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第十二章 けつれつ
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しおりを挟む「いぬってさ、大きいに点だと思ってるでしょ」
「うん」
「オレのいぬはさ、けものへんに句で狗なんだ。地方によっては狗神って呼ばれてる」
「やっぱり神様なの?」
「違うよ。普通の犬を殺して狗にするんだ」
「……殺すの?」
「そう、色んな方法で餓えさせて、餓死する手前で殺す。それからはまぁ、色んな手順があって狗にする」
私がリアルに想像しないように多門は色々という言葉で濁して詳しくは語らない。
私も聞く気にはならなかった。
愛玩動物の犬がそんな扱いを受けていると考えたくなかった。
「狗はね、清藤の盾であり矛だ。視えない何かを祓う時は勿論、実体化した禍も弱いものなら祓える。その後、使えなくなった狗は別の狗に喰わせるんだ。残酷だろ」
「うん……」
「狗でも太刀打ちできない時は真打の正武家様のご登場だ。でも西の地からこの鈴白は遠い。だから清藤は死に物狂いさ。当主様が来るまで足止めをしなくてはならないからね。もし出来なかったら、清藤不要ということで消えるから」
清藤の多門から語られる正武家は、人情味のない冷徹な主家だ。
必要がないなら斬り捨てる。
私が知る正武家とは全然違う。
「元々狗は正武家のものだった。でも必要のない力だった。だって狗がいなくたって、正武家の人間は何も不自由しないだろ。盾も矛も兼ねる御門森がいて、自身はそれ以上の化け物だ。清藤も狗も、正武家にはいらないんだ」
「でも存続してるじゃないの」
「……そうだね。正武家に盾突くとこうなるぞっていう見せしめ、反面教師だよ」
「そんなこと……」
ないとは言い切れなかった。
正武家のご先祖様がどういう考えで清藤の在り方を考えたのかなんて、誰にももう解らない。
もしかしたら地下の書庫に何か記されているかもしれないけれど、私にはその記述は発見できなかった。
「清藤の話は以上だよ。なんか質問あれば聞くけど」
多門の軽い口調とは裏腹に重い内容だった。
以前に正武家のことを語った玉彦にはその後も色々と質問をぶつけたけれど、今は出来ない。
黙り込んでしまった私に、多門は微笑んだ。
「比和子ちゃん、普通の人間だね」
「え? あぁ、うん?」
「君がもし正武家の人間だったら、きっとこの場でオレを清藤から消すよ」
「何で消すのよ」
だって悪口を羅列したもん、と多門はニヤリとする。
「で、御門森の人間だったら、自業自得だと鼻で笑うだろうね。でもね、清藤のご先祖は夢を見たかったんだ。何者にも縛られずに普通に生きたいって。それってそんなに許されないことだったのかな。狗神憑きと呼ばれてまで血を残さなきゃ駄目だったのかな」
「私には解らないけど」
前置きをして、深呼吸した。
清藤の多門が思うこと、正武家に嫁ぐ私が思うこと。
違いは沢山ある。
でも、それだけじゃないよって私は血に縛られてると思っている多門に伝えたかった。
「少なくとも御門森の宗祐さんは、あんたのこと、同じ稀人の資格を持つ者として接しているわよ。玉彦だって、なんだかんだ言っても少しくらいは信用して大人しく学校へ行ったし、澄彦さんは見てわかるでしょ。惚稀人の私の守護をあんたに任せたんだから」
それに多門が首を縦に振れば稀人として迎えたいとまで言っていたんだから。
今は教えてあげないけどさ。
「だから、必要が無いだなんてそんな馬鹿なこと、考えるんじゃないわよ。必要があるからここにいるの!」
「や、そんなに熱く語られても。……っ。なんだ!?」
多門がどん引きした途端に、私の身体にさわさわと鳥肌が立った。
じわりじわりと良く知っているような気配が足元から寄せて、大波になって引いていく。
一瞬の出来事だったけれど、私という存在が誰かに関知された、そんな感じだった。
多門は固まった私の肩を抱き寄せて、周囲を警戒し始める。
正武家のお屋敷の中にまで影響を及ぼすほどの何かは、鳥たちの囀りさえ止めてしまった。
「なっ、なんなの」
「なにってこれは、とんでもねぇヤツだね」
呟きに多門が何故か呆れていると、庭を通って澄彦さんが駆けて来た。
白い着物はお役目中の澄彦さんで、池の辺で肩を寄せ合っていた私たちを見つけると安堵する。
当主の間から飛び出してきたらしく、白い足袋は汚れていた。
「二人とも、大丈夫だったかい?」
揃って頷くと、澄彦さんは苦々しい表情を作った。
「比和子ちゃん。一応聞いておくけど、息子に何か言った?」
「え、特には」
午前中で帰って来るとは言っていたけど、それは澄彦さんには言わないでおこう。
多門も余計なことを言わずに口を閉じている。
澄彦さんはガシガシと頭を掻いて腕組みをした。
そして美山高校がある方角を睨み付けた。
「アイツ、何てことを」
「澄彦さん?」
「あ、大丈夫ならそれで良し。アイツ、今夜は説教だな」
そうぼやいて澄彦さんは庭を戻っていく。
意味が解らない私は、取り合えず玉彦が何かしたのかな? くらいにしか考えていなかった。
そして多門を見れば、澄彦さんと同じ方角を見ていた。
「多門?」
「え? 今の、次代だろ。調査が面倒臭くなって癇癪を起したんだ」
「玉彦が癇癪?」
私は思わず笑ってしまった。
だってあの玉彦が癇癪だなんて、そんな子供っぽいこと。
全然想像できない。
「笑ってるけど、これって相当だよ」
「まさかー」
あははと声を上げれば、多門はますます眉を顰めた。
「面倒になって爆発的に索敵させたんだ。この辺りの地に足が付いている者全て、山神の力で。空にいる者以外の場所をきっと把握した」
「またまたー」
玉彦の山神様のお力は夜に本領を発揮するのだ。
そう、夜に……。
あれ、でもそれって昼間に使えないってことではないのか……。
『やるしかあるまい。多少消耗するが、出来ない訳ではない』
それってもしかして、このことだったんじゃ……。
「ねぇ、多門……」
「だから言ったでしょ。好戦的だって」
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