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第九章 おやくめ
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しおりを挟む「蔵人、そろそろ……」
感動の再会をもう少しさせてあげたいけれど、私たちには時間が無かった。
蔵人は優しく微笑みながら久吉を一度強く抱きしめ、下に降ろした。
久吉の背を押して私の前に進み出させる。
久吉は西洋のゴブリンみたいだったけれど、不安そうに私を見上げたその瞳は南天さんの息子の竜輝くんくらい澄んでいた。
「両手、出して」
差し出された小さな両手に、私は先ほどのお菓子をてんこ盛りに乗せた。
それを見た久吉はパアッと表情を明るくさせる。
「この前は一個しかなくてごめんね。今日はいっぱい持ってきたから」
久吉はボロボロの着物の懐に落とさない様に仕舞い込んで、一つだけ飴を口に含んだ。
「ありがとう」
「ううん、こっちこそありがとう。痛い思いをさせちゃってごめんね」
「平気」
久吉がそう言えば、蔵人が頭を撫でる。
褒められて破顔させた久吉を雪之丞が抱きしめた。
「すぐに皆往く。待っておれ」
「うん」
私は三人のつかの間のお別れを見届けて、ゆっくりと久吉の中へと入った。
黄色とオレンジの世界で久吉は立ち竦んでいた。
きょろきょろと辺りを見渡して、私を見つけると駆け寄る。
「どこに行けばいいの?」
私は微笑みながら手を取って上を指差した。
つられて久吉も上を見上げる。
そこにまだお迎えの光は無かった。
二人でずっと見上げていると、微かに誰かが降りてくる。
一人だけ。
私はその人物に目を見開いた。
だって、久吉とは全く関係のない岸本先生だったから。
「先生!?」
「お迎えに来ましたよ」
先生はあの時のままの姿で、私に微笑んだ。
「どうして……」
先生は手を伸ばして久吉を抱き上げる。
そして浮かび上がりつつ、私に答えた。
「もうこの子の縁者は次の人生を歩んでいるようです。上から上守さんが見えたので来ました」
「あっ、ありがとうございます。あのっ、あと六人送る予定なんです!」
私ってばほんと図々しいと自分でも思う。
岸本先生にあと六人迎えに来てくれと言っているようなものだ。
なのに先生は何度も頷いてくれた。
出来の悪い生徒ほど可愛いと思ってくれていれば良いのだけれど。
二人の姿が見えなくなり、私は久吉の世界が消える前に大きく柏手を打った。
世界が一気に暗くなり、私は戻りに失敗したかと焦ったけれど、そこはただの闇夜の先ほどの場所だった。
私はしゃがみ込んで、久吉が残していった足跡を指で形どる。
どうやら上手く送り出すことが出来たようで安心した。
この調子で次々いきたいな。
「久吉は捨て子でな」
不意に私の背後で様子を見ていた蔵人が口を開いた。
「鈴白の屋敷で育てていた。置いてゆこうと思ったのだが、付いて来てしまってな。こんな私を父と慕っていた」
話を聞けば雪之丞は蔵人に仕えていた人で、この先に待つ女の子の隠は鈴白の付き人だった。
彼女は鈴白が居なくなればその咎を受けることが明白だったので一縷の望みを掛けて付いてきたと蔵人は言っていたけれど、私は違うと思う。
彼女は蔵人のことが好きだったのだ。
じゃなければ蔵人の匂いが付いた私のキャミソールをあんなに欲しがるはずはない。
そして両面宿儺になってしまった双子は、鈴白の屋敷の衛士だった。
みんな様々な思いを抱えながら二人について鈴白へ来たことが解る。
「明日の朝に全員揃ってあの世で笑えるように、次、行くわよ!」
しんみりしてしまっている二人を鼓舞する様に、私は拳を突き上げる。
まだ一人しか送れていないのだ。
ここで感傷に浸っている時間は、私たちにはなかった。
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