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第1章 幼少期

10話 王子と蛍②

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「蛍かぁ、ほんとに光るのかな?」
「ああ、そりゃもうピカピカだぞ」
「ふふ、楽しみ!」


 私たちが飛び越えた小川に沿って湖の方に向かう。脱走も2回目だからか目が暗さに慣れてきたようで不安は感じなかった。少し進むと小川の流れが遅くなって小さな池のようになっている場所に到着した。ジハナは私たちに切り株の上に座るように言う。


「ここ?」
「蛍はいないみたいだけど」
「普通に歩いて来たからな。びっくりして隠れてるんだよ」


 しばらく座ったまま3人で息をひそめているとチカ、と足元で紅色の光が動いた。レンドウィルは思わず声を出しそうになったのか、自分の手で口をパッと押える。

 チカ、チカチカ

 足元の1匹を封切りに、たくさんの蛍が光り始めた。ふわりふわりと上下に飛んでまるで踊っているようだ。それを見てジハナが私たちに言う。


「小さい声なら話しても大丈夫だよ」
「本当に光ってる」
「すごい、どうして光るんだろう?」
「不思議だよな。赤いのがオス、青白いのがメスなんだって」
「へぇ」
「この間の天の川も凄かったけど、私は蛍の方が身近で好きかな」
「星は遠すぎるもんな」
「そう、手が届かない感じがするから」
「蛍も好きだけど、僕は天の川のほうが良いなぁ」
「どうして?」
「だって、大きくて、すごい!」
「あはは、なんだそれ」


 のんびりと話をしながら蛍が躍るのを眺める。話すこともなくなってそれぞれ蛍を眺めたり、近くに寄ってきたのを捕まえてみたりし始めた頃、ジハナが立ち上がって「内緒の、見たい?」と聞いた。

 ジハナの内緒は今までも沢山あったが、自ら言い出すのは初めての事だった。私もエルウィンも期待した目でジハナを見る。ジハナはトレバー先生のように咳ばらいを1つしたあと、「ご注目!」と言った。

 私たちが黙って見つめていると、ジハナは気の抜けた声で「上~下~うえぇ~したぁ~」と言い始める。何をしているんだろう?と疑問に思ったのも束の間、蛍たちが彼の言うとおりに飛び始めたのに気が付く。次第に言葉に従って飛ぶ蛍が増え、仕舞にはほとんどの蛍が声に合わせて上下に飛んだ。


「すごい……」
「クルッと回って~ピカピカ~!」


 蛍たちの奇妙な動きはジハナの言う通り忠実に行われ、彼が「ありがと~」と締めくくった途端にあっさりと終わった。


「どうやってこんなことが?もしかして、私たちの言うこともわかるのかな?」
「へへへ、俺だけの秘密だよ」
「すごい、じゃぁジハナの言うことだけ聞くの?」
「付き合ってくれる暇な蛍だけ、俺の話を聞いてくれるんだ。無理やり言うことを聞かせてるわけじゃないよ」
「他の虫もできる?」
「動物は?」
「鳥は?」
「質問ばっかりだ!秘密を教えるのは今日はここまで!」


 興味津々で質問をする私たちにジハナは言った。


「私たちと知り合ってもう3年になるのに、ジハナは秘密主義だなぁ」
「僕たちが信用できないの?僕たち、口は堅いよ?」
「はいはい、そのうち教えるよ。さぁ、そろそろ城を出て1時間だ。今日はもう帰ろう」


 促され私たちは仕方なく帰路につく。エルウィンがジハナからどうにか秘密を聞き出そうとしているのを見ながら2人の後ろを歩いた。

 私は古い物語として伝わっている先祖のエルフの事を思い出していた。
 昔、私たちの先祖は木々や動物たちと言葉を交わしていたという。彼らは自然と協力し合い、お互いに尊重し、何万年も共に生きた。しかし力は時と共に失われ、今では夢物語として子守歌でしか登場することはない。

 もしかして、ジハナは蛍と言葉を交わしていたんだろうか?そうだとしたら彼が言葉を濁した今までの秘密や随分と懐いていたリスたちの事も辻褄が合う気がした。

 私たち3人は用水路を戻り、こそこそと自分たちの部屋のある5階まで辿り着いた。


「今回はうまくいったな」
「うん、やっぱり水路が良かったんだよ」
「また行こうね」
「おう、とりあえず、エルウィン王子の部屋まで送る」


 あたりを見回しながらそぉっとエルウィンの部屋の扉を開けて弟、私の順で隙間から滑り込む。弟が部屋に入った後に廊下の方を見ながら部屋に入った私は部屋の入り口で突っ立っていたエルウィンにぶつかり、同時に息をのむような音を聞いた。

 不思議に思ってエルウィンのほうを向き、後悔する。「どうした?」と遅れて部屋に入ってきたジハナも私の後ろで「ひぇ」と小さい悲鳴を上げたのが分かった。


 父、エルフの王、エルロサールが仁王立ちでこちらを睨んでいたのだ。


「お前たちは前回から何も学ばなかったのか!!」


 父が怒鳴るのを私たちは縮こまりながら聞く。
 あの後3人で父に連れられ、私の部屋に移動した。私の部屋ではネオニールが待ち受けていてどちらの部屋に帰ったにせよ、見つかっていたとわかる。その上ジハナの父親まで登場し、私たち3人はこの世の終わりのような心持だった。


「前回のお前たちの行動も、見張りからすべて報告を受けている。城を抜け出した挙句、いざ兵に見つかればお互いに責任を押し付けて逃げ出そうと口論していたらしいな。まったく誠実であるべきエルフとして情けない。それに前回見つかってから何日たった?2週間もあいておらんのだぞ!私がお前たちと話をしようと思って部屋を訪ね、だれもいないと気付いた時の気持ちが分かるか?反省の欠片も感じられぬ。私やネオニールの言葉は全くお前たちに届いていなかったのだ、なんと悲しい事か!」


 いつも口数の少ない父がこんなに怒るのは初めてだった。一気にまくし立てた後、ふーっと長く息を吐きだす。
 弟はべそべそ泣き始めていて、ジハナは責任を感じているのか俯きっぱなしだった。


「今日はどこへ行っていた?答えよレンドウィル」
「裏庭に、蛍を見に……」
「星の次は蛍か」
「……ごめんなさい」
「謝らずともよい、お前の謝罪がその場限りなのはわかっておる」
「……」

 父に見限られたような気がしてジワリと目に涙が浮かぶ。
 私の顔をじっと見た後、父はため息をついてから「大きな声を出して疲れた。寝る」と言って部屋を出て行ってしまった。

 ネオニールは私たち3人に怪我がないかを確認してから、全員に謹慎を命じた。私たち2人の部屋の前には3か月の間見張りが立つことになり、ジハナには3カ月間自宅から出る際は必ず両親のどちらかと一緒にいる事が条件になった。

ヴァーデン殿に腕を掴まれ引き摺られるように帰っていくジハナが最後に「ごめん!」と叫んだ。
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