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第2章「秋」
4.ひつじ雲・イン・トラブル(7)
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優勝者は、夕方に行われる閉幕式で発表されることになっていた。
しばしの待ち時間。ひとしきり泣いたあとふさぎ込んでしまった星野さん。私と陽菜はそんな彼女を誘い出し、ファミレスに向かった。お祭り騒ぎの表通りを望むボックスシート。こういうときは、甘いものに限る。
彼女が情けない声で「まだお腹の具合がおかしいです」と言って席を立ったすきに、私はここぞとばかりに陽菜に話しかけた。
「陽菜、正直に言うと……私、星野さんが優勝するべきだったと思うんだ。あの実力なら、本来なら私たちなんかに負けるはずがないもん」
言いにくい本音を小さな声でつぶやくと、陽菜も同意するように頷いた。
「あ、澪もそう思った?」
「うん。だってそうでしょ? 彼女のほうがきっと何倍も努力してきてるし、実際に実力もある。それに、着ぐるみの演技にも、ぴったりじゃない?」
本当は羽合先生にも相談したかったけど、残念ながら先生は「ごめん、先に帰らないと。明日の授業の準備があるんだ」って。せっかくレストランに誘ったのにさ。はぁ……隣にいる大地なんて、全然頼りにならないしなぁ。
「だいたいよ、澪。これって、お前が本気でやりたかったことなのか?」
「えっ……」
大地は坊主頭をかきながら、照れくさそうに私を指差した。野球部みたいな顔して――もとい、野球部顔の理科部員のくせして、こういうときは内角を深くえぐるような言葉を放ってくる。
「いや、長いことお前のことを見てきたけどさ。今回は、どうも本気を感じねぇ」
「そうかなぁ……。でも、陽菜とのダンス、すっごく楽しかったよ」
つい反論したくなって、ホットケーキを大きくほおばる。まるで子どものように。大地は呆れた様子で陽菜のほうをチラッと見た。
「ま、俺はよくわからんが、ダンスは良かった――なんていうか、可愛いかった」
そんな大地の言葉に、陽菜はあっという間に顔を真っ赤にして、うつむいてしまう。はにかむ仕草がまた可愛いんだけど。
「結局さ、気まぐれで、ちょっと遊びで応募してみたってところじゃないのか?」
「うーん……そうとも言えるかも……」
「なんでそんなに、着ぐるみのパンダになりたかったわけ? 星野の方があのコスチューム似合いそうなのに」
ステージから戻ってきた星野さんの顔を思い出す。悔しさと無念さで歪んだ表情。あの時の彼女の涙は、私の心にも突き刺さった。
「だ、だって! そんな風に詰め寄られても、う、うまく説明できないよ。…………確かにきっかけはあんたの言うとおりだったかもしれない。けどさ、私……」
「まあ落ち着けって」
大地があんみつを一気に頬張り、むせる。
「あんたが落ち着きなさい」
「ーーで、優勝してパンダになった後のこと、ちゃんと考えてんのかよ?」
「は? そんなの考えてないよ! そりゃあ、SNSでバズって有名人の仲間入りとかじゃん?」
「はぁ……。なんちゅう無計画。ま、そんなこったろうと思ったよ。お前のことだからな」
手元に目を落とした。閉幕式で読み上げるからと、学校名と氏名を書くように運営スタッフから渡された紙。これが公表されてしまえば、もうあとには引けない。
「お前が今日、ほんとうにしなきゃなんないことは何だよ?」
彼が不機嫌そうに言うのにも、なんだか一理ある気がした。
――そういえば今日って、誰かの大切な日だったような……。誰の何の日だったっけ? 思い出せない……。
ふと我に返ると、店内ではハッピーバースデーの歌が流れていた。となりの席では、家族に囲まれた男の子が目をキラキラさせながら、ケーキに灯ったろうそくの炎を見つめている。「わぁ、おめでとー!」と歓声が上がる。誕生日パーティーか……。素敵だな、こういうの憧れちゃう!
――あっ!
すぐに立ち上がり
「大地、ゴメン。でも、ありがと」
とだけ言い残して走り去る。
店を飛び出したところで、入れ違いに入ってきた星野さんとすれ違った。
「え、先輩? どこ行くんですか!?」
星野さんの驚いた声が背中に突き刺さる。本当にごめん、星野さん。今はそれどころじゃないの。また後で謝るから! そう心の中で呟きながら、私は一目散に駆け抜けた。向かう先はたった一つ。一刻も早く、あの人に会わなきゃ。
しばしの待ち時間。ひとしきり泣いたあとふさぎ込んでしまった星野さん。私と陽菜はそんな彼女を誘い出し、ファミレスに向かった。お祭り騒ぎの表通りを望むボックスシート。こういうときは、甘いものに限る。
彼女が情けない声で「まだお腹の具合がおかしいです」と言って席を立ったすきに、私はここぞとばかりに陽菜に話しかけた。
「陽菜、正直に言うと……私、星野さんが優勝するべきだったと思うんだ。あの実力なら、本来なら私たちなんかに負けるはずがないもん」
言いにくい本音を小さな声でつぶやくと、陽菜も同意するように頷いた。
「あ、澪もそう思った?」
「うん。だってそうでしょ? 彼女のほうがきっと何倍も努力してきてるし、実際に実力もある。それに、着ぐるみの演技にも、ぴったりじゃない?」
本当は羽合先生にも相談したかったけど、残念ながら先生は「ごめん、先に帰らないと。明日の授業の準備があるんだ」って。せっかくレストランに誘ったのにさ。はぁ……隣にいる大地なんて、全然頼りにならないしなぁ。
「だいたいよ、澪。これって、お前が本気でやりたかったことなのか?」
「えっ……」
大地は坊主頭をかきながら、照れくさそうに私を指差した。野球部みたいな顔して――もとい、野球部顔の理科部員のくせして、こういうときは内角を深くえぐるような言葉を放ってくる。
「いや、長いことお前のことを見てきたけどさ。今回は、どうも本気を感じねぇ」
「そうかなぁ……。でも、陽菜とのダンス、すっごく楽しかったよ」
つい反論したくなって、ホットケーキを大きくほおばる。まるで子どものように。大地は呆れた様子で陽菜のほうをチラッと見た。
「ま、俺はよくわからんが、ダンスは良かった――なんていうか、可愛いかった」
そんな大地の言葉に、陽菜はあっという間に顔を真っ赤にして、うつむいてしまう。はにかむ仕草がまた可愛いんだけど。
「結局さ、気まぐれで、ちょっと遊びで応募してみたってところじゃないのか?」
「うーん……そうとも言えるかも……」
「なんでそんなに、着ぐるみのパンダになりたかったわけ? 星野の方があのコスチューム似合いそうなのに」
ステージから戻ってきた星野さんの顔を思い出す。悔しさと無念さで歪んだ表情。あの時の彼女の涙は、私の心にも突き刺さった。
「だ、だって! そんな風に詰め寄られても、う、うまく説明できないよ。…………確かにきっかけはあんたの言うとおりだったかもしれない。けどさ、私……」
「まあ落ち着けって」
大地があんみつを一気に頬張り、むせる。
「あんたが落ち着きなさい」
「ーーで、優勝してパンダになった後のこと、ちゃんと考えてんのかよ?」
「は? そんなの考えてないよ! そりゃあ、SNSでバズって有名人の仲間入りとかじゃん?」
「はぁ……。なんちゅう無計画。ま、そんなこったろうと思ったよ。お前のことだからな」
手元に目を落とした。閉幕式で読み上げるからと、学校名と氏名を書くように運営スタッフから渡された紙。これが公表されてしまえば、もうあとには引けない。
「お前が今日、ほんとうにしなきゃなんないことは何だよ?」
彼が不機嫌そうに言うのにも、なんだか一理ある気がした。
――そういえば今日って、誰かの大切な日だったような……。誰の何の日だったっけ? 思い出せない……。
ふと我に返ると、店内ではハッピーバースデーの歌が流れていた。となりの席では、家族に囲まれた男の子が目をキラキラさせながら、ケーキに灯ったろうそくの炎を見つめている。「わぁ、おめでとー!」と歓声が上がる。誕生日パーティーか……。素敵だな、こういうの憧れちゃう!
――あっ!
すぐに立ち上がり
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とだけ言い残して走り去る。
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「え、先輩? どこ行くんですか!?」
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