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0086★刺青と〈入れ墨〉の違い2

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 朱螺は、その心情のまま、素直に蒼珠に問い掛ける。

 『蒼珠は その躯に彫られた〈入れ墨〉を
 どのように 認識しているのだ?
 その見事な〈入れ墨〉が 敬愛や忠誠などの
 思慕を含まないモノだというなら‥‥‥‥』

 蒼珠は、朱螺の問いに、ちょっと考えてから、思ったままを口にする。

 「この刺青は、欲しくて彫ったものじゃない
 俺のことを買った、明宏って名の男の趣味だ‥‥
 たぶんに、力の誇示だと思うんだけど‥‥‥‥

 俺を、自分の所有物だと‥‥‥
 お前を、支配しているのは自分だという
 支配感を味わいたくて、隷属させた印しとして
 彫ったんじゃないかなと思っている

 俺は‥あの男に対して、嫌悪や憎悪はあっても
 微塵も、愛情の類いは一切持ってない」

 明宏に与えられた羞恥の数々、味わった恥辱と屈辱を思い出して、蒼珠は唇を噛み締める。

 〔ふふふふふ そうか‥‥愛情などないと
 〈入れ墨〉に意味は無いと言うか‥‥‥‥
 たまらない 愉悦感がふつふつとわきあがる
 だが 確認しておかねばならないこともある〕

 蒼珠の慟哭を含んだ告白に、朱螺は双眸を細めて問う。

 『では 蒼珠 今 ここに お前に〈入れ墨〉を
 自分の好みの〈入れ墨〉を彫った男が‥‥‥
 お前と同じ世界の人族の男が居て
 その男の手を取れば 元の世界に帰れるとしたら‥‥
 お前は 私とその男 どちらの手を取る?』

 〔我ながら 愚かだ らちもないことを聞きたがる
 見知らぬ世界より 元居た世界の方が良いのは道理
 だが 聞きたい 蒼珠の唇から 私を選ぶと‥‥‥‥
 もし 蒼珠が私を選んでくれたら‥‥‥‥〕

 朱螺は自分の中に湧き上がった、感情に内心で苦笑いがもれる。
 だが、湧き上がった嫌悪感の嵐に、蒼珠には、そんな朱螺の心情を思いやる余裕は無かった。

 唯々、その問いに、蒼珠は朱螺の真意も理解(わか)らないまま、考える必要もないと、思ったことを、そのまま即答する。

 「もしかりに、元の世界に戻れる唯一の術(すべ)が
 あの男の手を取ることだけだったとしても‥‥‥‥
 俺は、あの男の手は、絶対に取らないと断言出来るぜ

 俺は、こうやって、朱螺に懐いたように‥‥‥‥
 あの男に、懐くつもりなんて、さらさらないっ‥‥‥

 《契約》の名の下に、朱螺に躯を開くことになっても
 それは、俺が自分で決めたことだから、自分に納得できる

 けど、俺の与り知らない間に、勝手に俺を買っただとかほざいて
 自由を奪い、一方的な性交渉を強いられるなんてゴメンだ
 あの男が飽きるまで、続けられるなんて冗談じゃないっ‥‥

 自由を奪われ、鎖に繋がれた世界に戻りたいとは思わない
 あの男が、本来の世界に帰る唯一の手段だとしても
 そんなモノは、いらないっっ‥‥‥‥

 それに、どうせなら、このまま朱螺と一緒に旅したいなぁ
 かなうなら、このまま一緒にいたいと思っている
 もっとも、朱螺が迷惑じゃなかったら‥だけどさ‥‥‥」

 蒼珠からの明確な意思を持って、同族の男よりも、天魔族の自分を選ぶと答えた蒼珠に、朱螺は我知らず微笑む。

 〔まさか 本当に 蒼珠から望んだ言葉がもらえようとは〕

 そのたまらない愉悦感と同時に、心の奥底から湧きあがる独占欲に、朱螺はなんとも言えない苦笑を覚えながら、蒼珠にもしもを問い掛ける。

 『もしも お前の躯に〈入れ墨〉がない状態で‥‥
 私が〈入れ墨〉を彫ることを望んだら お前はどうする?

 〈入れ墨〉を 私の為に その躯に彫ってくれるか?
 勿論 その〈入れ墨〉は 私の所有の証しにもなるモノで‥‥

 この世界では〈入れ墨〉は隷属の意味合いも持つモノだが
 それを私が望んだら 蒼珠は受け入れてくれるか?』

 朱螺の更なる問い掛けに、蒼珠は首を傾ける。

 くす‥‥朱螺ってば、やっぱり優しいね‥‥
 そうやって、朱螺は俺の意思を常に考えてくれる
 ほんと、あの男とは大違いだ

 そういう意味では、魔族で同性だけど、朱螺が好きだ
 俺の意思を尊重してくれるし‥‥なんと言っても‥‥
 見目も綺麗で、カッコイイもんね
 
 蒼珠は、ふわりっと無意識に笑って頷く。

 この躯に、あの男が彫らせた刺青がなかったら‥‥‥
 朱螺のために〈入れ墨〉かぁ‥イイかも‥‥小さいのなら彫れるかな?
 でも、朱螺の好みって、どんなモンなんだろう?

 「朱螺が〈入れ墨〉を彫ることを望むなら
 朱螺好みの〈入れ墨〉を彫っても良いよ
 少なくとも、朱螺は、俺を大事にしてくれるし‥‥‥
 ‥っても、この躯‥‥‥こんだけ彫られてると
 新しいのを、彫るところなんて、あまりないけどさ‥‥‥」

 なんのこだわりもなく答える蒼珠に、朱螺は更に踏み込んで問う。

 〔ふっ なにも知らないから 言っているとわかっていても
 嬉しい 純粋に 私を慕ってくれる蒼珠が 愛しいな
 だが その実際を知って 蒼珠はなんと答えるだろう?〕

 『では その〈入れ墨〉を躯に彫るのに 肉体や精神に
 とてつもない苦痛を伴うモノだとしたらどうする?
 それでも 私のために彫ると言ってくれるか?』

 朱螺の質問に、自分の現実世界で、明宏の嗜好を優先させた〈入れ墨〉ならぬ刺青を彫られ、とてつもない苦痛に晒され続けた蒼珠は、首を傾けて答える。

 「ぅん? 朱螺ぁ‥‥普通、躯に刺青を彫るのに
 苦痛を伴なうのは当然だろう、それが〈入れ墨〉でも
 やる(彫る)ことは変わらないんだからさ」

 なにを当然のことを聞くのかという表情と言葉の蒼珠に、朱螺は〈入れ墨〉についての説明不足だったことを痛感する。




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