私と玉彦の学校七不思議

清水 律

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第七章 せんせい

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 先生が教壇に立ち、私と須藤くんは席に着いた。
 こんなだったら、事情が解る皆を呼んで、大勢で送り出してあげたかったな。
 先生を送り出すのに生徒が二人って寂しい。

 私は席に着いたまま、真っ直ぐに先生を視る。
 彼を中心に視界が歪み、私は白い光の中へ。
 気がつけば先生がぽつんと立っていた。
 何もない真っ白い世界で、一人きり。

「先生!」

 駆け寄って手を取る。暖かい。
 私は先生に会ってまだ数十分しか経ってないけど、こんな優しい人が先生だったら良かったなって思った。
 だって視えてしまったんだもん、さっき。
 先生が生徒の為に色々と奮闘して苦労して喜んで、合唱コンクールで賞を取ったり。
 なのに定年を迎える前に病気で倒れてしまった。
 きっとまだ生きたかったに違いないのだ。
 だから音楽室に居続けたのだ。
 生徒を見守りながら。

「宜しくお願いしますね、上守さん。正武家様かな?」

「まだ、上守なんです」

 苦笑いした私に先生は笑いかけた。

「惚稀人様でしたか。私の小さい頃、ですからもうかなり昔ですが、水彦様の先先代のお連れが惚稀人様でしたよ。もうお年を召してられましたが、それはそれはお綺麗な方でした」

 それって多分百年以上前の話だ。
 こんなところで正武家の小話を聞けるとは。

「私じゃ役者不足なんですけど、何とか正武家のお役に立てるように頑張ってます」

「そんなことはないでしょう。こうして君は私を送り出してくれる。自信を持ちなさい」

「先生……」

 私の先生ではないけど。
 駄目だ、これ以上ここにいたら悲しくなってしまう。

「私、先生を無事に送り出せたら少しだけ自信を持ちます」

「おや。ではこちらも頑張って成仏しなくてはですね」

 岸本先生は片眉を上げて、微笑む。

 そうして私は先生と、九条さんが言った通りに上を見上げる。
 するとすっごい遠くから何かがゆっくりと飛んでくる。
 天使かとも思ったけれど、先生と同じ年くらいのえんじ色の小袖を着た女性だった。
 それから続々と人が降りてくる。
 子供や軍服の兵隊さんや、学生服の生徒。

「あれは私の家内です……」

 思わず空いていた手を伸ばす先生は、愛おしそうに上方を見上げる。
 私はゆっくりと先生の手を上に持って行き、離した。
 九条さんは投げろと教えてくれたけど、私の手を離れた先生は徐々に浮上して皆の輪に入った。
 そして囲まれながら昇って行く。
 一度だけ振り返って手を振ってくれたので、私も振り返す。

 段々と世界が薄暗くなっていく。
 先生が消えつつあるからだ。
 私は眼を閉じて大きく柏手を打った。
 再び目を開ければ、そこは先ほどの音楽室で。
 もう先生は居ないのだと思うと、寂しくなった。

 隣で頬杖をした須藤くんが、私を見て綻ぶ様に笑う。

「すごいね。大成功」

「うん。大成功だったよ」

 拳を突き出した彼に私も合わせる。
 初めて役に立った充実感に胸が高鳴る。
 こうやって一歩ずつ、成長していくんだ。
 いつか胸を張って玉彦の盾になれるように。

 ここでの用事はもう済んだので、須藤くんは立ち上がり扉の前に歩いていく。
 それを追い掛けて、さっきの校内を徘徊するものの話をしようと、袖を引いた。

「どうしたの?」

 扉を開けて振り向く須藤くん。
 その扉の向こう。
 彼は気付いていない。

 私は声が出なかった。

 そこには見たことも無い何かがいた。
 明らかにこの一の世界の者じゃない。
 白くてぬるりとして、大きな大きな歪に歪む丸い塊。
 扉の先を塞ぐ大きさのその塊には、いくつもの苦悶する白い顔が浮かび上がり、丸を歪にさせているのは顔の凹凸や突き出た手や足。

 私は開かれた扉を思い切り閉めた。

「え、どうしたの?」

 私は泣きそうになりながら青紐の鈴を盛大に鳴らした。
 あれは無理。絶対に無理。

「上守さん?」

 須藤くんが扉についた私の両手に触れた途端、扉にさっきの物がゴツリゴツリと体当たりを始める。
 揺れる扉に肩を押し付け、須藤くんは開かせまいとする。

「これ、人じゃないよね!?」

「何か、変なのいた……」

 彼は教室内を見渡し、私に後方の入り口へと走れという。
 流石に三階だから窓から逃げ出すわけにはいかない。

「僕もすぐに行くから! 外の奴が中に入ったら、後ろから出て走るんだ!」

 私は急いで後方の入り口に走って、扉に手を掛ける。
 それを見計らって須藤くんは一呼吸置いた後、揺れる扉から身体を離してこちらへと駆け出す。

「走れ!」

 私は振り向かずに右方向に走り出す。
 後ろからすぐに須藤くんが追い付き、私の手を取った。
 そして私たちが出てきた入り口からゴロリと出てきたものを見ると、彼はスピードを上げる。
 私は走りながら、半分浮いていたと思う。


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