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第十三章 そうぼう
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しおりを挟む二度目のお風呂場での禊は、澄彦さんと二人きりだった。
私は零れ落ちる涙を止められなくて、澄彦さんは微かに口元を優しく歪めていた。
そっとお湯で私の身体を流してくれている。
「ごめんなさい、澄彦さん……」
「うん。もう十回は聞いたよ」
「すみません……」
「それも、十回くらい聞いたね」
「私、面倒ばかり起こしてしまって……」
「そんなの、僕と光一朗がやらかしてたことと比べたら、ありんことぞうさんだよ」
澄彦さんの軽口は、今の私には素通りだ。
私の勝手な行動で、お屋敷は大騒動だ。
澄彦さんと宗祐さんが間一髪で帰って来たから良かったものの、もしと考えると頭が真っ白になる。
それに、玉彦にも完璧に嫌われた。
私のこと、神守の者って呼んだ。
はっきりとあちらから線を引かれてしまったのだ。
「で、何があって外に出たの? 危険だって解ってたはずだよね?」
優しい問い掛けに頷く。
解ってた、すごく解ってた。
でも、どうしても玉彦を追い掛けなくてはと。
全くの勘違いだったけど。
「どうして?」
澄彦さんのどうしては多門のどうしてとは違った。
小さい子の嘘を正直に答えられるようにする為のどうしてだった。
「蔵人が、前に教えてくれたんです……。正武家の者は一大事の時、一人でお役目に向かうって」
「うん。それで?」
「縁側にお役目に行く前の玉彦が座っていて。台所に南天さんが居て。南天さんがっ、いるのにお役目なんておかしいって思ってっ」
話をしながら、私は堪え切れなくなって黒ずむお湯に涙を落とした。
涙はすぐに黒く染まり、私の心の色の様だった。
「急いで部屋に戻ったんだけど、玉彦はいなくって、一人で行ってしまったって、私だから……」
「須藤とお役目に出ると聞かなかったのかい?」
頷くと澄彦さんは大きく溜息をついた。
「私、玉彦の盾にならなきゃいけないのに置いてけぼりになったら意味が無いのにっ」
「えっ?」
「もうその時が来ちゃったって勘違いしてしまって、冷静に考えれば稀人はいたのに」
「ちょっ、比和子ちゃん!? 誰から、息子から!?」
澄彦さんは流すお湯の手を止めて、私の両肩を掴んだ。
「その時のこと、誰から聞いたの!?」
「何となく何かがあるって自分でも思っていて、あと九条さんも……」
「そこか、そこなのか……。眼を持つ者の繋がりか……」
澄彦さんは両手で顔を覆って下を向く。
そしてそのまま、私に誰にも言ってはならないと呟いた。
「息子は、あれは勘の良い子だから口にはしないけれど知っている。何かがあると。稀人衆は思っていても正武家に付いてくる。だが五村には漏らせない。不安を煽りたくはない」
「……はい」
「君はそれでも、正武家に居てくれるつもりかい?」
「……そのつもりでした。でも、もう、駄目みたいです。玉彦はきっともう、私を見てはくれない。神守の者としか見ないです」
正武家が第一で、私は二の次三の次なのだ。
正武家を危機に晒す真似をした私をきっと許してくれない。
頬の痛みを思い出して、また涙が零れた。
「いやいや、参ったね……」
澄彦さんはそれ以上何も言わずに、私の禊を終えると当主の間へ来るように告げて、立ち去った。
「上げよ、比和子」
当主の間は私にとって断罪の間だった。
ゆっくりと頭を上げて、真っ直ぐに澄彦さんだけを見た。
周りは怖くて見られないから。
お風呂場で会話をした時とは違い、澄彦さんはすっかり当主の面持ちで私を見つめ返した。
「此度の件、先ほど聞いたことで違いないな?」
「はい。皆様には大変なご迷惑をおかけしました。申し訳ございません……」
両手をついて低頭し、唇を噛み締める。
情けないやら悲しいやらで涙が零れ落ちそうになったけど、何とか頑張って踏ん張る。
全部私の自業自得なのだ。
冷静に考えて行動すれば、こんなことにはならなかった。
これから告げられるであろう当主の沙汰が、どんなものであれ私には申し開きも何もない。
「上げよ、比和子。良い。赦す」
あまりにも呆気なく赦された私は、動けなくなった。
澄彦さんの言葉に耳を疑う。
次代の玉彦は正武家を危険な目に晒した私に怒り心頭だった。
だから誰よりも正武家を第一に考えているはずの当主である澄彦さんもそうであるはずだった。
なのに……。
困惑する私と同様に、当主の間に居た全員の気配が揺れた。
「場替えを行う。これは下知であり、異議は赦さず。
まず、宗祐、多門と共に次代付きとする。
豹馬、須藤はこの澄彦付き、南天は私の妻となる比和子付きとする。
豹馬、須藤が居らぬ時の代役は南天とする。以上」
「はっ?」
今、私の妻って。
私が澄彦さんの妻って……。
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