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第1章「夏」
1.わた雲ソフトクリーム(2)
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「よっ、澪! 待ってたぜ」
理科室の引き戸を勢いよく開けると、幼なじみの風間大地が元気よく手を振った。「こっちこっち」と促されるまま、私と陽菜は教卓脇の実験テーブルについた。
「ねえ大地、まさかこのメール、あんたのイタズラ?」
私は不審げに尋ねた。
「違うって。昨日の放課後、理科部のアドレスに届いたんだよ」
大地は理科部部長らしからぬ短髪をわしゃわしゃとかき回しながら言った。そう言って、例のメールが表示されたタブレットを私に差し出す。
「昨日って……ありえない。だって、大地も知ってるよね。お姉ちゃんはさ、6年前に――」
亡くなっている。お姉ちゃんがちょうど、高校3年生のときに。
私の言葉に、大地と陽菜の表情が曇った。
「ま、落ち着こうぜ。で、このメアドはあってんのか?」
大地がメールアドレスを指差して尋ねる。画面を見つめ、私は頷いた。
「うん……間違いない。でも、どういうこと……?」
「さあな。オレにもわかんねえよ。でもな、理科部の頭脳集団がもう解読に取り掛かってるから、すぐ何とかなるさ」
そう言いながら大地が振り返ると、黒板には難解な数式とマニアックな記号がびっしりと並んでいた。それを囲むようにして、部員たちが白熱した議論を交わしている。その光景を見ていたら、なんだかほっこりとした気分になってきた。
「みんな頑張ってるねー、部長以外。あはは」
私は皮肉っぽく言って笑った。
「でもよお、オレがメアドに気づかなきゃ、今頃はスパムメールと一緒にポイよ。どうよオレの貢献でかくね?」
ドヤ顔で言い放つ大地に、私は呆れつつも感謝の気持ちを覚えずにはいられない。
「はいはい、わかったから。で、大地的にはこのメール、何だと思う? やっぱ幽霊とか?」
そう言いながら、私は黒光りした実験テーブルを挟んで向かい側の大地にタブレットを滑らせた。
「ガッハッハ! まあ、幽霊の線も0じゃないけどさ、たぶん、何らかの理由でネット空間をさまよってたデータの塊が、今になって届いただけじゃね?」
「ひぃっ! や、やっぱり幽霊なの……?」
顔を真っ赤にして俯いていた陽菜が、突然立ち上がって叫んだ。
「ははは、雨宮らしくないな! いつもは物静かなのに。まあ、落ち着けって」
大地が笑いながら陽菜をなだめる。その言葉に、陽菜はますます顔を赤くして、無言のまま席に座り直した。
「常識的に考えると、送信元のパソコンが何かのきっかけで急に動き出した、ってとこだろうね。もしくは……」
「もしくは……?」
私は身を乗り出すようにして、大地の言葉を待った。
「6年前、澪の姉さんが理科部で取り組んでた研究と、何か関係あるのかもしれねえな」
(大地は見た目こそ体育会系だけど、実はメチャクチャ頭切れるんだよね……)
そう思いながら、私は大地の面倒くさそうな顔つきを観察していた。大地という名前とは裏腹に天真爛漫な性格。でも子供の頃から理科やパソコンが得意で、ピンチの時は鋭い洞察力を発揮する。
「澪。何か心当たりないか?」
いつもと違って真剣な眼差しの大地。私は一瞬で、これは本気でヤバイ話なのかもしれないと直感した。必死に記憶をたどってみる。けれど、やっぱり何も思い出せない。
「私、その頃まだ小学生だったもん。お姉ちゃんが高校で何してたのか、全然知らないし……」
私は無力感にさいなまれながら、小さな声で言った。
「だよな……」
大地は残念そうに肩を落とした。申し訳なさそうにする大地を見て、私は何だか胸が痛んだ。
「あ、でもね、羽合先生なら、なにか知ってるかも」
「物理の? どうして?」
大地が怪訝そうに眉をひそめる。
「えっ、あ、いや……本当なら最後の手段にするつもりだったんだけどさーー」
「ああん? 歯切れ悪いな。何だ、話しにくいことなのか?」
「あ、あのさ、羽合先生ってうちの高校の卒業生なんだよね。お姉ちゃんが高2で理科部の部長やってた時、先生は3年生で天文部にいたらしいの」
「なるほどね。昔から理科部と天文部って仲良しだったみたいだしな」
仲良かったのは別の理由があるんだけどね――。私は心のなかでうそぶいた。
「ーーそれで、澪のぼっち天文部のほうがどうなんだ?」
「えっ?」
私は思わず間の抜けた声を出してしまった。
「夜に活動できなくて、昼間だけなんだろ? まさか、雲の観察でもしてんのか? ハッハ」
からかうような大地の言葉に、思わず頬が火照る。
「ち、違うって! 失礼しちゃう!」
思わず声を荒げてしまう。大地を真面目に相手にするんじゃなかった……後悔しつつ、陽菜と一緒に帰る約束をして理科室をあとにした。
理科室の引き戸を勢いよく開けると、幼なじみの風間大地が元気よく手を振った。「こっちこっち」と促されるまま、私と陽菜は教卓脇の実験テーブルについた。
「ねえ大地、まさかこのメール、あんたのイタズラ?」
私は不審げに尋ねた。
「違うって。昨日の放課後、理科部のアドレスに届いたんだよ」
大地は理科部部長らしからぬ短髪をわしゃわしゃとかき回しながら言った。そう言って、例のメールが表示されたタブレットを私に差し出す。
「昨日って……ありえない。だって、大地も知ってるよね。お姉ちゃんはさ、6年前に――」
亡くなっている。お姉ちゃんがちょうど、高校3年生のときに。
私の言葉に、大地と陽菜の表情が曇った。
「ま、落ち着こうぜ。で、このメアドはあってんのか?」
大地がメールアドレスを指差して尋ねる。画面を見つめ、私は頷いた。
「うん……間違いない。でも、どういうこと……?」
「さあな。オレにもわかんねえよ。でもな、理科部の頭脳集団がもう解読に取り掛かってるから、すぐ何とかなるさ」
そう言いながら大地が振り返ると、黒板には難解な数式とマニアックな記号がびっしりと並んでいた。それを囲むようにして、部員たちが白熱した議論を交わしている。その光景を見ていたら、なんだかほっこりとした気分になってきた。
「みんな頑張ってるねー、部長以外。あはは」
私は皮肉っぽく言って笑った。
「でもよお、オレがメアドに気づかなきゃ、今頃はスパムメールと一緒にポイよ。どうよオレの貢献でかくね?」
ドヤ顔で言い放つ大地に、私は呆れつつも感謝の気持ちを覚えずにはいられない。
「はいはい、わかったから。で、大地的にはこのメール、何だと思う? やっぱ幽霊とか?」
そう言いながら、私は黒光りした実験テーブルを挟んで向かい側の大地にタブレットを滑らせた。
「ガッハッハ! まあ、幽霊の線も0じゃないけどさ、たぶん、何らかの理由でネット空間をさまよってたデータの塊が、今になって届いただけじゃね?」
「ひぃっ! や、やっぱり幽霊なの……?」
顔を真っ赤にして俯いていた陽菜が、突然立ち上がって叫んだ。
「ははは、雨宮らしくないな! いつもは物静かなのに。まあ、落ち着けって」
大地が笑いながら陽菜をなだめる。その言葉に、陽菜はますます顔を赤くして、無言のまま席に座り直した。
「常識的に考えると、送信元のパソコンが何かのきっかけで急に動き出した、ってとこだろうね。もしくは……」
「もしくは……?」
私は身を乗り出すようにして、大地の言葉を待った。
「6年前、澪の姉さんが理科部で取り組んでた研究と、何か関係あるのかもしれねえな」
(大地は見た目こそ体育会系だけど、実はメチャクチャ頭切れるんだよね……)
そう思いながら、私は大地の面倒くさそうな顔つきを観察していた。大地という名前とは裏腹に天真爛漫な性格。でも子供の頃から理科やパソコンが得意で、ピンチの時は鋭い洞察力を発揮する。
「澪。何か心当たりないか?」
いつもと違って真剣な眼差しの大地。私は一瞬で、これは本気でヤバイ話なのかもしれないと直感した。必死に記憶をたどってみる。けれど、やっぱり何も思い出せない。
「私、その頃まだ小学生だったもん。お姉ちゃんが高校で何してたのか、全然知らないし……」
私は無力感にさいなまれながら、小さな声で言った。
「だよな……」
大地は残念そうに肩を落とした。申し訳なさそうにする大地を見て、私は何だか胸が痛んだ。
「あ、でもね、羽合先生なら、なにか知ってるかも」
「物理の? どうして?」
大地が怪訝そうに眉をひそめる。
「えっ、あ、いや……本当なら最後の手段にするつもりだったんだけどさーー」
「ああん? 歯切れ悪いな。何だ、話しにくいことなのか?」
「あ、あのさ、羽合先生ってうちの高校の卒業生なんだよね。お姉ちゃんが高2で理科部の部長やってた時、先生は3年生で天文部にいたらしいの」
「なるほどね。昔から理科部と天文部って仲良しだったみたいだしな」
仲良かったのは別の理由があるんだけどね――。私は心のなかでうそぶいた。
「ーーそれで、澪のぼっち天文部のほうがどうなんだ?」
「えっ?」
私は思わず間の抜けた声を出してしまった。
「夜に活動できなくて、昼間だけなんだろ? まさか、雲の観察でもしてんのか? ハッハ」
からかうような大地の言葉に、思わず頬が火照る。
「ち、違うって! 失礼しちゃう!」
思わず声を荒げてしまう。大地を真面目に相手にするんじゃなかった……後悔しつつ、陽菜と一緒に帰る約束をして理科室をあとにした。
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