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34.即売会は波乱の予感?2

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 サークルのブースをレイアウトしてから更衣室で東大をコスプレの衣装に着替えさせてキャノンさんが軽く化粧施す。
 特に化粧には東大がかなり嫌がって多少抵抗したが、東大の性格をよく知っているキャノンさんが上手い事乗せてくれて何とか二次元のキャラクターに変身させた。
 そしてみんなにお披露目となった。一之瀬達は無言で静かに様子を見つめる。

「べ、別に可愛いかねぇーよ……」

 東大は腕を組んで恥ずかしそうにプイッと斜めを向いている。

「ふむふむ、中身も完成度が高いとは。あとは口調を変えれば完コピじゃんね」

 キャノンさんがにやにやといやらしく笑う。

 ヒナタはおぉ……と声をあげてキラリと眼鏡のブリッジを上げている。

「リアルれいかちゃんだ……。こ、これは想像以上にコスの域を超えている。神に近いそれをこの目で拝められる日が来ようとはな」
「おいおい、目がマジでやべぇ奴になってっぞ。一度落ち着けっ」

 真剣な目付きで男子中学生相手にガン見しているヒナタにドン引きして冷静になるように肩を掴んで軽く引いた。側から見ると危険人物だ。

 準備が完了し開始時間になって即売会が始まった。始めは長蛇の列になっていて捌くのが大変で忙しくしていた。オタク界隈は疎くわからないが、このサークルは界隈では人気作家なのだろうか。ファンを含めてお客さんの列が続いていた。
 しばらくすると、列はなくなり客らしき人は疎になってきた。こういう人が多い所が不慣れなのだろう、東大が段々疲れている顔をしていた。

「そろそろ東大くんは一旦休憩ね。慣れないから疲れたでしょう」
「……別に」

 キャノンさんがそう聞くと、東大は後ろを向いた。ふふっ……とキャノンさんは笑って一之瀬の方に向いて口を開く。

「じゃあ、一之瀬くん。すまないけど、東大くんの事をお願い出来るかな? 一緒に散歩するなり休んで頂戴」
「構わないですけど。そっちは二人だけで大丈夫なんすか?」
「そこはオーケーよ。客足が落ち着いてきたから心配しないで! あと少しで完売だから何とかなるさぁ」
「わかりました」

 一之瀬は頷き「お願いねー」とキャノンさんが手を上げる。東大を見るように頼まれたが、どうしたらいいものかと考える。東大の方を見ると、疲れてるのか少し俯いて口をへの字にして機嫌が良さそうに見えない。

「一之瀬、俺外歩きてー」
「一之瀬さん……だろ? 俺の考えはな、年功序列制だ。一歳違いならまだしもお前は三歳も下だぞ? この際敬語はどうでもいいが、さん付け位はしろよ」
「こ、高校生の癖に俺に偉そーに説教なんかすんなっ!」
「ふーん? お前は中坊の癖にまだ敬称も使えねぇのか? 小学生でも年上にはさん付けするのにな」
「うっ……くそ。い、一之瀬……さん」
「よしっ、よく出来たな」

 一之瀬は偉い偉いと東大の金髪頭をわしゃわしゃと撫でた。東大は顔を真っ赤にさせた。

「なっ……撫でんじゃねーよっ。ガキ扱いすんな……」
「俺にしちゃあお前はまだまだガキだ。そう言われねぇように気をつけるんだな」
「う、うっせぇ……」

 一之瀬に当然の事を言われて東大は恥ずかしいそうに俯いた。

 東大は急に大人しくなって無言だった。軽く散歩しようと一緒に会場の外を歩いていた。外は天気が良く日差しが眩しかった。
 即売会というイベントとあって人通りが多い。人に酔いそうだと思っていると突然東大が一之瀬の方を見上げて腕に絡んでくっ付いてきた。

「急にくっ付いてどうかしたか? 具合が悪いのか?」
「……また変な奴に絡まれたら面倒くせぇから」
「あぁ、そうか」

 さっきは会場で東大がキャラをガチガチに演じながら売り子をしていたら変なオタクっぽい奴にうざ絡みされてて助けようと一之瀬が上手く追い払った。東大は難しい年頃の少年でありまだ中学生で何かが起こる前に年上である一之瀬達が対処しないといけない。
 女の子キャラのコスプレをしてる東大がこのまま男にくっ付いていたら、絡んでくる奴はいないだろう。事情の知らない人には誤解はされるかもしれないが。

 その時……

 ゾワゾワした感じがして寒気がした。

──まただ。また視線を感じる。

(前と似ている感覚がする……。だ、誰かに見られてる……)

 恐る恐る後ろを振り向いたら、見慣れた顔の霧谷と花岡だった。一之瀬は顔見知りなのもあってほっと胸を撫で下ろす。

「何だ、お前らだったのか」
「よぉ、いっちー。こんな所で何してんだよ? つーか可愛い女の子連れてお前やるじゃん」
「……っ」

 偶然に鉢合わせた霧谷はそう言ってにやついていた。対照的に無言の花岡はこちらを睨んでいて何だか機嫌が悪そうな雰囲気だ。
 花岡が近づいて一之瀬に絡んでた腕を振り払い、東大の方に鋭い視線を向ける。

「一之瀬にべたべた触るな。チビだからって容赦しねぇ」
「チビだとぉ!? ちょっと図体がデカいからって俺に指図すんじゃねー!」
「何だとぉ?」
「やるか、このやろーっ!」

 東大と花岡はお互いに睨み合いバチバチと火花が散っている。不良同士の喧嘩みたいにいかにも殴りかかって来そうな勢いだ。彼らの背景には虎とライオンが浮かんでいるように見えた。ただ、東大の方は小さな可愛い仔虎に見えて迫力に欠けるような気がする。

 東大の低い声で気付いた霧谷が「……え? 男の娘だったの?」と驚いた顔をしていた。さらに二人の険悪な空気に顔色を変えた霧谷が一之瀬の耳元で小さい声で話す。

「おーい、いっちー。花岡とああゆー奴と関わらせるなよ? 血を見る場面になったら、どうすんだよぉっ」
「大丈夫じゃねぇの? 東大は見た目よりもいい子だぞ?」
「この緊迫した空気を読んだら、そう思えねーんだけどぉ」
「そうか?」

 一之瀬は霧谷の慌てた様子にボケっと疑問符を浮かべた。普段犬のように人懐っこい花岡が年下相手にそこまではしないだろう。東大も自分よりも体格ががっちりした相手に手を出す程馬鹿ではないと思うが。

「前にも話したよなぁ? 花岡はああ見えて中学ん頃、相当荒れてた時期があって俺だけでは手が付けられなかったんだよ。その恐怖再来だぁ」
「あ、聞いたな。その話」
「ガチで怒らせたら春風より花岡の方が未だにこえぇんだよ、俺はな……」

 そう霧谷は顔色を悪くさせて軽くガタガタ震えている。実際に見ていない一之瀬は花岡が手が付けられない位に荒れてる姿があまりピンとこない。

「そうなのか。そう見えねぇが」
「いっちーは見てねーからそう呑気に言えんだよぉっ」

 霧谷と話していてふと足りない何か気付く。

「そういや、その春風は一緒じゃねぇんだな?」

 いつもは三人セットで出掛ける事が多いのに今日は珍しく一人欠けていて霧谷に疑問を聞いた。
 
「春風は今日用事があるって振られたんだ。いっちーにも振られて大失恋した気分だよぉぉ」
「いいじゃねぇか。お前もたまには振られろ。非モテの気持ちを身を持って知れよ」
「そんな冷たい事言うなよ。もっと労ってよ、いっちー」

 霧谷はわざとらしくそう話して抱き付いてきた。今日は一之瀬には先約があったから仕方ないし、春風に断れても霧谷には他に友達が多いはずだ。他の奴を誘えばいいだけの話だ。
 面倒だが、自分より大きな男に適当によしよしと撫でてやった。
 それに気づいた二人は一旦睨み合い合戦を止めて真剣な顔付きで詰め寄る。

「一之瀬に気安く触んな! 霧谷。一之瀬もそんなに触って勘違いさせたらどうすんだっ」
「こいつに同意だっ! あっ……べ、別に羨ましいなんて思ってねぇからな……別に」

 花岡が本気で怒って霧谷と一之瀬に珍しく注意する。東大は花岡に同意してすぐに恥ずかしいのかそっぽを向いた。
 花岡の態度に霧谷も一之瀬もびくっとしていたが、真逆の態度の東大の言動によって霧谷が腹を押さえてくくく……と笑いを堪えている。釣られて一之瀬もくっ……と口角を上げて笑いを堪える。張り詰めていた空気が一瞬で消えてしまった。
 一之瀬の方に見て笑うんじゃねーよ……と花岡がさっきより勢いがなくなってしまった。

「マジで手の掛かる奴らだなぁ」

 一之瀬は軽く笑って東大と花岡の頭を撫でた。二人は黙って顔を仄かに赤くして俯いていた。さっきまで険悪な二人が同じ表情になっていてまた笑いそうになったのは内緒だ。

「とーちゃんも好かれて大変ねー」

 霧谷が静かに呟いた。お父さんはダブル不良息子(仮)の面倒を見るのは大変だと改めて感じた。

 そして即売会での大波乱で終わりを告げた。


***


「霧谷から聞いたよ。一之瀬達はあのイベント会場にいたんだって?」

 朝、教室で春風がいつもやってくれてるように一之瀬のネクタイの位置など制服を整えている。

「ああ、そうだが、それがどうしたか?」
「他の子に触られると嫉妬しちゃうな」
「……は?」

 春風が何を言ってるのかさっぱりわからなかった。それはどの事について言ってるのか疑問だった。

「んー、一之瀬の服装は白のロゴTシャツも良いけど、黒い服の方が大人っぽくて似合っててかっこいいと思うよ」

 春風は微笑んで話した。あいつらは春風に俺の服装まで教えたのか。そこまで教えなくてもいいだろうと思った。

「やっぱ黒の方が良かったんだな。俺もそう……」

 と言いかけて一つ疑問が浮かぶ。

(ん……? 黒い服と迷ってたの何で知ってんだ?)

 春風の方に視線を向ける。春風は微笑んでるが、目が笑っていないように見えていつも以上に怖くて身体が硬直する。

「一之瀬、どうかしたかな?」

 と変わらずにこやかな笑顔で優しく話す。

「あ……いや、何でもねぇよ」

 きっと偶然に違いないと自分に言い聞かせる。何かと勘が鋭い春風に冷や汗をかいた。

「僕は一之瀬の……で……だから……までずっと側にいるね」

 春風はそっと呟いた。一部は聞き取れなかったが、きっと卒業まで友達として一緒に過ごしたいと言う話だろう。

「俺もだ」

 と一言返事をした。一之瀬の言葉に春風は嬉しそうににこやかに笑いずっとだよ、と目を細めた。
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