103 / 328
0103★ネズミーランドは危険がいっぱい?13 呪文書は11で全種類のようです
しおりを挟むカルロが咳払いをすると、潮が引いたように女中たちがいなくなった。いまだナイフとフォークを突き立てたまま現実を受け入れられない俺に、カルロはカラッとした声色で言う。
「大失敗でしたね」
「でも料理は喜んでもらえた」
「そう……でしょうか……?」
ほとんど手をつけられていない料理を一切れ口に放り込む。
「祝杯でもこんな料理を食べたことないと言っていたではないか。カルロ、節約に付き合わせて悪かったな」
俺は立ち上がり、甲冑の前に歩きだす。
「カルロ、馬車はもう用意されているのか?」
「はい。昼過ぎからずっと待たせてあります」
「もう少しだけ待たせることはできないだろうか」
目の前の甲冑は美しいが、やはり幼少の頃に思い描いていたそれより劣っているように感じる。それなのにこれを纏ったアンドリューを想像すると、つい手が伸びてしまうから不思議だ。
「リノール様」
「そうか、素手で触っては……」
「違います。往生際が悪うございます」
カルロの言葉にガツンと殴られたような気分になる。それが伝わったのかカルロはまごまごとしはじめた。
「リノール様の気持ちもよくわかりますが、こうなってしまっては修復できない絆もございます。こんなことを繰り返しては、あとでアンドリュー様も……」
カルロはこの屋敷で唯一、俺の立たされている苦境を知る人物だ。そしてこんなにもつれてしまった兄弟の関係に、双方の悪意がないことを知る者もまた、彼ひとり。
「じゃあ……」
俺は甲冑をゆっくりと抱きしめる。
これが生身のアンドリューだったらどんなによかっただろうか。
父が急逝してから5年。あの日見た抱擁を願ってきたが、遂に叶えることはできなかった。
「リノール様……」
「いいではないか……どうせ叙任の儀式なんて無いんだ……」
正確に言えば、この甲冑だって無用の長物だ。
叙任の儀式そのものがアンドリューをこの家に呼び戻す口実であり、この甲冑は──。
「馬上槍試合、見てみたかったな……」
つまりは自己満足だった。アンドリューから母親を奪った罪や、2年も従騎士として放り出した罪を、こんなもので償えるとは思っていない。
本当の贖いは今、外に待たせている馬車にこそある。
「わかりました。運転手に仮眠をとるよう、屋敷に招き入れます。しかし朝には必ず到着していなくてはなりませんよ」
「カルロ……」
「アンドリュー様とお別れができたら、そのまま馬車に乗り込んでください。私とも、ここでお別れです」
「カルロ……本当に今まで苦労をかけた……アンドリューを……アンドリューを……」
「リノール様も、自身の幸福をお求めください。カルロは毎日お祈りいたします」
カルロと抱擁を交わしたら、アンドリューの部屋へ走りだす。
出迎えでも、食事でも、奇跡は起きなかった。
しかし人はなぜ、その確率を無視してまで奇跡を信じるのだろうか。
「大失敗でしたね」
「でも料理は喜んでもらえた」
「そう……でしょうか……?」
ほとんど手をつけられていない料理を一切れ口に放り込む。
「祝杯でもこんな料理を食べたことないと言っていたではないか。カルロ、節約に付き合わせて悪かったな」
俺は立ち上がり、甲冑の前に歩きだす。
「カルロ、馬車はもう用意されているのか?」
「はい。昼過ぎからずっと待たせてあります」
「もう少しだけ待たせることはできないだろうか」
目の前の甲冑は美しいが、やはり幼少の頃に思い描いていたそれより劣っているように感じる。それなのにこれを纏ったアンドリューを想像すると、つい手が伸びてしまうから不思議だ。
「リノール様」
「そうか、素手で触っては……」
「違います。往生際が悪うございます」
カルロの言葉にガツンと殴られたような気分になる。それが伝わったのかカルロはまごまごとしはじめた。
「リノール様の気持ちもよくわかりますが、こうなってしまっては修復できない絆もございます。こんなことを繰り返しては、あとでアンドリュー様も……」
カルロはこの屋敷で唯一、俺の立たされている苦境を知る人物だ。そしてこんなにもつれてしまった兄弟の関係に、双方の悪意がないことを知る者もまた、彼ひとり。
「じゃあ……」
俺は甲冑をゆっくりと抱きしめる。
これが生身のアンドリューだったらどんなによかっただろうか。
父が急逝してから5年。あの日見た抱擁を願ってきたが、遂に叶えることはできなかった。
「リノール様……」
「いいではないか……どうせ叙任の儀式なんて無いんだ……」
正確に言えば、この甲冑だって無用の長物だ。
叙任の儀式そのものがアンドリューをこの家に呼び戻す口実であり、この甲冑は──。
「馬上槍試合、見てみたかったな……」
つまりは自己満足だった。アンドリューから母親を奪った罪や、2年も従騎士として放り出した罪を、こんなもので償えるとは思っていない。
本当の贖いは今、外に待たせている馬車にこそある。
「わかりました。運転手に仮眠をとるよう、屋敷に招き入れます。しかし朝には必ず到着していなくてはなりませんよ」
「カルロ……」
「アンドリュー様とお別れができたら、そのまま馬車に乗り込んでください。私とも、ここでお別れです」
「カルロ……本当に今まで苦労をかけた……アンドリューを……アンドリューを……」
「リノール様も、自身の幸福をお求めください。カルロは毎日お祈りいたします」
カルロと抱擁を交わしたら、アンドリューの部屋へ走りだす。
出迎えでも、食事でも、奇跡は起きなかった。
しかし人はなぜ、その確率を無視してまで奇跡を信じるのだろうか。
0
お気に入りに追加
605
あなたにおすすめの小説

どーでもいいからさっさと勘当して
水
恋愛
とある侯爵貴族、三兄妹の真ん中長女のヒルディア。優秀な兄、可憐な妹に囲まれた彼女の人生はある日をきっかけに転機を迎える。
妹に婚約者?あたしの婚約者だった人?
姉だから妹の幸せを祈って身を引け?普通逆じゃないっけ。
うん、まあどーでもいいし、それならこっちも好き勝手にするわ。
※ザマアに期待しないでください

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。
ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。
※短いお話です。
※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので
sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。
早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。
なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。
※魔法と剣の世界です。
※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします
柚木ゆず
恋愛
※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。
我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。
けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。
「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」
そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。

私、のんびり暮らしたいんです!
クロウ
ファンタジー
神様の手違いで死んだ少女は、異世界のとある村で転生した。
神様から貰ったスキルで今世はのんびりと過ごすんだ!
しかし番を探しに訪れた第2王子に、番認定をされて……。

捨てられた転生幼女は無自重無双する
紅 蓮也
ファンタジー
スクラルド王国の筆頭公爵家の次女として生を受けた三歳になるアイリス・フォン・アリステラは、次期当主である年の離れた兄以外の家族と兄がつけたアイリスの専属メイドとアイリスに拾われ恩義のある専属騎士以外の使用人から疎まれていた。
アイリスを疎ましく思っている者たちや一部の者以外は知らないがアイリスは転生者でもあった。
ある日、寝ているとアイリスの部屋に誰かが入ってきて、アイリスは連れ去られた。
アイリスは、肌寒さを感じ目を覚ますと近くにその場から去ろうとしている人の声が聞こえた。
去ろうとしている人物は父と母だった。
ここで声を出し、起きていることがバレると最悪、殺されてしまう可能性があるので、寝たふりをして二人が去るのを待っていたが、そのまま本当に寝てしまい二人が去った後に近づいて来た者に気づくことが出来ず、また何処かに連れていかれた。
朝になり起こしに来た専属メイドが、アイリスがいない事を当主に報告し、疎ましく思っていたくせに当主と夫人は騒ぎたて、当主はアイリスを探そうともせずに、その場でアイリスが誘拐された責任として、専属メイドと専属騎士にクビを言い渡した。
クビを言い渡された専属メイドと専属騎士は、何も言わず食堂を出て行き身支度をして、公爵家から出ていった。
しばらく歩いていると、次期当主であるカイルが後を追ってきて、カイルの腕にはいなくなったはずのアイリスが抱かれていた。
アイリスの無事に安心した二人は、カイルの話を聞き、三人は王城に向かった。
王城で、カイルから話を聞いた国王から広大なアイリス公爵家の領地の端にあり、昔の公爵家本邸があった場所の管理と魔の森の開拓をカイルは、国王から命られる。
アイリスは、公爵家の目がなくなったので、無自重でチートし続け管理と開拓を命じられた兄カイルに協力し、辺境の村々の発展や魔の森の開拓をしていった。
※諸事情によりしばらく連載休止致します。
※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載しております。

追放された宮廷錬金術師、彼女が抜けた穴は誰にも埋められない~今更戻ってくれと言われても、隣国の王子様と婚約決まってたのでもう遅い~
まいめろ
ファンタジー
錬金術師のウィンリー・トレートは宮廷錬金術師として仕えていたが、王子の婚約者が錬金術師として大成したので、必要ないとして解雇されてしまった。孤児出身であるウィンリーとしては悲しい結末である。
しかし、隣国の王太子殿下によりウィンリーは救済されることになる。以前からウィンリーの実力を知っていた
王太子殿下の計らいで隣国へと招かれ、彼女はその能力を存分に振るうのだった。
そして、その成果はやがて王太子殿下との婚約話にまで発展することに。
さて、ウィンリーを解雇した王国はどうなったかというと……彼女の抜けた穴はとても補填出来ていなかった。
だからといって、戻って来てくれと言われてももう遅い……覆水盆にかえらず。

家庭菜園物語
コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。
その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。
異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる