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0173★聖樹、目覚める

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 聖子達の手によって、藤原明宏のマンションから救出された聖樹は、神無月専用の病院へと運ばれ集中治療を受けていた。
 聖樹自身は気付かなかったが、三日間完全に意識不明に陥っていたのだ。

 救出された深夜に、やせ細っていた聖樹の容態が急に悪化したのだ。
 その為、意識が完全に目覚めてから外す予定だった猿轡は外され、その代わりに酸素マスクが取り付けられていた。

 苦しそうなハァハァという吐息を聞きながら、聖子は聖樹の細く薄くなってしまった手を、ずっと握っていたのだ。
 健康そのものという男子高校生の聖樹が、いまや病院から出て生活などしたこともありませんというような、青白くやせ衰えた躯をベットに横たえているのだ。

 聖子は、もっと早く、自分が聖樹の波動が途切れたことを不審に思って行動していたらと、後悔に苛まれていた。
 自分が、もっと早く動いていれば、こんなにやせ細らせるようなことになっていなかったと…………。

 「聖樹お兄様……お願いよ…目を覚まして」

 そう、無意識に呟く聖子を、やはりずっと付き添っている灰茨が、苦い顔をしながら黙って見ていた。
 一時は、呼吸が細くなり、あわやということも有ったが、今は比較的呼吸も落ち着き、つい先ほど酸素マスクは外されていた。

 医師からは『快方に向かっているから大丈夫です』と言われていても、意識を取り戻さない聖樹に、聖子は心配して、ずっと離れずにいたのだ。
 灰茨や松葉に言われて、仕方が無く必要最低限の食事はするものの、それ以外の時間の全てを、聖子は聖樹に付き添っていた。

 もちろん、父親の聖には、聖樹の救出は伝えたものの、現状の報告は差し控えていた。
 父・聖自身が、末期ガンという病身なので、余計な負担をかけたくないので、その後は報告していないのだ。
 次の報告は、聖樹の意識が目覚めた時という暗黙の了解のもとに…………。

 「ああ…聖樹お兄様の…波動が…途切れた時…
 直ぐに動いていれば………」

 後悔を含む聖子の声が聖樹のいる病室に、虚しく響く。
 そんな中、聖樹の瞼がピクピクと震えた。

 意識がゆらゆらと浮上するのを感じて、聖樹は無意識に腕の中の紫皇(しおう)を抱き締める。
 その腕の中に、確かに存在する愛しい子を感じつつ、聖樹は目覚めた。

 ゆっくりと開かれた聖樹の瞳に映ったのは、真っ白な天井だった。

 〔…えぇ~とぉ~…白い…天井? って…
 あぁ~…もしかして…病院なのかな?
 俺…ずっと熱出した状態だったから………〕

 ぼぉ~っとした頭で、そんな埒も無いことを考えていると、直ぐ側で気配が慌しくなる。
 ガタンッという音と共に………。

 「あっ…聖樹お兄様…よかったぁ~……」

 最近、聞いたことのある腹違いの妹の声に、それまでのことが一気に記憶として流れ込み、聖樹は強い目眩を覚える。
 同時に、腹違いの妹・聖子に、とつもなく恥ずかしい姿を見られたことを思い出し、二重の意味で目眩を覚えた。

 〔あぁうぅぅ~…羞恥心で死にそう…はぁ~…
 まっ…しゃ~ねぇ~…なるようになる……
 もう、そう思うしかないや〕

 聖樹がそんなことを考えている間に、聖子に別の男の人の声がかかる。

 「聖子様…医師に…聖樹様が気が付かれたと……」

 「ええ、お願い……」

 まだ、頭がぼぉ~っとしているので、会話を良く聞き取れない聖樹は、ゆっくりと声が聞こえた方へと頭を動かす。

 〔…っ…あぅぅぅ~……目が回る………〕

 強烈な目眩を感じ、聖樹はいったん視界を閉じる為に目を瞑り、深呼吸をしてから再び双眸を開く。
 その視線の先には、心配そうな顔で自分を見ている聖子の姿が映った。

 「…せ…いこ……し……ぱい……かけた…な…」

 聖樹は、やっとの思いでそう声を掛けて、優しく微笑む。
 欲しいモノ(我が子とした紫皇(しおう))を手に入れたことによって、精神的な余裕がある聖樹は、虐待としか言いようの無いことをされたとは思えないほど、穏やかに笑うことができた。

 そんな聖樹に、聖子は切なそうな表情で、あたりさわりの無い問いかけをする。

 「聖樹お兄様、ご気分はどうですか?」

 他の言葉を捜しながらだということが判る聖子の言葉に、聖樹は笑って言う。

 「まだ…目眩とか…あるけど…悪くないな
 ただ…喉が…カラカラ…で…喋り…ずらい」

 聖樹の言葉にハッとして、聖子は慌てて水差しを探す。
 が、それは昨夜撤去されていたので、その病室には置いていなかった。
 聖子が探すモノに気付き、聖樹はクスッと笑って言う。

 「できるなら、アクエやポカリが欲しいな」

 聖樹の要求に、聖子はコクッと頷く。

 「すぐに買ってまいりますわ」

 「ああ…一応…担当医…に……飲んでも……
 ……良いか…聞いてくれ…点滴だけは……
 せつない……から………」

 やっとの思いでそう言う聖樹に、聖子はコクコクして病室から出て行った。
 もちろん、聖樹の病室の外で待機している椎名が、その後に付いていたのは言うまでも無い。
 どんな時でも、聖子を一人しないように、気を付けているのだ。

 病室から聖子の気配が消えたことで、聖樹は無意識に詰めていた息を吐く。

 〔はぁ~…とにかく…今は…現状把握だな…
 どうやら、ここは病院のようだし…………
 父さんが入院していたところかな?〕

 聖樹が目覚めたことの報告をした灰茨が、そこに戻って来た。

 「聖子様、直ぐに先生が………」

 と言いながら病室に入って来た灰茨は、病室内に聖子の姿が無いことに焦る。
 そして、ドアの外に待機しているはずの椎名が居なかったことを思い出す。






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