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第2章「秋」

5.すじ雲サスペンス(4)

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 喫茶店を出た先生たちが向かった先は、また意味不明。

 ――釣具屋?

 先生に釣りの趣味があったなんて、初耳だった。しかもその店、めちゃくちゃ狭い。入ったら絶対バレる。わざわざ変装して尾行した意味がない。

「もうちょっと泳がせておこう」って結ちゃんと意見が一致して、通りの街路樹の陰に隠れて、2人が出てくるのを待つことにした。

 その間に、これまでに集めた情報を整理してみる。私の推理はこうかな。

 ――A子は先生の大学時代の後輩で、付き合ってる彼女。仕事で海外に行ってて、今月やっと帰ってきたばっかり。だから最近になって2人の目撃情報が急増したんだ。たまたま早く上がれた今日は、思い出の店でまったりデート。古い交換日記を見ながら、昔話に花を咲かせてるってわけ。

「問題は、ここからだよね」
「先輩、こうじゃないですかね?」

 ――遠距離恋愛を乗り越えて、先生がついにプロポーズ。来週末には彼女の実家に挨拶の予定。A子は、口下手な彼氏を思って一計を案じた。「お父さんとの共通の趣味、釣りで仲良くなれたらいいのに」ってね。もちろん釣具の手土産も忘れずに、と。

「――ってのはどうでしょう?」

 結ちゃんが得意げに言う。

「さすが演劇部だね」と私もヨイショしてみる。
 でも確かに、筋は通ってるし、説得力はある。ハァ……やっぱり先生も私とは違う大人の世界の住人なんだな……。自然と、もう一つ小さなため息が漏れた。

「なかなか出てこないね……」

 もう待ちくたびれちゃって、ちょっとだけ様子を見に行こうかなと茂みから出た。自動ドアの前に立って、いよいよ店に入ろうとしたその瞬間、中から先生とA子が出てきた。

「うわっ!」

 思いっきり鉢合わせ。目があっちゃダメ! 私は咄嗟にうつむいた。
 このまますれ違えますように――なんて祈りながら、目を閉じる。

「おっ、霜連? こんなところでどうしたの?」
「ひっ!? 人違いですよ?」

 下手くそな演技しかできない。いつもの行き当たりばったりが仇になった。頭の中が真っ白になって、体が固まっちゃう。先生は訝しげな顔で、私を上から下までジロジロ眺めてる。

「どうした? スーツなんて着て?」

 しまった、バレた。もう開き直るしか……。

「もう、先生こそ、何してるんですか!? こんなとこで!」
「何って、買い物だけど」
「釣り、先生の趣味じゃないですよね。プレゼント買ったんですか?」
「は? 何のこと?」

 私たちのちぐはぐなやり取りを面白そうに見ていたA子が、会話に割って入ってきた。

「ーーもしかして……この子が、澪ちゃん?」
「そうだよ」

 先生が短く答える。その反応を見て、私は直感した。

「霜連、星野。紹介するね。君たちのOGの、月城さんだよ」
「初めまして。二人とも、その格好、文化祭の衣装? アハハ」

 底抜けに明るい声。名前も経歴も、もうどうだっていい。私の目に飛び込んできたのは、月城さんの薬指にきらりと光る指輪だった。

(私、なんて馬鹿だったの……)

 頭の中で、先生とA子のやり取りを勝手に想像する。

「最近、俺に声かけてきてる子がいてさ、ハハハ」「昴くん人気者ね。でも生徒には手を出しちゃ駄目よ」「わかってるよ、そのくらい」……そんなやり取りを妄想しては、自分の愚かさに腹が立ってくる。

 先生にとって特別な存在だなんて思い上がっていた私。でもそれは全部、幻想だったんだ。私なんて所詮、たくさんいる生徒の中の、ただの一人にすぎないのに。

 店を出た私たちは、川沿いの遊歩道を4人で歩いた。月城さんも学校に来るらしい。月城さんは「懐かしいなぁ」なんて言いながら、先生と楽しそうに話してる。その後ろをテクテクついていく私。しょんぼりと肩を落としていた私を、結ちゃんが手を引いて励ましながら歩いてくれた。こんな状況になるくらいなら、最初から尾行なんてするんじゃなかった……。

「はぁ……」

 ため息がこぼれる。1時間前に戻れたらなぁ。あの頃の無邪気な自分に戻れたら、こんな苦しい思いしないで済んだのに。ずっと片思いのままでもいいやって思ってたんだ。相手に想いが届かなくたって、好きな気持ちは変わらないって、そう信じられたから。でも、今となっては、もうそんな純粋な気持ちも持てそうにない。

(お姉ちゃん……今までずっとお姉ちゃんをライバル視してたけど、違ったんだね)

 高くなった秋空を見上げると、きれいなすじ雲。あの日の気球が見た空とよく似ている。私とお姉ちゃんって、やっぱり似た者同士なのかな……。同じ失恋を経験した者として、お姉ちゃんを思う。同情とも親近感ともつかない、複雑な感情を抱きながら。

「やっぱり澪ちゃんは綾ちゃんに似てますね」

 月城さんのその言葉に、はっと我に返る。

「ね、そう思いません? 羽合先輩?」

 彼女がそう言葉を継いだ時、私は困惑した。だって、婚約者のことを「先輩」なんて呼ぶ? 明らかに不自然じゃない。ひょっとして、本当にひょっとするのかもしれない。

「お二人とも、結婚の準備で忙しいのに、お邪魔してごめんなさい」

 そう切り出すと、案の定、先生と月城さんが怪訝そうに顔を見合わせた。

「あのさ、霜連。何か勘違いしてないかい?」
「えっ、先生、結婚するんじゃないんですか?」

 すると月城さんは「あぁ、これのことかな?」と薬指を見せた。先生は苦笑しながら、頭をかいた。

「あぁ、月城さんね、最近結婚したんだよ。俺じゃないよ。ハハッ。俺よりずっと素敵な人とね」
「ええっ!? どういうこと……ですか!?」
「とにかく、詳しい話は理科室で。風間や雨宮にも、紹介したいからね」
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