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0005★重なる命
しおりを挟むジスが母として、我が子が平穏無事に生きられるコトを祈りながら、帝王の資格・素養・絶大な【魔力】の三拍子揃った卵を湖の水底へと沈めた、ちょうどその頃。
まったく別の世界では、ひとりの日本人少年が、アメリカという大国の裏路地で、大量出血によって死にかけていた。
その瀕死に陥っている少年の名は、御剣煌牙と言い、生粋の日本人の子供だった。
両親の都合で、アメリカへと連れて来られた煌牙は、新たな環境になかなか馴染めず、孤独な日々を送っていた少年だった。
そんな時に、バスケットというスポーツを通じて、なんとか友人を作り、じょじょに環境に馴染んで行った。
流石、バスケット大国だけあって、バスケットをする者にはある意味で、寛容だった。
だが、同時にスラムのストリートチルドレンなどとも付き合いの都合上で交流するコトになり、色々なコトに手を染めることは避け得ないコトだった。
そして、今日も今日とて独りは寂しいと、煌牙は仲良くなった友達と、怪しい薬を購入できるという噂のある店に入った。
だが間の悪いことに、煌牙はタチの悪いゴロツキに絡まれてしまったのだ。
そのあげくに、友達とは引き離され、煌牙は狭い裏路地へと引き摺り出された。
そして、そのゴロツキが持ったナイフで、ザクザクと身体をメッタ刺しにされたのだ。
それも、単なる暇つぶしで煌牙に絡んで、どのくらいまで刺したら死ぬかというような興味本位程度での、残酷な行為だった。
全身に痛みが乱舞し、何度も刺された傷口から溢れ零れる大量の出血により、煌牙の意識が朦朧とし、闇に滑り墜ちる。
だが、そこに奇跡が振り降りる。
煌牙が完全に絶息する寸前、直ぐ頭上で空間が揺れたのだ。
煌牙の命の灯火が消える寸前に、生き延びて幸せになって欲しいという希望を託して、ジスが異世界へと送った卵は、無事に異世界へとたどり着いたのだった。
母より与えられた真名[コウガ]の導きを元に、同じ音を有する存在を感知して、空間を裂いて卵は出現したのだ。
異なった世界へと渡って突如と現実に出現した卵は、大量出血によって意識を消失し、虫の息となった煌牙の鼓動が途絶える寸前に、その胸の上にストッと舞い降りた。
溢れかえる血の海へと舞い降りた次の刹那、卵にピシッという音を響かせて大きくヒビを走らせて割れた。
幻獣の卵は、孵化と同時に、真名と同じ音を有する個体の血液を媒体として、御剣煌牙の全てを吸収する。
そう、記憶から身体を構成する細胞に含まれる遺伝子まで全てを、己のモノとしたのだった。
本当ならば、血と肉を介在とした【契約】でもって 義務と褒賞による取り決めによって、その相手を【楔】の【契約者】とするのだ。
そして、幻獣は【契約者】と別個体として、長い時をかけてゆっくりと受肉するのだ。
いや、そうなる筈だったのだが、本来【楔】の【契約者】となる御剣煌牙が瀕死だった為に、まるごと吸収してしまったのだ。
また、卵だった為に、人としてのカタチを得ていなかった幻獣の幼体は、御剣煌牙の全てを吸収し、そのモノへと変容するコトができたのだった。
本来は、長い時をかけて受肉するという行程を経ずに、御剣煌牙という少年に取って代わってしまった幼体の幻獣[コウガ]は、それが意味するコトをまだ理解していなかった。
そう、この新しい世界に根刺す為の【楔】たる【契約者】がいないという意味を把握していなかった。
誰が見ても御剣煌牙となった幻獣の幼体は、小さく口中で呟く。
『母上、安全な異世界に送ってくださり、ありがとうございます。
母上が授けてくれた真名[コウガ]の導きで、無事に異世界に降り立ちました。
俺は母上が望んだ通り、この世界で幸せに暮らして見せます』
そして、降り立つと同時に煌牙の全てを吸収した幻獣の幼体は、日本人の少年・御剣煌牙として生きる為に、自分という意識を精神の奥深くにまで沈め、日常へと戻るのだった。
勿論、風前の灯火だった御剣煌牙の意識は綺麗に消滅していた為、急遽、その人格を模した疑似人格を本能的に作ったコトは言うまでもない。
当然、一緒に店内へ入った友人からすれば、裏路地に連れ出された自分は、死んだと思われているだろうことは予想に難くない。
だからちょうど良いと、煌牙はそのまま友人関係を切るコトにしたのは確かな事実だった。
幻獣の幼体[コウガ]には御剣煌牙本体の記憶はちゃんとあるが、もはや元の御剣煌牙ではないので、スラムのオトモダチに対して、なんの情も覚えなかったことは言うまでもない。
ナイフでメッタ刺しされてボロボロになったていた身体を修復し、必要な疑似人格を装備すると同時に、御剣煌牙となった幻獣の幼体は意識の根底に沈み込み、しばしの微睡へと入った。
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