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第九章 おやくめ
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しおりを挟む赤石村の鬼の敷石は、苔むしていて見上げるほど巨大だった。
以前に豹馬くんから敷石は隠の身長を表していると教えてもらっていたし、玉彦からも三メートルほどの隠だったと聞いていたので覚悟はしていたけれど、実際聞くと見るとは大違いだった。
こんな隠、説得できるんだろうか。
二人で無言で見上げて目を合わせればお互いに同じことを考えていることがわかった。
「一つ、聞くけど。蔵人って澄彦様くらいの体格だったよな?」
「あ、うん」
「もしコイツが暴れたら、ソイツで何とか出来るのか?」
右手にしていた錫杖を確認する様に豹馬くんは振るっている。
早々に自分の出番が回ってくると考えて、身体を解し始めていた。
「暴れない様に、説得したいよねぇ……」
敷石を再び見上げる。
この中にいる隠は玉彦と南天さんが一日以上戦って腕を切り落としてきた。
お役目に慣れている二人がそんなに時間を掛けた隠に、無謀にも三人、しかも足手纏いな私を入れて挑もうとしている。
これじゃあ玉彦でなくても普通に心配するよねぇ……。
私は腕に抱える澄彦さんから受け取った白い包みをぎゅっと抱きしめる。
蔵人がどれだけ隠へと届く言葉を紡げるのか。
どれだけ抑え込む力を持っているのかは未知数だった。
夜を照らす月がない山中は本当に真っ暗で、私は不可思議なものよりも熊とかそんなのが出てこないか心配していると、不意に頭上から蔵人が敷石の横に着地した。
来てくれて、良かった。
私は蔵人に待ち合わせの時刻を月が天辺に来たらって言ったけれど、新月なので空に月は無かったのである。
計画の練り直しの際に皆から総突っ込みされて、私は肩身が狭かった。
「こんばんは、蔵人」
私は蔵人に駆け寄って、白い包みを差し出す。
この中には澄彦さんに切り落とされた彼の左腕がある。
受け取った蔵人は包みを解いて取り出した腕を左腕に固定する様に押し付け、豹馬くんに目を向けた。
「あの者は?」
「私の、護衛よ。万が一の。正武家から出された条件の一つなんだ」
「そうか……」
蔵人は目を伏せてゆっくりと右手を左腕から離した。
そして感覚を確かめるように元に戻った左手を動かす。
傍目から見ても支障がないように見える。
こんなに簡単にくっ付いてしまうなんて、やっぱり彼も隠なんだなぁって改めて思う。
「では参るか。神守の者」
「えぇ、参りましょう。行くわよ、豹馬くん」
「……応」
やる気のない豹馬くんを一瞥して、私は後藤さんの血を鬼の敷石へと垂らした。
するとゆっくりと敷石が前後左右に動き出し、段々と入り口が姿を現す。
今回の六隠廻り、敷石の中には入らない。
再度の封印の必要がない解放だから。
地中から続く入り口をしばらく見ていると、のそりと影が蠢いた。
緩慢な動きで辺りの様子を窺いながら警戒している。
もう、時間が足りないっていうのにちゃっちゃと出てきなさいよ。
私は袖に入れていた小さな懐中電灯で入り口を照らした。
背後で豹馬くんの馬鹿っていう声が聞こえたけれど気にしない。
こちらに敵意があるなら、すぐにでも向かって来ていただろうし。
それがないってことはこの隠は本日新月の為人間に近い思考をしている。
照らされた隠は、絵本に出てくる赤鬼そのものだった。
髪がわしゃわしゃで立派な両角に、口の端から飛び出した牙。
こん棒と腰巻を着ければ完璧だ。
懐中電灯の明かりを眩しがる様子を見せずに赤鬼は私へと視線を向けた。
以前私が会った女の子の隠とは違い、黒目だけではなく人間と同じ瞳をしている。
理性があるとそういう瞳になるのだろうか。
私が無言で手招きすれば赤鬼は身を敷石から出し、立ち上がる。
横幅もあり、高さと相まってかなりの威圧感だった。
一歩踏み出した赤鬼の前に、蔵人が普通に進み出て戻ったばかりの左腕を上げた。
「雪之丞」
「……蔵人様」
あの赤鬼は雪之丞という名前らしい。
彼はどすどすと蔵人に駆け寄り、その前に傅いた。
「お久しぶりでございます……」
「そうだな。別れ別れになって随分と久しいな」
蔵人が苦笑しているのが背中でわかる。
何百年ぶりの再会にしてはお久しぶりで終わらせる感覚が良く解からない。
もっと感動的にこう、ガバッとハグとかしないのかな。
雪之丞は蔵人の肩越しに私を見て、わずかに笑った。ように見える。
「鈴白さまもご健在のようで」
「あぁ……あの者はだな……」
蔵人が口籠ったので、私は対面する二人の横に進み出た。
この雪之丞は大丈夫だと私は判断した。
私を鈴白と認識したってことは、危害を加えてはこないと。
「こんばんは、雪之丞さん。さっそくで悪いんだけど、貴方を送り出すために来ました」
「はい?」
きょとんとした雪之丞に私は簡潔に説明をする。
他の隠も送り出すと解り、雪之丞はそこに座り込んで考え込んでしまった。
そして私に送り出す順番を提案してくる。
そんなこと思ってもいなかったので、思わず豹馬くんを呼び、二人で作戦会議を立てる。
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