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第1章「夏」
3.積乱雲キューピッド(1)
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心待ちにしていた夏の天体観測合宿。長い準備期間を経て、ついに実現の運びとなった。
電車を乗り継ぎ、山道をバスで登ること1時間。たどり着いたのは、小高い山の上に佇むキャンプ場だった。周囲に人家はなく、星空観測に最適の暗さが約束される。広々とした芝生の広場もあり、流星群を眺めるにはうってつけの環境だ。
宿泊施設はコテージ。水道、電源、シャワーも完備で、女子には嬉しい限り。いつもの八ヶ岳ではなく少し不満げな澪をなだめるため、羽合先生が見つけてきてくれた高規格キャンプ場なのだ。
「すげえ! こんな所、よく借りられたもんだ」
リビングの広さに感嘆しながら、大地が振り返る。さすがに私と羽合先生の2人きりで合宿というわけにはいかず、心強い仲間として、大地と陽菜も同行してくれていたのだ。
木のぬくもりが感じられるコテージは、まるで別荘にいるようなリラックスした雰囲気。
「えへへ、せっかく最後の合宿だもんね。思い切って部費の残金全部はたいちゃった!」
男女で部屋を分け、荷ほどきを済ませるとすぐにキッチンで夕飯の支度を始める。メニューは自炊だ。食材は事前にスーパーでしっかり買い込んである。電源がある今回のキャンプで最も重要な調理器具、炊飯器は大地が家から持参してくれた。
「で、今夜のメニューは?」
「もちろんカレーだよ! 天文部合宿の鉄板料理なんだから」
キッチンの隅で、羽合先生が必死に戸棚をごそごそと探り回っている。「先生、何してるんですか?」
「あれ、秤はどこだ……」
「はぁ? なぜ? 何に使うんですか?」
「カレーを作るのに決まってるだろう」
「はぁ?」
どうやら先生は、料理を科学実験か何かと勘違いしているらしい。
「あはは、大丈夫ですって。先生、生活力皆無すぎません?」
「合理的なライフスタイルと言ってもらいたいものだが……」
「はいはい。別にグラム単位でキッチリ計らなくてもいいんです。イイカゲンが『良い加減』ってやつですよ。あはは」
そう言ってジャガイモの皮むき用のピーラーを手渡すと、眉をひそめる羽合先生。これくらいなら出来るでしょ、と無言で意地悪な視線を送りつつ、私は私で、自分の探し物を続けた。
「あれ? 買い忘れたっけ……」「おかしいなあ、確かこの辺に……」「も~、どこ行っちゃったのよ~」
買ったはずの材料、置いたはずの場所。何度探しても見つからない。
「そういえば先生、さっき『これは俺の分な』って大量に買ってませんでしたっけ?」
「何?」
「ね、1つくらい分けてくれません? チョコレート」
「えっ……うーん、それは無理」
「は? なんで? あれ全部ひとりで食べるつもりですか?」
「そういう訳じゃないけど……」
口数が減った羽合先生。私はここぞとばかりにジト目で疑いの目を向ける。
「何か言えない理由でもあるんですか? 子供っぽい……」
「霜連こそ、今すぐ必要なのかい? あ、腹が減ったのか?」
「違いますって! 先生こそーーあ、もしかして! またお姉ちゃん絡みですか? 2人の思い出のチョコとか?」
「ち、違うよ……」
「はいはい、どうせ先生はそればっかなんでしょ? もう6年も前に亡くなった人のことを、未だにグジグジと……」
「お、おい」
「お姉ちゃんの気球、お姉ちゃんの夢、お姉ちゃんの妹……」
まるで堰を切ったように、言いたくもない言葉が口から溢れ出してしまう。
「もう少し、今目の前にいる人にも気を配れっての!」
怒りに震える声。それでも涙は出ない。勢いのまま、エプロンを乱暴に放り投げると、私はコテージを後にした。
電車を乗り継ぎ、山道をバスで登ること1時間。たどり着いたのは、小高い山の上に佇むキャンプ場だった。周囲に人家はなく、星空観測に最適の暗さが約束される。広々とした芝生の広場もあり、流星群を眺めるにはうってつけの環境だ。
宿泊施設はコテージ。水道、電源、シャワーも完備で、女子には嬉しい限り。いつもの八ヶ岳ではなく少し不満げな澪をなだめるため、羽合先生が見つけてきてくれた高規格キャンプ場なのだ。
「すげえ! こんな所、よく借りられたもんだ」
リビングの広さに感嘆しながら、大地が振り返る。さすがに私と羽合先生の2人きりで合宿というわけにはいかず、心強い仲間として、大地と陽菜も同行してくれていたのだ。
木のぬくもりが感じられるコテージは、まるで別荘にいるようなリラックスした雰囲気。
「えへへ、せっかく最後の合宿だもんね。思い切って部費の残金全部はたいちゃった!」
男女で部屋を分け、荷ほどきを済ませるとすぐにキッチンで夕飯の支度を始める。メニューは自炊だ。食材は事前にスーパーでしっかり買い込んである。電源がある今回のキャンプで最も重要な調理器具、炊飯器は大地が家から持参してくれた。
「で、今夜のメニューは?」
「もちろんカレーだよ! 天文部合宿の鉄板料理なんだから」
キッチンの隅で、羽合先生が必死に戸棚をごそごそと探り回っている。「先生、何してるんですか?」
「あれ、秤はどこだ……」
「はぁ? なぜ? 何に使うんですか?」
「カレーを作るのに決まってるだろう」
「はぁ?」
どうやら先生は、料理を科学実験か何かと勘違いしているらしい。
「あはは、大丈夫ですって。先生、生活力皆無すぎません?」
「合理的なライフスタイルと言ってもらいたいものだが……」
「はいはい。別にグラム単位でキッチリ計らなくてもいいんです。イイカゲンが『良い加減』ってやつですよ。あはは」
そう言ってジャガイモの皮むき用のピーラーを手渡すと、眉をひそめる羽合先生。これくらいなら出来るでしょ、と無言で意地悪な視線を送りつつ、私は私で、自分の探し物を続けた。
「あれ? 買い忘れたっけ……」「おかしいなあ、確かこの辺に……」「も~、どこ行っちゃったのよ~」
買ったはずの材料、置いたはずの場所。何度探しても見つからない。
「そういえば先生、さっき『これは俺の分な』って大量に買ってませんでしたっけ?」
「何?」
「ね、1つくらい分けてくれません? チョコレート」
「えっ……うーん、それは無理」
「は? なんで? あれ全部ひとりで食べるつもりですか?」
「そういう訳じゃないけど……」
口数が減った羽合先生。私はここぞとばかりにジト目で疑いの目を向ける。
「何か言えない理由でもあるんですか? 子供っぽい……」
「霜連こそ、今すぐ必要なのかい? あ、腹が減ったのか?」
「違いますって! 先生こそーーあ、もしかして! またお姉ちゃん絡みですか? 2人の思い出のチョコとか?」
「ち、違うよ……」
「はいはい、どうせ先生はそればっかなんでしょ? もう6年も前に亡くなった人のことを、未だにグジグジと……」
「お、おい」
「お姉ちゃんの気球、お姉ちゃんの夢、お姉ちゃんの妹……」
まるで堰を切ったように、言いたくもない言葉が口から溢れ出してしまう。
「もう少し、今目の前にいる人にも気を配れっての!」
怒りに震える声。それでも涙は出ない。勢いのまま、エプロンを乱暴に放り投げると、私はコテージを後にした。
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