わたしと玉彦の四十九日間

清水 律

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第十章 おしまい

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 ずぶ濡れのまま石灯篭を通り過ぎ、お祖父ちゃんの家に向かって歩く。
 昼過ぎなのに辺りは暗くなっていて、私は歩みを速める。
 そして垣根越しに、家を見ると楽しそうに笑っているお祖父ちゃんとお祖母ちゃん。 
 私がいなくても、お祖父ちゃんたちにはそれが当たり前で、私が今また帰ったら心配しか掛けない。

 ここには帰れない。
 この村で私が行ける場所。
 そこはもう二択しかなかった。
 スズカケノ池か名もなき神社。
 鈴を玉彦に投げつけてしまったから、スズカケノ池は行けないな。
 じゃあ、あの薄情者がいるかも知れない神社に行こう。
 とりあえず、雨宿りして服を乾かして……。

 私は裏山の山道へと足を踏み入れた。
 それからしばらくして、拝殿で御倉神と再び出逢い、私は彼を無視して寝転んだ。
 コイツ、厚揚げ一枚で私を売りやがって。
 しかもコイツが私を連れて来なければ、今頃はもう電車に乗っていたはずなのだ。
 沸々と怒りは強大になり、背中に感じる気配にさえ苛立たしく感じる。

「ちょっと、私を一人にしてくれない!?」

「でていけというか」

「そうよ、正武家でも行ってなさいよ」

「……相分かった」

 私の八つ当たりにしょんぼりした御倉神は、大人しく姿を消す。
 ごめんね、私、すごい最低な人間だ。

 拝殿の中はもう床板などが張替えられて、清められていた。
 猿彦がここで息絶えたとは思えないくらい、以前のままだ。

 私は猿彦が多次彦の子であったことを誰にも話していなかった。
 今さら話しても、どうしようもないから。
 それに悲願を達成し、再び正武家の傘下へと返り咲いた須藤くんたちの喜びようをみたら、とてもじゃないけど言えなかった。
 実は人を殺しただなんて。
 もし猿彦が猿ではなく人間だとわかっていれば、助けられる方法があったのかもしれない。
 今ではもう何を言っても遅いけれど。
 死んでしまったものはもう戻らないのだから。

 ふと、思う。

 お父さんはどうしてこの夏、私をお祖父ちゃんの家に預けたのだろう。
 お母さんはお父さんが頑なに譲らなかったと言ってたっけ。
 お父さんが私をここに預けなければ、色んな怖い思いをしなくても済んだのに。
 そうすればみんなに出会わなかったし、今こんなにも胸が締め付けられなくて済んだのに。

 膝を抱えて、顔を塞ぐ。

 最低の夏休みだった。
 最悪の夏休みだった。
 もう全部忘れて無かったことにしたかった。

 でも忘れなければ守ってくれると言った玉彦は、約束を守ったし、そう考えると私も忘れる訳にはいかなかった。


 どれくらいの時間が経ったのか。
 拝殿には明かりも無く、外はもう暗くなっている。
 いつまでたっても通山の家に到着しない私をお母さんが心配しているかもしれない。
 スマホを取り出せば、もう充電が切れていた。
 もしかしたら着信やメールが多すぎて切れるのが早かったのかも。

 これからどうしようか。
 改めてお祖父ちゃんの家に行って、泊めてもらうしかないのかな。
 私は拝殿内をズルズルと荷物を引き摺って、扉を開け放った。

 するとそこには『私』が立っていた。

 間違いなく『私』。

 でも私はここに居る。

 じゃあここに居る目の前の私は何?
 違うのは着ているものだけ。
 あの格好は、私が寝込んでいたときのパジャマだ。

「探した。供物よ」

『私』が私にそう言った。

 ……竜神の荒魂。

 いつから、私、夢の中に?
 もう一度拝殿に戻ろうとしたけれど、扉が頑として開かない。

「行こう。どうせこの世は酷いことばかりだ。行こう行こう」

『私』が私に手を伸ばす。

『どうしてすぐに名を呼ばなかったのだ』

 聞きなれた声が頭に響く。
 呼べば来てくれるのだろうか。
 こんな状況で。

「私、供物じゃない。だから一緒には行かない」

「でもお前が来てくれないと吾が消えてしまう」

「それでも行かない」

「猿には同情したのに吾では駄目か!」

 私は自分の手を引かれないように後ろに隠した。
 荒魂、なんとかなったって聞いていたのに、どうしてこんなところに現れてるのよ。

「行かないったら、行かない!」

 私は固く目を閉じた。
 生臭い息遣いが顔の周辺に纏わりつく。

「行こう行こう」

「……っ!」

「行こう行こうってば」

「嫌だ! 絶対に嫌だ!」

 二の腕を掴まれ揺らされるけど、どこかに連れて行かれる感じではない。
 多分根負けして一歩でも足を踏み出してしまったら終わる。

「吾は待つよ。ここでいつまでも」

「お前捨てられたんだろう」

「もうこの世に未練なんてないだろう?」

 未練? ありまくる!
 私は死ぬにしても連れて行かれるにしても、どうしてももう一度逢いたい。

「玉彦……玉彦。私、ここに居る。ここに居るよ!」

 引き絞った私の叫びは果たして届いていたのか。
 偶々だったのか。
 不穏な雰囲気の荒魂を追っていただけなのか。
 神社の社を背にしていた私には、それが真上から降り注いでいる様にしか見えなかった。

 山側から伸びる幾多の白い手。
 玉彦を守るという、山神様のお力。
 その白い手は有無を言わさずに『私』を摘み上げると、再び山へと帰っていく。

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