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0100★朱螺の銀鱗
しおりを挟む朱螺が蒼珠の為に張った《結界》は、湖の水もあっさりと通して、蒼珠の躯を濡らす。
ふ~ん‥‥なるほど‥この小さな《結界》って
空気も水も通すんだぁ‥‥‥‥
もっとも、そうじゃなきゃ‥酸素の必要な俺は‥‥‥
呼吸が出来なくて死んじゃう死んじゃうモンな
「‥‥おっ‥‥思ったより冷たくないじゃん‥‥‥‥
うわぁ~‥‥気持ち良いぃ~‥‥‥」
とりあえず、膝まで入った蒼珠は、ちゃぷちゃぷと上半身にも水を掛ける。
手足が水に濡れる感触で、ここしばらく、自分の意志で水に触れていなかったことを思い出す。
「なんか、こうやって水に触れるのって、すっごい‥‥
ひさしぶりのような気がするなぁ‥‥‥
くすくす‥‥‥‥この湖、結構大きいじゃん‥‥‥‥‥
なにか食べれる、魚とかいるかな?」
そう言いながら、蒼珠は、今の嬉しさを表現するかのように、よどみひとつ無い水を両手で掬って空中に投げる。
空中に散開した水が水球となり、空中にキラキラとした花火のように散り、重力に引かれて落ちて来るさまを、蒼珠は一時楽しむ。
本当の意味で、しばらくぶりの開放感を味わう。
「うわぉ~‥マジで‥綺麗だぁ‥って‥じゃなくて‥‥
そう言えば‥朱螺は、行ったんだろう?
もう湖の深瀬にまで行っちゃったのかなぁ?」
水球が落下する一瞬の美しさに、一時心奪われたが、その感動が通り過ぎ去ってしまった途端、蒼珠は朱螺が側に居ないことから、孤独感を感じて、急に心細くなる。
朱螺‥‥本当に‥湖の中に居るのかなぁ?
〈入れ墨〉が変化したの観て‥‥俺を、置いて‥
どっかに行っちゃった‥って、ことはないよなぁ
こんな孤独感は嫌だ‥独りは怖い‥心が寒くなる
こんなに熱い場所なのに、心が孤独感に凍えちまう
孤独感という不安に心が圧し潰される前にと、蒼珠は朱螺の姿を求めて、一切ためらうことなく水中へと潜る。
朱螺‥どこにいるのかなぁ‥‥もっと深瀬かなぁ?
でも‥この湖の水ってすごく透明度が高い‥‥‥‥
これなら、多少遠くても‥‥あっ‥‥‥朱螺だぁ‥‥‥
湖の中には、意外なことに、どこまでも透明で、かなり遠くまで見渡せた。
不純物が少ないので、妙な反射もなく見通せるのだ。
そのお陰で、蒼珠は遥か遠くの水に揺れる朱螺の長い真紅の髪を、すぐに見つけることが出来たのだ。
蒼珠は、ソレを目指してすぐに泳ぎ始める。
泳ぎ進み、朱螺の姿を正確に認識出来る距離に近付いた蒼珠は、朱螺が今まで自分の側にいた時と違う姿であることに気付く。
‥‥へぇ~‥‥‥朱螺って銀鱗が似合うなぁ~‥‥
ああ‥‥そう言えば、母親が水龍族とかいう種族の
血を引いてるって言ってたよなぁ‥‥‥‥
水の龍だから、銀鱗が出てるんだ‥‥あはっ‥‥‥
耳が、魚のヒレ‥いや、ガラス細工の蝶々かな?
翅を広げた、蝶みたいになってて綺麗だなぁ~‥‥‥
蒼珠はそんなことを考えながら、泳ぐ速度を上げる。
一方の朱螺はというと‥‥‥‥。
こういう湖の湖底にありがちな、水中花などの果実を探していた。
朱螺は、蒼珠を絶頂に追い上げて、意識を堕としたので、蒼珠が、すぐに気絶から目覚めるとは思っていなかったりする。
それゆえに、背後から近寄る蒼珠の気配や、自分が張った《結界》の気配に、まるっきり気付かなかった。
が、流石に間近に近寄って来た《結界》の気配にハッとして振り向く。
〔蒼珠? なぜ? 不味いっ 銀鱗が‥‥‥〕
その《結界》の中にいるはずの蒼珠に、自分の今の変化した姿を見られてしまったことに気付き、内心では蒼白になりながらも、朱螺は蒼珠の躯を気遣う言葉を掛ける。
『せ‥‥蒼珠‥‥動き回って、平気なのか?
まったく‥無茶なことをするな‥‥そんな‥‥
衰弱してる躯で‥こんな湖の深瀬まで来るなんて
‥‥‥躯の負担になるだろう』
湖底まで泳いで来た蒼珠に、朱螺はさぁーと真紅の髪を延ばし、蒼珠を優しく包み込む。
う~ん‥‥この状態で‥‥どうやったら‥‥‥
朱螺と意志の疎通が出来るかなぁ?
流石に、水中では酸素が足りなくて喋れモンなぁ
水って空気より重いから、肺に入ったらキツイよなぁ
やっぱり‥マジで溺れるよなぁ‥‥‥どうしよう?
水中では、流石に喋ることが出来ない蒼珠は、躯に巻き付いた朱螺の真紅の髪を抱き締めながら、拗ねた双眸で息が苦しいと訴える。
それに直ぐに気付いた朱螺は頷いて言う。
『一度水面に上がるか?』
あれ? 普通に朱螺の言葉が聞こえる?
どうなってるのかな? ‥‥‥じゃない‥
ここは苦しいから、すぐに上げてもらおう
朱螺の言葉にコクコクと大きく頷く蒼珠に、朱螺はちょっと嘆息して、蒼珠を髪で包み込んだまま、水面へと浮き上がる。
〔蒼珠はどう思ったろう? 私のこの姿‥‥‥‥
やはり 気持ち悪いと思われただろうか?〕
その内心では、全身を銀鱗に覆われている、醜い中途半端な銀鱗姿を見られてしまったことで、脂汗をダラダラと流していた。
だが、そんな気持ちを出せるほどは馴れ合っていないので、朱螺は、必死で、表面上は平静を装っていた。
朱螺は、蒼珠を髪で包んだまま水面へと浮上した。
そして、意志の《力》で幾らでも長く延ばせる伸縮自在な真紅の髪を、まるで睡蓮の葉のように水面へと広げて、その上に蒼珠を座らせる。
朱螺の髪の上に座った蒼珠は、朱螺に向かって拗ねたように言う。
「目を覚ましたら‥側に居ないから探したンだぞ‥‥‥
湖に向かって足跡があったから‥‥先に入ったんだな
って思ったから‥‥起こしてくれれば良かったのに‥‥
朱螺に、置いて行かれたかと思ったじゃないか‥‥‥
独りになるのは嫌だっ‥‥‥‥」
甘えの混じった蒼珠の言葉と態度に、朱螺は肩を竦めた。
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