。予想通り、これは完璧にマッチした。天文ドームに結んだ釣り糸の端をリールに通して、ゆっくりとハンドルを回していく。するとビューンと張り詰めていた糸が、見る見る巻き取られていった。付いてくるように、風船もすうっと地上に舞い降りる。
カプセルが「コトン」と柔らかな音を立てて屋上に着地した瞬間、今まで張り詰めていた私の緊張もほどけていくのを感じた。
「写真、ちゃんと撮れているかな」
そわそわしながら、カメラの映像をチェックする。クルクル回っているせいで酔いそうなくらいだけど、でもそれなりに景色は映っていた。
風船を見上げる人々の表情、屋上でキラキラ輝いている天文ドーム。自分の手で打ち上げた気球から見下ろす景色だからこそ味わえる、言葉にできない感動があった。
サッカー部の白熱した試合、弓道場の風雨に耐えた屋根。みんなで作った校庭の人文字だって、ちゃんと写っている。「これが航空写真です!」なんて自信を持って言えるクオリティではないけれど、それでもポストカードにプリントして、撮影をお願いしてくれた人たちに配った。すごいすごいとみんな口々に喜んでくれて、私はホッと胸をなでおろした。
結局この日は、合計3回気球を打ち上げることができた。
2回目からは、カプセルに板を取り付けたり、風船との連結に使う糸の本数を増やしたりと、回転を抑える工夫をしてみた。羽合先生は終始そばにいてくれたけど、細かい指示は出さず、ちょっと離れたところから優しく見守ってくれていた。まるで、自分で考えて行動することの大切さを、静かに教えてくれているようだった。
作業が一段落つくと、彼女は空高く上がった風船を眩しそうに見上げ、屋上の風に吹かれた。流れるような長い髪がきれいだ。
「陽菜、ほんとにありがとう。助かったよ」
「あはは、何言ってるの。――ところで澪、どうやって気球を下ろすつもり?」
そう言いながら風船を指差す陽菜。やっぱり鋭いなぁ……。写真がどう撮れたかは、カメラを回収するまでのお楽しみだもんね。
「えーと、それが……実は何も考えてなかったりして。引っ張れば降りてくるでしょ、きっと」
「ガハハ。お前、相変わらずだなァ。50メートルも引くのは大変だろ」
騒ぎを聞きつけて、大地も屋上にやってきた。彼は坊主頭をぽりぽりかきながら、しゃあない手伝ってやるよと腕まくりした。
「じゃあ、わたし引っ張るから、大地、巻き取ってくれる?」
「どれを?」
大地が不思議そうな顔で私の手元を見る。彼が見つめる私の手の、風船に続いているはずの糸が、スルスルとほどけて床に落ちていた。
「ええええーっ!?」
「お前なぁ……」
「ちょ、ちょっと、澪!?」
呆れたような声を上げる2人。やっちゃったよ、完全に。多分、風に揺さぶられるうちに結び目がほどけちゃったんだ。
でも、まだ望みはある。もう一方の糸、天文ドームの土台に結んだ方はちゃんとピンと張ったままだから!
「き、切れたらこわいけど……これを引っ張るしかない、よね」
ゴクリと生唾を飲み込む。釣り糸の耐久力は3キロくらいはあるはず。だけど、勢いよく引っ張って瞬間的にそれ以上の力がかかったら、最悪の場合、プツンと切れちゃうかも。だから、ゆっくりと、できるだけ一定の力を保ちながら、50メートル分の糸を引かなきゃいけない。
「マジかよ……リールは持ってないのか?」
「ない。釣り用のリールって結構高いから、予算オーバー」
大地は「どうすりゃいいんだよ」と呟きながら、腕を組んで難しい顔。万が一糸が切れたら、風船は宙高く舞い上がって、割れるまで二度と戻ってこない。GPSを積んでないカプセルを見つけ出すのは、ほぼ不可能に近い。
おまけに、気球を飛ばす許可も取ってないから、これが原因で法律違反になるかもしれない。まさかお姉ちゃんのノートに書いてあった最悪の事態が、現実になるなんて……。とにかく、なんとしても気を付けて、そおっと糸を引き上げるしかないよね。
「リールの代わりになるようなもの……何かないかな」
陽菜は耳にかかる髪をかき上げ、下の野球場をキョロキョロと見渡した。さっきペットボトルロケットを飛ばすのに使ってた道具の中に、役立ちそうなものがあるんじゃないかって。大地の出した「ペットボトルロケットで風船を撃墜する」って案は、即却下したけどさ。代案も正直浮かばないし……。
みんなでため息混じりに考え込む。周りの人たちも、何か変だと気付いて、ざわざわし始めた。そんな中、羽合先生だけは涼しい顔でだんまりを決め込んでる。さすがにこの状況を打開するのに、結ちゃんの力を借りられるようにも思えない……。
「困ったなぁ……どうしよう」
重苦しい沈黙が続く中、突如閃いたのは陽菜だった。
「ねえ風間くん、ホースを巻き取るリールがあるでしょ? あれを使えばいいんじゃない?」
「そうか、なるほど!」
大地もすぐに理解した様子。
「雨宮、ナイスアイデア!」
大地はそう言うなり、陽菜の頭をぽんぽんと撫でて、一目散に駆けていった。取り残された陽菜は、少し赤面しながらもぼんやりと微笑んでいた。
数分後、大地が手に持って戻ってきたホース巻き取り用のリール。予想通り、これは完璧にマッチした。天文ドームに結んだ釣り糸の端をリールに通して、ゆっくりとハンドルを回していく。するとビューンと張り詰めていた糸が、見る見る巻き取られていった。付いてくるように、風船もすうっと地上に舞い降りる。
カプセルが「コトン」と柔らかな音を立てて屋上に着地した瞬間、今まで張り詰めていた私の緊張もほどけていくのを感じた。
「写真、ちゃんと撮れているかな」
そわそわしながら、カメラの映像をチェックする。クルクル回っているせいで酔いそうなくらいだけど、でもそれなりに景色は映っていた。
風船を見上げる人々の表情、屋上でキラキラ輝いている天文ドーム。自分の手で打ち上げた気球から見下ろす景色だからこそ味わえる、言葉にできない感動があった。
サッカー部の白熱した試合、弓道場の風雨に耐えた屋根。みんなで作った校庭の人文字だって、ちゃんと写っている。「これが航空写真です!」なんて自信を持って言えるクオリティではないけれど、それでもポストカードにプリントして、撮影をお願いしてくれた人たちに配った。すごいすごいとみんな口々に喜んでくれて、私はホッと胸をなでおろした。
結局この日は、合計3回気球を打ち上げることができた。
2回目からは、カプセルに板を取り付けたり、風船との連結に使う糸の本数を増やしたりと、回転を抑える工夫をしてみた。羽合先生は終始そばにいてくれたけど、細かい指示は出さず、ちょっと離れたところから優しく見守ってくれていた。まるで、自分で考えて行動することの大切さを、静かに教えてくれているようだった。
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