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第1章 幼少期
4話 王子と出会い②
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ジハナを見られただろうか?
冷や汗がどっと出て首から背中を伝う。
「は、母上...」
「あら、外を見ていたの?ぴぃちゃんを探していたのかしら」
「い、いえ!ただ、窓を閉めようかなと思っていたところでした」
「あら、恥ずかしがらなくてもいいのよ。男の子だって寂しくなる時があるわ」
窓を閉めるついでに外に向かって猫を追い払うようなしぐさをする。ジハナも理解したのか、ひら、と手を振り返した。
ばっと部屋の方へ向き直り、母に聞く。母はのんびりとした歩みで部屋の奥へ進みベッドに腰かけた。その目線は穏やかに窓の外の空へそそがれている。見つかっては、いないと、思う。
「母上、なにか御用でしたか?」
「理由が無ければ来てはいけない?」
「まさか、私が母上を訪ねればよかったと思っただけです」
「ふふ、レンドウィルはエルウィンとアイニェンよりまだ元気ね。こちらへいらっしゃい」
母は微笑むとベッドに腰かけたまま両手を広げた。
抱き着けという事だろうか。もう18なのに母の膝の上はちょっと恥ずかしい。ちょっとした抵抗として母の腕の中ではなく、隣に座る。
「あら、寂しいわねぇ」
寂しいと言いながらも隣にいる私をぎゅっと抱きしめた母は嬉しそうだ。
弟や妹より大きいとはいえ私はまだ母の半分くらいの背丈で、細い腕の中にすっぽりと収まってしまう。温かく包み込まれると今度は素直に甘えたくなり母に寄りかかる。
「ねぇレンドウィル。ぴぃちゃんは元気でいるかしら」
「きっと大丈夫です。兄弟も迎えに来ていましたし」
「あら、私はあの2羽のこと親が迎えに来たんだと思ったわ、ふふ、自分が親だからそう思うのかしらね?」
「そっか、親だったのかもしれませんね」
「どっちにしろ、きっと家族で仲良く暮らしているわ。」
「……そうですね」
どうやら、母は私を元気づけに来たようだった。しばらく私を抱きしめて揺らしながら話し、最後に頬をむぎゅっと潰して額にキスをした後、満足げに帰っていった。
新しい出会いに母のぬくもり、私はつかの間ぴぃちゃんを忘れることができたのだった。
初めて部屋へ現れてから数日もしないうちにジハナがまたやってきた。
部屋でのんびり本を読んでいた時だ、コンコンと窓を叩く音がしてそちらをみるとジハナがいた。
「ジハナだよ、あけて~」
「今行くよ」
窓を開けて入ってきたジハナは相変わらず土埃まみれだ。
「よ、レンドウィル!」
「本当にまた来たんだね。それに君、どうしていつも土まみれなの?」
「午前中にちょっと森で遊んでたから。あ、ごめん、部屋汚れちゃうよな」
そういうとジハナは窓の外に出てぱたぱたと服の土を払って戻ってくる。綺麗にはなっていないが、さっきよりはましになった。
「この間はびっくりしたな。レンドウィルの母上?」
「あぁ、ジハナを見られたかと思って肝が冷えたよ。母上は気が付いていなかったみたいだけど」
「あはは、怒られなくてよかったな」
一応、ジハナにもバレたら怒られるという認識があるらしかった。あまりにも普通にやってくるからそのあたりの感覚が無いのかと思っていたところだ。
ジハナは前回と同じ床に座ろうとして、私の机にある本に視線を止めた。
「本読んでたの?」
「あぁ、父上から借りた。異国の本」
「どんな話なんだ?」
「小さなネズミが頭を使って魔物を倒す話だよ」
「へぇ、ねずみが?面白そうだな」
ジハナはそわそわと本の方を見ている。
「父上の物だから、流石に貸せないよ」
「そ、そうだよな。ごめん。あ、ここにいる間なら読んでもいいか?」
「それならいいけど。でもせっかく来たんだから話がしたい」
ジハナは本から私に視線をうつすときょとんとした顔のまましばらく私を見つめ、そのあとニヤッと笑って「話がしたいなんて、もう友達だよな?」と言った。
「残念、まだ知り合いだね」
「つれないなぁ。でも今日は賄賂があるんだ」
「あはは。賄賂?」
「そう、ほらこれ!」
ジハナはポケットから白い布で包まれた何かを取り出す。丁寧に布をあけていくと、入っていたのは蒸しパンだった。
「蒸しパン?」
「そう、ここに来る前に家に寄ったらちょうど母さんがパン焼いててさ。友達に会うって言ったらもってけって」
「何か入ってる」
「甘芋だよ。パンだけど、お菓子みたいな感じ」
ジハナは蒸しパンを2つに割って、少し考えた後に 大きい方を私に差し出した。
遠慮なく受け取ると、パンはまだほんのり温かく、甘い香りがする。表面にも、割ったところからも四角く切られた甘芋が沢山見えた。
「ありがと、随分と美味しそうな賄賂だ」
「だろ?俺、甘芋が入ったやつが一番好き」
早速食べ始めたジハナを見て、一口かじる。甘芋の甘さがほんのりと感じられる。優しい味のパンだ。
「おいしい。」
「ほんと?よかった。王子が好きな食べ物なんてわかんないから、ちょっと不安だったんだ」
「おいしいよ、豆の入った蒸しパンはたまに食べるけど、甘芋のほうがおいしいかも」
ジハナはほっとしたように肩の力を抜いて、大きな口をあけてパンをかじる。私も食べ進めながら前回聞けなかった質問を投げた。
「ジハナ、今日も見張りに見つからなかった?」
「うん、完璧」
「どうやってるの?」
「見張りの動くルートは決まってるから、それを覚えて、見えないように進むだけだよ」
「ううん、そんな単純じゃないはずなのに……」
「3日くらいずっと観察して、紙に書いて覚えて、見張りの顔と、それぞれの休憩の時間も覚えて……思ったより壁は登りづらいし、結構大変だったんだぜ」
ジハナが少し得意気になる。
「……そこまでして会いに来てくれたの?」
「え……まぁ、そういうことに、なるな」
ジハナはそっぽを向いて答える。お互いちょっと恥ずかしくなって無言になったので私は無理矢理話を進めた。
「もしかして、父上や母上の部屋にも行けるの?」
「どうだろ?やってみたことはないけど、うまくいっても、失敗してもすごく怒られそうだしやめとく。 父上が仕事クビになったら困るし」
「え、ジハナのお父上はここで働いてるの?」
「金細工師だから城下の工房にいる。でもデザインの確認とか、納品とかでよく城に行くよ」
「へぇ、じゃあ私も会ったことあるのかな」
「あるんじゃないか?うちは祝い事の時とかにつける装飾品を作ってるから。今度納品の時とか着いていこうかな。それでレンドウィルに会えたら面白いよな!お互い知らないフリしてさぁ」
「ごめん、私、ジハナの顔見たら笑っちゃうかもしれない。」
「だめだめ、我慢しないと!」
「あはは!想像するだけで笑っちゃうのに、本当に会って私たち我慢できるかな?」
この日をきっかけに、ジハナは頻繁に私の部屋を訪ねるようになる。彼との会話は何とも軽く、頭を使わない。
私は次第にジハナが訪ねてくるのが楽しみになっていったのだった。
冷や汗がどっと出て首から背中を伝う。
「は、母上...」
「あら、外を見ていたの?ぴぃちゃんを探していたのかしら」
「い、いえ!ただ、窓を閉めようかなと思っていたところでした」
「あら、恥ずかしがらなくてもいいのよ。男の子だって寂しくなる時があるわ」
窓を閉めるついでに外に向かって猫を追い払うようなしぐさをする。ジハナも理解したのか、ひら、と手を振り返した。
ばっと部屋の方へ向き直り、母に聞く。母はのんびりとした歩みで部屋の奥へ進みベッドに腰かけた。その目線は穏やかに窓の外の空へそそがれている。見つかっては、いないと、思う。
「母上、なにか御用でしたか?」
「理由が無ければ来てはいけない?」
「まさか、私が母上を訪ねればよかったと思っただけです」
「ふふ、レンドウィルはエルウィンとアイニェンよりまだ元気ね。こちらへいらっしゃい」
母は微笑むとベッドに腰かけたまま両手を広げた。
抱き着けという事だろうか。もう18なのに母の膝の上はちょっと恥ずかしい。ちょっとした抵抗として母の腕の中ではなく、隣に座る。
「あら、寂しいわねぇ」
寂しいと言いながらも隣にいる私をぎゅっと抱きしめた母は嬉しそうだ。
弟や妹より大きいとはいえ私はまだ母の半分くらいの背丈で、細い腕の中にすっぽりと収まってしまう。温かく包み込まれると今度は素直に甘えたくなり母に寄りかかる。
「ねぇレンドウィル。ぴぃちゃんは元気でいるかしら」
「きっと大丈夫です。兄弟も迎えに来ていましたし」
「あら、私はあの2羽のこと親が迎えに来たんだと思ったわ、ふふ、自分が親だからそう思うのかしらね?」
「そっか、親だったのかもしれませんね」
「どっちにしろ、きっと家族で仲良く暮らしているわ。」
「……そうですね」
どうやら、母は私を元気づけに来たようだった。しばらく私を抱きしめて揺らしながら話し、最後に頬をむぎゅっと潰して額にキスをした後、満足げに帰っていった。
新しい出会いに母のぬくもり、私はつかの間ぴぃちゃんを忘れることができたのだった。
初めて部屋へ現れてから数日もしないうちにジハナがまたやってきた。
部屋でのんびり本を読んでいた時だ、コンコンと窓を叩く音がしてそちらをみるとジハナがいた。
「ジハナだよ、あけて~」
「今行くよ」
窓を開けて入ってきたジハナは相変わらず土埃まみれだ。
「よ、レンドウィル!」
「本当にまた来たんだね。それに君、どうしていつも土まみれなの?」
「午前中にちょっと森で遊んでたから。あ、ごめん、部屋汚れちゃうよな」
そういうとジハナは窓の外に出てぱたぱたと服の土を払って戻ってくる。綺麗にはなっていないが、さっきよりはましになった。
「この間はびっくりしたな。レンドウィルの母上?」
「あぁ、ジハナを見られたかと思って肝が冷えたよ。母上は気が付いていなかったみたいだけど」
「あはは、怒られなくてよかったな」
一応、ジハナにもバレたら怒られるという認識があるらしかった。あまりにも普通にやってくるからそのあたりの感覚が無いのかと思っていたところだ。
ジハナは前回と同じ床に座ろうとして、私の机にある本に視線を止めた。
「本読んでたの?」
「あぁ、父上から借りた。異国の本」
「どんな話なんだ?」
「小さなネズミが頭を使って魔物を倒す話だよ」
「へぇ、ねずみが?面白そうだな」
ジハナはそわそわと本の方を見ている。
「父上の物だから、流石に貸せないよ」
「そ、そうだよな。ごめん。あ、ここにいる間なら読んでもいいか?」
「それならいいけど。でもせっかく来たんだから話がしたい」
ジハナは本から私に視線をうつすときょとんとした顔のまましばらく私を見つめ、そのあとニヤッと笑って「話がしたいなんて、もう友達だよな?」と言った。
「残念、まだ知り合いだね」
「つれないなぁ。でも今日は賄賂があるんだ」
「あはは。賄賂?」
「そう、ほらこれ!」
ジハナはポケットから白い布で包まれた何かを取り出す。丁寧に布をあけていくと、入っていたのは蒸しパンだった。
「蒸しパン?」
「そう、ここに来る前に家に寄ったらちょうど母さんがパン焼いててさ。友達に会うって言ったらもってけって」
「何か入ってる」
「甘芋だよ。パンだけど、お菓子みたいな感じ」
ジハナは蒸しパンを2つに割って、少し考えた後に 大きい方を私に差し出した。
遠慮なく受け取ると、パンはまだほんのり温かく、甘い香りがする。表面にも、割ったところからも四角く切られた甘芋が沢山見えた。
「ありがと、随分と美味しそうな賄賂だ」
「だろ?俺、甘芋が入ったやつが一番好き」
早速食べ始めたジハナを見て、一口かじる。甘芋の甘さがほんのりと感じられる。優しい味のパンだ。
「おいしい。」
「ほんと?よかった。王子が好きな食べ物なんてわかんないから、ちょっと不安だったんだ」
「おいしいよ、豆の入った蒸しパンはたまに食べるけど、甘芋のほうがおいしいかも」
ジハナはほっとしたように肩の力を抜いて、大きな口をあけてパンをかじる。私も食べ進めながら前回聞けなかった質問を投げた。
「ジハナ、今日も見張りに見つからなかった?」
「うん、完璧」
「どうやってるの?」
「見張りの動くルートは決まってるから、それを覚えて、見えないように進むだけだよ」
「ううん、そんな単純じゃないはずなのに……」
「3日くらいずっと観察して、紙に書いて覚えて、見張りの顔と、それぞれの休憩の時間も覚えて……思ったより壁は登りづらいし、結構大変だったんだぜ」
ジハナが少し得意気になる。
「……そこまでして会いに来てくれたの?」
「え……まぁ、そういうことに、なるな」
ジハナはそっぽを向いて答える。お互いちょっと恥ずかしくなって無言になったので私は無理矢理話を進めた。
「もしかして、父上や母上の部屋にも行けるの?」
「どうだろ?やってみたことはないけど、うまくいっても、失敗してもすごく怒られそうだしやめとく。 父上が仕事クビになったら困るし」
「え、ジハナのお父上はここで働いてるの?」
「金細工師だから城下の工房にいる。でもデザインの確認とか、納品とかでよく城に行くよ」
「へぇ、じゃあ私も会ったことあるのかな」
「あるんじゃないか?うちは祝い事の時とかにつける装飾品を作ってるから。今度納品の時とか着いていこうかな。それでレンドウィルに会えたら面白いよな!お互い知らないフリしてさぁ」
「ごめん、私、ジハナの顔見たら笑っちゃうかもしれない。」
「だめだめ、我慢しないと!」
「あはは!想像するだけで笑っちゃうのに、本当に会って私たち我慢できるかな?」
この日をきっかけに、ジハナは頻繁に私の部屋を訪ねるようになる。彼との会話は何とも軽く、頭を使わない。
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