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第十二章 けつれつ
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しおりを挟む夕餉は玉彦と二人きり。
昼餉の不機嫌がずっと続いている。
いつもなら機嫌はすぐにでも直るのに、午後はずっと多門が居たせいで必要最低限しか会話がなかった。
沈黙の夕餉が終わり、玉彦はさっさと座敷を出て行く。
これは相当怒っている。
というか、多門に嫉妬している。
非常に面倒な状況になってきた。
そして部屋に戻ると、さっきと全く同じ状態の多門が居て、私は頭が痛くなってきた。
彼が悪いんじゃない。
深く考えずに命を下した澄彦さんが悪いのだ。
もしかしたら半分面白がっていたのかもしれない。
私は直ぐ様、澄彦さんにメールをした。
いつ帰って来るのかと。多門はいつまでこうしてなければならないのかと。
返事はすぐに来て、私はスマホの画面を多門に見せた。
すると多門もようやく溜息をついた。
彼だって空気を読めない訳ではないのだ。
「じゃあオレ戻るよ。今日は話が出来て良かった」
そう言って差し出された手を私は迷いなく握り返した。
「私も話が聞けて良かった。清藤のっていうか、多門に対する偏見は無くなったわ。亜門は無理」
言い切った私に、多門は苦笑いをする。
「それじゃ、おやすみ」
「うん、おやすみ」
お互いに手を振って多門は廊下の向こうに、私は部屋へと入る。
清々しい気分は、部屋の明かりが点いていたことにかき消された。
もう冬の寒さがそこまで来ているっていうのに、縁側の障子が開け放たれていた。
そこに白い着物に羽織り姿の玉彦が正座をして月を見上げていた。
不機嫌な理由は、多門と夜に入ったお役目の為だったのね。
「玉彦?」
声を掛けても振り向いてくれないので、私は横に座る。
そうしたらあろうことか玉彦は私に背を向けた。
「なっ……」
せっかく仲直りを私からと思っていたのに、目の前でシャッターを閉められた気分だ。
こうなってくると、私だって面白くない。
お布団を敷いて、着替えを持って、電気を消して部屋を出た。
もう勝手にすれば良い。
あれ?でも、何かがおかしい。
廊下で思い留まって、走って部屋に戻ると縁側にはもう玉彦はいなかった。
縁側から降りて、表門を抜けてもその姿は無かった。
澄彦さんはまだ帰らない。
多門は自分の部屋へと戻った。
さっき通りかかった台所には南天さんが居た。
玉彦はお役目だっていうのに。
玉彦と南天さんがお屋敷を出るのなら、多門は任を解かれないはず。
彼がお役目に出るのなら、南天さんは台所に居ないはず。
蔵人の言葉が頭を過った。
『正武家の者はここぞという一大事には一人だけでお役目に向かう』
ここぞって、なに? いつ?
もしかして今が、その時なの?
私は玄関に戻って靴を履き直して、外に飛び出した。
こんな時に玉彦を一人でお役目に行かせるなんて出来ない。
このまま仲違いをしたままって、そんなの酷すぎる。
石段を駆け下りたその先の石灯籠に、ぼんやりと白い姿が見えた。
私は迷わずにその人に駆け寄る。
「たまっ……!」
声を掛ける瞬間、私の周りにはあの異臭が漂っていた。
冷静になって考えれば、私の早とちりだったのだ。
玉彦がお役目に出向くとき、何も南天さんだけが稀人として共に行くわけではない。
豹馬くんや須藤くんがいたのだ。
と、今この状況で冷静に考えてみた。
多門と闇夜の山中を走り抜けているこの状況で。
私は正武家の石段で、犬外道に捕獲され連れ去られた。
けれどもすぐに多門がその後を追って来てくれていたのを、揺れる視界の中で捉えていた。
もう部屋に下がっていたはずなのに、玉彦がお役目に出ると聞き、心配して私の部屋の様子を見に来てくれたのかもしれない。
犬外道は身体は人間だから、追い掛けられるスピードであったことが幸いし、多門はすぐに犬外道を捕捉して、その身を狗に命じて切り裂いた。
その時に初めて私は狗を視た。
真っ黒な狼だった。
しかも二匹。
「大丈夫か!?」
「た、たたもんっ。大丈夫」
再び返り血を浴びた私は、身体全体に寒気が走って震え出した。
多門に縋り付いて、自分の浅はかさを呪う。
「正武家へ戻る。絶対に手は離すな!」
多門は私の腕を狼の首に回させ走り出した。
残りの一匹を先頭に、多門は私と並走している。
時折犬外道に遭遇するも、倒すことはせずにただひたすら正武家のお屋敷を目指した。
それにしても犬外道の数が多い。
こんなにあの白いのは遺体を抱えていたのか。
「今日のあの索敵で、向こうも本腰を入れちまったんだよ」
息を切らしていない多門が私に言う。
それにしたってこの数は異常だった。
ようやく石段に辿り着いたものの、そこには待ち構えている集団がいて私たちは万事休す。
私は表門からしか正武家には入られない。
多門は裏門からしか入られない。
私を優先することを選んだ多門は、狗と共にその中へと飛び込んだ。
「道を作る! 行け、黒駒!」
私は黒駒と呼ばれた狗にしがみついて目を閉じた。
黒駒は道が出来たそのタイミングで、走り出す。
石段を駆け上り、途中で駆け下りてきた南天さんと澄彦さん、宗祐さんとすれ違った。
これでもう大丈夫だ。
多門も加勢されて無事なはずだ。
黒駒から離れて私は表門を抜けて、倒れ込んだ。
危機一髪だった……。
私を追って来ていた犬外道二体は門を通ることが出来ずに、いつかの様に一人ルームランナーをしている。
呆然とその様子を見ていると、私の背後から矢が二射放たれ犬外道は倒れた。
振り向けばそこには弓を番えた須藤くんがいて、腕組みをした玉彦がゆっくりと私に歩み寄る。
「玉彦……」
起き上がり手を伸ばす。
けれどその手は、彼の手の甲で弾かれ、戻ってきたそれは私の頬を強く打った。
「愚か者が!」
初めて本気で玉彦に怒鳴られて、私は何も言えなくなった。
謝罪の言葉すら出てこない。
「みながどれ程心配し、護りに付いていたと考える。以前から暴走するなとあれ程……。一人で死にたければ勝手にするが良い。だが正武家は巻き込むな、神守の者」
神守の者……。
身を翻した玉彦を追う気力も根性も無く、私はその場に突っ伏して静かに泣くしか出来なかった。
やってしまった……。
私を名ではなく神守の者と呼んだ玉彦は、私にとって玉彦ではなく、玉彦様になってしまった。
宗祐さんに抱えられて表門を通ってきた多門に、無事で良かったと肩を叩かれるまで、私はずっと一人だった。
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