118 / 120
番外編
一日千秋~玉彦視点。六隠廻り最初の頃のお話です。
しおりを挟む十畳の私室。
本棚に整然と並ぶ本の奥には、自分以外は知らない大切な箱がある。
彼女を連想させる夏の青空の色をさせた箱を開けば、可愛らしい色とりどりの封筒が目に飛び込んでくる。
数か月に一度、彼女からの便りを最初のものから読み直す。
自分に相応しくなると言ってくれた彼女は、その言葉に違わず、努力を重ね昨年は希望の志望校に合格をしていた。
南天に聞けば通山市にある国明館高校と云うところは、市内でもそれなりのレベルに在るようだった。
進学校だと聞き、彼女に逢えるのはまだ先になりそうだと少々残念に思う。
そう思い、ふと考える。
果たして彼女は再び、自分の前に現れてくれるのだろうか。と。
四年前に拙い約束を交わし、こうして便りは来るけれど、人の心は移ろうもの。
これから先、彼女が出逢う人々の中に心を揺さぶられる相手が現れるかもしれない。
……考えても詮の無いことだ。
この地に縛られる自分に、飛び立つ鳥は引き止められない。
そのあとを追うことすら出来ない自分に出来ることと言えば、何もない。
深く溜息を吐き、椅子に腰かけると、机上に飾られている写真が恨めしい。
あの夏。
彼女が帰ってしまうときに、ようやく一枚だけ共に写せた。
父と南天の携帯電話を壊し、三郎爺の家にあった古いカメラでようやく撮れた一枚。
並び立ち、背後では柔らかな手を握った。
離したくないと何度も思い、それでも離れていった手を追い掛けることはできなかった。
勝気にこちらを見て微笑む彼女は、今頃どのような成長を遂げているのか。
あれから一度だけ、彼女の姿を垣間見たことがある。
彼女の父から親友である自分の父に送られてきた画像の中に彼女はいた。
けれど自分が手にした瞬間、スッと画面が暗くなり終わってしまった。
この時ほど己の身体に流れる正武家の血を疎ましく感じたことは無い。
箱の中から一番新しい便りを開く。
春。
高校二年生に無事に進級できたと報告があった。
アルバイトに精を出し、部活には入ってはいないそうだ。
親友の小町と守とは腐れ縁が続いているそうで何よりだ。
それよりも時々便りに出てくる、高田くんとやらが気に掛かる。
奴は彼女と同じ中学の出身で、生徒会で仲良くなり、高校までも一緒である。
昨年の秋の便りには席が隣同士になったともあった。
彼女はあっけらかんとしているが、気に掛かる。
さて、夏の便りはなにを書こうか。
とりあえず息災であることは伝えなければならない。
それから豹馬や須藤にも変わりが無いこと。
ついでに父上のことでも書いてやるか。
弓場に関しては個人的にやり取りをしているだろうから、敢えて記すことは無いだろう。
そして筆が止まる。
書き連ねたいことは沢山ある。
それこそ便箋何十枚にもなるだろう。
けれど受け取った彼女が重荷に感じてはならない。
彼女には彼女の選択肢があり、約束に縛られてはならないのだから。
そう考えて当たり障りの無いことをあっさりと記し、封筒に収める。
たった一枚。
礼儀としてもう一枚白紙のものも収める。
これは返事の為のものであるという意味や、色々と伝えたいこともあるが取り急ぎ一枚にて送るという意味合いがある。
彼女の中で後者だと理解し、そこに何を書きたかったのか想いを馳せて欲しいと思うのは独り善がりな考えだろう。
封をして立ち上がる。
そして縁側に面した障子を開け放つ。
猫の鋭い爪のような月が浮かんでいた。
これからあの月は段々と肥えてゆく。
彼女も月を見上げることはあるだろうか。
今このとき、同じ月を眺めているだろうか。
「玉彦様」
柄にもなく物思いに耽っていれば、襖の向こうより南天の声掛けがあった。
壁時計を確認すると、既にもう二十一時を回っている。
今宵は役目の予定もなく、南天が声掛けする理由は思い当たらない。
襖を開け見下ろす。
低頭したままの南天は二十二時に来客があると告げた。
翌日では駄目なのかと聞けば、火急の用件で先方はどうしても今夜でなければならないと押し通したようである。
しかし南天に対し、己の都合を押し通せる人物となれば限られていた。
「豊綱か」
「いいえ。違います」
「では、誰か」
「それは……。申し訳ございません。私も先ほど連絡を受け、どなたが参られるのか把握していないのです」
誰が来るのか解らない。
それはどこぞの組織から担当が来るということなのだろう。
「相分かった。父上は出られるのか」
「はい。先ほどお伝えに上がりました」
「不平を言っていたであろう?」
曖昧に笑った南天はこれから出迎えに行かなくてはならないと早々に場を立ち去った。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
人生終了のRUN
仲葉彗
ライト文芸
オタクもどきの夏未は、リアルでも振るわない残念な人生を送っていた。
そんなとき、礫苑と名乗る『死神』から掛かってきた『人生終了を告げる電話』。
半年後、私は私の体を立ち退かなければならない……。
自分の人生とは何だったのか。
突如として終わりを突き付けられた夏未は、礫苑と共に『彼岸』のトラブルをあれこれ切り抜けながら、『人生終了』に向かって走り出す。
大切なあなたに幸せを
フィリア
ライト文芸
事故に遭い、絶対に助からないと思われていた命。だが、奇跡が起こり、柳沢秀は一命を取り留める。そうして生きることができた秀はこれからの生活を満喫しようとして…
好きなんだからいいじゃない
優蘭みこ
ライト文芸
人にどう思われようが、好きなんだからしょうがないじゃんっていう食べ物、有りません?私、結構ありますよん。特にご飯とインスタント麺が好きな私が愛して止まない、人にどう思われようがどういう舌してるんだって思われようが平気な食べ物を、ぽつりぽつりとご紹介してまいりたいと思います。
sweet!!
仔犬
BL
バイトに趣味と毎日を楽しく過ごしすぎてる3人が超絶美形不良に溺愛されるお話です。
「バイトが楽しすぎる……」
「唯のせいで羞恥心がなくなっちゃって」
「……いや、俺が媚び売れるとでも思ってんの?」
鳥に追われる
白木
ライト文芸
突然、町中を埋め尽くし始めた鳥の群れ。
海の上で燃える人たち。不気味な心臓回収人。死人の乗る船。僕たち三人は助かるの?僕には生きる価値があるの?旅の最後に選ばれるのは...【第一章】同じ会社に務める気弱な青年オオミと正義感あふれる先輩のアオチ、掴みどころのない年長のオゼは帰省のため、一緒に船に乗り込む。故郷が同じこと意外共通点がないと思っていた三人には、過去に意外なつながりがあった。疑心暗鬼を乗せたまま、もう、陸地には戻れない。【第二章】突然ぶつかってきた船。その船上は凄惨な殺人が起きた直後のようだった。二つ目の船の心臓回収人と乗客も巻き込んで船が進む先、その目的が明かされる。【第三章】生き残れる乗客は一人。そんなルールを突きつけられた三人。全員で生き残る道を探し、ルールを作った張本人からの罠に立ち向かう。【第四章】減っていく仲間、新しく加わる仲間、ついに次の世界に行く者が決まる。どうして選別は必要だったのか?次の世界で待ち受けるものは?全てが明かされる。
こちら京都府警騎馬隊本部~私達が乗るのはお馬さんです
鏡野ゆう
ライト文芸
ここにいるおまわりさん達が乗るのは、パトカーでも白バイでもなくお馬さんです。
京都府警騎馬隊に配属になった新米警察官と新米お馬さんのお話。
※このお話はフィクションです。実在の京都府警察騎馬隊とは何ら関係はございません※
※カクヨム、小説家になろうでも公開中※
ウェヌスの涙 −極楽堂鉱石薬店奇譚−
永久野 和浩
ライト文芸
仮想の時代、大正参拾余年。
その世界では、鉱石は薬として扱われていた。
鉱石の薬効に鼻の効く人間が一定数居て、彼らはその特性を活かし薬屋を営んでいた。
極楽堂鉱石薬店の女主の妹 極楽院由乃(ごくらくいんよしの)は、生家の近くの線路の廃線に伴い学校の近くで姉が営んでいる店に越してくる。
その町では、龍神伝説のある湖での女学生同士の心中事件や、不審な男の付き纏い、女学生による真珠煙管の違法乱用などきな臭い噂が行き交っていた。
ある日、由乃は女学校で亡き兄弟に瓜二つの上級生、嘉月柘榴(かげつざくろ)に出会う。
誰に対しても心を閉ざし、人目につかないところで真珠煙管を吸い、陰で男と通じていて不良女学生と名高い彼女に、由乃は心惹かれてしまう。
だが、彼女には不穏な噂がいくつも付き纏っていた。
※作中の鉱石薬は独自設定です。実際の鉱石にそのような薬効はありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる