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0075★蒼珠としての気持ち

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 蒼珠は《結界》の外で蠢くサンドワームを見ながらそう呟く朱螺の足元に、震えながらにじり寄り、その服を握り締める。

 怖い‥怖い‥‥ここには、あんな生物がいっぱい存在するのか?
 こんな世界で、独りでなんて、絶対に生きて行けない

 誰かの助けがなかったら‥‥‥
 朱螺に‥もし、拾われていなかったら‥‥‥
 今頃は、ここの生物の腹の中だったなぁ‥‥確実に‥‥

 なさけねぇーけど‥マジでこえぇ~‥‥
 平和な日本という国で育った、ひ弱な日本人の俺に‥‥
 ここで、唯一生き延びる術は‥‥‥‥
 天魔族である、朱螺に懐くことだけだ‥‥‥

 まだ、死にたくない‥‥‥まして‥こんなところで‥‥‥
 バケモンに食べられて、生涯が終わるなんてイヤだっ
 対価がそういうコトでも、俺は生きたいっ

 自分の服を掴まれる感触で、朱螺は蒼珠の様子に気付いた。
 その自分を無意識に頼る行動に、朱螺は自然と優しい表情になる。
 
 朱螺は、万が一を考えて黄封砂漠の砂塵で傷付けられないようにと、魔獣の毛織物で包んでいたので、改めて蒼珠の躯を包み、スイッと抱き上げる。
 そう、恐怖で竦みあがっている、蒼珠を安心させてやる為に‥‥‥‥。

 朱螺の腕中に抱き上げられた蒼珠は、魔獣の毛織物の中から、震える腕を朱螺の躯に延ばして、その首筋に抱き着く。

 ‥っ‥‥あっ‥‥もしかして‥‥‥マズイかな?

 無意識の行動ではあったが、自分の行為が朱螺の妨げになるのでは?と、慌てて思い直した。
 が、先刻味わった恐怖を拭えなかった蒼珠は、朱螺に問い掛ける。

 「朱螺? こうすると邪魔? 行動の妨けになる?」

 この異世界は、何の《力》もない俺には‥‥‥‥
 とても、怖い世界だけど‥‥‥‥

 だからと言って、俺の知らないところで、買ったと言って
 好きなように扱って当然と思っている、あの男のもとに‥‥‥

 嬲り者にされている世界に、戻りたいとは思えない
 だって、ここには、俺を助けてくれる、朱螺がいる

 たしかに《契約》の代価は支払わなければならないけど‥‥‥‥
 俺を護ってくれる‥‥‥朱螺が居る‥‥‥‥

 その絶大な安心感が、蒼珠に生への執着をもたらしていた。

 また、つい最近出会うことになった、遺伝子上の父親が、自分の誕生を心底喜んでいたという事実が、蒼珠を自暴自棄から救っていたのも確かな事実だった。
 そして、自分をこだわりなく義兄と慕ってくれる、腹違いの義妹・聖子の存在も大きかった。

 なぜなら、蒼珠、もとい、神楽聖樹は、生を受けた、その瞬間から、母親以外から愛情を注がれたことはなかったから‥‥‥‥。

 本来なら、両親や、その両親達の親である、祖父母達から暖かく護られて育つものなのだが‥‥‥‥。
 聖樹は誕生した、その瞬間から、母親が無条件で自分に注ぐ愛情のみを頼りに、世間の冷たい波風に晒され続けながら育ったのである。

 父親を知らずに育った聖樹は、早くから、自分という存在が、母親の立場を悪くしているということを悟っていた。
 聖樹は、自分という存在が、突然襲いかかった忌むべき事件の結果、体内で芽生えてしまった生命であると知った時から‥‥‥‥。
 自分こそが、母親を護らなければならないという自我を持ってしまったのだ。

 本来、唾棄するべき自分という生命を忌み嫌うことなく、逆に慈しみ育ててくれた優しい母親を護る為に‥‥‥‥。
 世間の冷たい、中傷という名の波風から、母親を護る為に‥‥‥‥。

 そして、自分という存在が、世間からみてどんな風に観られているかを知った聖樹は、母親の立場をこれ以上悪くさせない為に、物静かな良い子を演じるようになったのだ。

 だから、聖樹は他人と争わず、物静かな優等生という立場が、一番母親を護るのに最良な手段だと判断した。
 聖樹は、出来すぎでない‥‥ちょっと頑張っている、普通の子というスタンスを物心付いた時から演じ続けて来た。

 だが、護るべき母親がいない現在の状況で、聖樹、いや、こちらの異世界で、蒼珠と名乗ると決めた時に‥‥‥‥。
 蒼珠は、初めて自分という者が、本当はなにを望んでいるかに気付いたのだ。

 ‥っ‥‥俺は‥‥‥誰かに‥‥‥‥
 こうやって、自分を護ってもらいたかったのか?
 誰か‥いや、誰かじゃないっ‥‥‥‥
 俺は、朱螺に護って欲しいんだっ

 初めて、俺を俺個人として観て‥‥‥‥‥
 この躯以外、なにも持っていないのが判っていながら‥‥‥

 この躯に刻まれた〈入れ墨〉を観て
 他人の持ち物と誤解したのに‥‥‥
 それでも、俺を拾ってくれた朱螺に
 護られたいンだ‥‥‥‥

 聖樹は、誕生からして、幾多の人よりも幸薄く波乱万丈な人生を歩んで来た。
 その聖樹は、蒼珠として、今初めて自分の為に、切実に、目の前にいる、魔に属する天魔族の朱螺の守護の腕を望んだのだ。

 俺は《契約》の代価に、この躯を拓かれ‥‥‥‥‥
 精神の奥底まで、朱螺に侵されても良いと思っている

 俺を、俺個人として認めてくれる、この天魔族の男に‥‥‥‥
 朱螺に、縋りたい

 蒼珠は、聖樹の時、ずっと、他人に頼ることを自戒し、他人に甘えることを無意識に抑えていた。
 それが、蒼珠となって‥‥‥今初めて、自分がか弱い存在であり、誰か《力》の強い存在が必要だと痛感した。

 そして、自分をはじめて認めてくれた朱螺に、庇護してもらわなければ、ここでは生きられないという、護られる者の立場を初めて味わったのだ。

 本来ならは、ほんの幼少期に味わう、庇護という名の、甘く暖かい揺り籠に初めて乗せられた蒼珠は、無意識に、庇護の揺り籠を優しく揺らす朱螺に縋る。

 自分を唯一、甘えさせてくれる存在を、護ってくれる朱螺の腕を、蒼珠は切実に欲しいと思った。

 たとえ、この躯が《契約》の代価として‥‥‥‥
 朱螺の性交渉の相手として、要求されているのであっても‥‥‥

 俺は、朱螺を自分の側に繋ぎ留めておきたい
 朱螺が《契約》の代価として求めた
 俺の躯に飽きる、その瞬間まで‥‥‥

 だから、蒼珠は初めて味わう、庇護されるという立場の環境に戸惑いながら、その自分の心情のありように、心底、驚いていたのだった。                             
                                                                                                     




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