私と玉彦の学校七不思議

清水 律

文字の大きさ
上 下
57 / 120
第八章 ろくおぬ

4

しおりを挟む

 目を見開いて固まっている澄彦さんは、私を見つめたまま猛烈に頭の記憶の箱を引っくり返している。
 それはそうだろう。
 私が口にするにしては古臭い言い回しだし。
 しかも命令してるし。
 ようやく澄彦さんの口が開いたのは、それから数分してからのこと。

「……承知した。神守の者。正武家は此度の件、神守に尽力する」

「父上!」

 思わず玉彦が身を乗り出して澄彦さんに意見をしようとすれば、彼はそれに首を振って答えた。

「同じ帝の命を受けた神守を止めることが出来るのは帝と正武家のみ。逆も然り。役目を全うする神守を塞ぐのは帝の命に背く事なり。もし塞げば……正武家は役目の任を解かれる」

 正武家が任を解かれるということは、達成とは違う。
 帝の命を全うできなかったとして、全てを失う。
 そのことに初めて思い至った私は、なんていう事を言ってしまったのだと後悔が襲った。
 もう二度と口にしてはならない。
 私は正武家を無くすためここにいる訳ではない。
 血の気が引いていく私に、澄彦さんは語る。

「神守の者。正武家はどのくらいの間、思い上がっていたのか身が引き締まる思いだ。この澄彦、未だ当主に在らぬとさえ感じた。今後は……」

 今後は正武家に忌憚なく意見する様に、と多分続けたかった澄彦さんの言葉を遮る。
 でも私にはそんな大層な考えなんてないのだ。
 責任も持てない。

「す、すすす澄彦さん、あ、澄彦様。私はもう今回だけ、何とかしてくれたらもう生意気言いません!」

「そうもいかぬだろう……」

「私は神守だけど大層なことは分からないし、帝の命とか言っちゃったけど全然使命感ないし、何よりも正武家が、玉彦がいなくなるのは困るんです!」

「……」

「澄彦様!」

 私が必死に呼びかけると、澄彦さんは苦笑いをして立ち上がった。
 後ろに控えていた宗祐さんを目で促し、奥の襖を開けさせる。

「後のことは次代と打ち合わせを行え。次代、神守の計画には穴が多数ある。解っているな?」

「……はい」

「明晩決行とのことだ。明日は休みを取り、実行に備えよ。稀人衆も同様だ。以上である」

 締めの言葉に一同頭を下げて、澄彦さんが退出。
 私は姿勢を正せないままにいると、視界に玉彦のものである白い足袋が入ってくる。

「神守の者。惣領の間へと移動する。立て」

「……はい」

 澄彦さんも玉彦も、いつもの様に私を呼んではくれない。
 それが少しだけ悲しい。
 自分が選んだ道だけど、泣きたくなった。


 惣領の間にて明日の夜の打ち合わせが終われば、時間はもう十時を過ぎていた。
 夕餉も取らずに自分の部屋に戻った私は、畳に突っ伏した。

 完成した計画は明日の朝、玉彦から澄彦さんへと報告される。
 玉彦は玉彦様だった。
 ずっとずっと無表情で、取り纏めていた。
 南天さんも豹馬くんも須藤くんも、稀人で、竹婆も香本さんも本殿の巫女だった。
 私が知っている皆は、そこにはいなかった。
 私がそう線を引いてしまった。
 上守比和子ではなく、神守の者として接することを望んだ私。

 大した使命感も何もないくせにさ。
 蔵人と鈴白のためってそれだけで、私は自分の立ち位置をぶち壊した。
 これから私、どうするのかな。
 玉彦は正武家のお役目から出来るだけ私を離そうとしていたのに。
 自分から足を突っ込んで、頭まで浸かった私のこと、きっと呆れて嫌いになってしまったかもしれない。
 跡取りだけ作って、正武家のお役目に口を出すことのないようにもう鈴白へは来ない方が良いのかな。
 でもな、そうなっちゃうと玉彦をいずれ訪れるその時に護れない。
 いっそのことお祖父ちゃんの裏山にある名もなき神社で生活しようかな。
 その時に玉彦を護る為だけに。
 でも玉彦が私のこと嫌いになってて、跡取りも別の人と作るって言い出して、彼の隣に私ではない人が幸せそうに笑っていたら、私はそれでも玉彦の為にありたいって純粋に思えるだろうか。
 ……神守の者としてどんな事情があっても、正武家に尽力するってことで諦めなきゃいけないんだろうな。

 悶々と考えて、縁側にある障子を開け放つ。
 裸足のまま庭に降りて、歩き出す。
 月明かりだけを頼りに庭を横切って、玉彦の部屋を通り過ぎて。
 呼ばれた気がして本殿の前に立ち見上げれば、扉がゆっくりと開く。
 神様たちは出雲にいるっていうのに、誰が私を招き入れようとしているんだろう。

 汚れた足を袖で拭って、階段に足を掛ける。
 微かだけれど本殿内に誰かがいるのを感じる。
 御倉神ではないことだけは確かだった。

 一礼して真っ暗な本殿へと入り、真ん中にぽつんと座る。
 気配はやがて明確なものになり、私の前に姿を現した。

 大柄な男の人で、みずらを結い、白い服を着ている。
 袖と膝のあたりを赤い紐で止めたその人は、音も無く私と向かい合って座った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】改稿版 ベビー・アレルギー

キツナ月。
ライト文芸
2023/01/02 ランキング1位いただきました🙌 感謝!! 生まれたての命に恐怖する私は、人間失格ですか。 ーーー ある日。 悩める女性の元へ、不思議なメモを携えたベビーがやって来る。 【この子を預かってください。  三ヶ月後、あなたに審判が下されます】 このベビー、何者。 そして、お隣さんとの恋の行方は──。 アラサー女子と高飛車ベビーが織りなすドタバタ泣き笑いライフ!

同人サークル「ドリームスピカ」にようこそ!

今野ひなた
ライト文芸
元シナリオライターのニートが、夢を奪われた少年にもう一度元気を出してもらうために同人ゲームを作る話。

こちら京都府警騎馬隊本部~私達が乗るのはお馬さんです

鏡野ゆう
ライト文芸
ここにいるおまわりさん達が乗るのは、パトカーでも白バイでもなくお馬さんです。 京都府警騎馬隊に配属になった新米警察官と新米お馬さんのお話。 ※このお話はフィクションです。実在の京都府警察騎馬隊とは何ら関係はございません※ ※カクヨム、小説家になろうでも公開中※

colors -イロカゲ -

雨木良
ライト文芸
女子高生の夏音(かのん)は、物心がついた時から、あらゆる生物や無機物ひとつひとつに、そのモノに重なるように様々な「色」を感じていた。 その一色一色には意味があったのだが、それを理解するには時間がかかった。 普通の人間とは違う特殊な能力を持った夏音の身に起こる、濃密な三日間の出来事とは。 ※現在、二日に一回のペースで更新中です。

鳥に追われる

白木
ライト文芸
突然、町中を埋め尽くし始めた鳥の群れ。 海の上で燃える人たち。不気味な心臓回収人。死人の乗る船。僕たち三人は助かるの?僕には生きる価値があるの?旅の最後に選ばれるのは...【第一章】同じ会社に務める気弱な青年オオミと正義感あふれる先輩のアオチ、掴みどころのない年長のオゼは帰省のため、一緒に船に乗り込む。故郷が同じこと意外共通点がないと思っていた三人には、過去に意外なつながりがあった。疑心暗鬼を乗せたまま、もう、陸地には戻れない。【第二章】突然ぶつかってきた船。その船上は凄惨な殺人が起きた直後のようだった。二つ目の船の心臓回収人と乗客も巻き込んで船が進む先、その目的が明かされる。【第三章】生き残れる乗客は一人。そんなルールを突きつけられた三人。全員で生き残る道を探し、ルールを作った張本人からの罠に立ち向かう。【第四章】減っていく仲間、新しく加わる仲間、ついに次の世界に行く者が決まる。どうして選別は必要だったのか?次の世界で待ち受けるものは?全てが明かされる。

ウェヌスの涙 −極楽堂鉱石薬店奇譚−

永久野 和浩
ライト文芸
仮想の時代、大正参拾余年。 その世界では、鉱石は薬として扱われていた。 鉱石の薬効に鼻の効く人間が一定数居て、彼らはその特性を活かし薬屋を営んでいた。 極楽堂鉱石薬店の女主の妹 極楽院由乃(ごくらくいんよしの)は、生家の近くの線路の廃線に伴い学校の近くで姉が営んでいる店に越してくる。 その町では、龍神伝説のある湖での女学生同士の心中事件や、不審な男の付き纏い、女学生による真珠煙管の違法乱用などきな臭い噂が行き交っていた。 ある日、由乃は女学校で亡き兄弟に瓜二つの上級生、嘉月柘榴(かげつざくろ)に出会う。 誰に対しても心を閉ざし、人目につかないところで真珠煙管を吸い、陰で男と通じていて不良女学生と名高い彼女に、由乃は心惹かれてしまう。 だが、彼女には不穏な噂がいくつも付き纏っていた。 ※作中の鉱石薬は独自設定です。実際の鉱石にそのような薬効はありません。

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

北野坂パレット

うにおいくら
ライト文芸
 舞台は神戸・異人館の街北野町。この物語はほっこり仕様になっております。 青春の真っただ中の子供達と青春の残像の中でうごめいている大人たちの物語です。 『高校生になった記念にどうだ?』という酒豪の母・雪乃の訳のわからん理由によって、両親の離婚により生き別れになっていた父・一平に生まれて初めて会う事になったピアノ好きの高校生亮平。   気が付いたら高校生になっていた……というような何も考えずにのほほんと生きてきた亮平が、父親やその周りの大人たちに感化されて成長していく物語。  ある日父親が若い頃は『ピアニストを目指していた』という事を知った亮平は『何故その夢を父親が諦めたのか?』という理由を知ろうとする。  それは亮平にも係わる藤崎家の因縁が原因だった。 それを知った亮平は自らもピアニストを目指すことを決意するが、流石に16年間も無駄飯を食ってきた高校生だけあって考えがヌルイ。脇がアマイ。なかなか前に進めない。   幼馴染の冴子や宏美などに振り回されながら、自分の道を模索する高校生活が始まる。 ピアノ・ヴァイオリン・チェロ・オーケストラそしてスコッチウィスキーや酒がやたらと出てくる小説でもある。主人公がヌルイだけあってなかなか音楽の話までたどり着けないが、8話あたりからそれなりに出てくる模様。若干ファンタージ要素もある模様だが、だからと言って異世界に転生したりすることは間違ってもないと思われる。

処理中です...